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45 煌剣オクシディウス

「……あの男の話をしましょうか。嫌だけど」


 ベルナデッタは目を閉じ、大きく息をついてから言った。

 私自身の話が終わって共通言語に戻したようなので、こちらも言語と思考、それから気持ちを切り替える。


「レリオスか。アルベリアの王族って事でいいの?」

「そうね。あいつは私の……ええと。甥の曾孫に当たるわ」


 甥の曾孫……。


「あいつは何であんなに捻くれたの?」

「……アルベリアの王宮が居心地のいい場所ではなかったのは確かよね。権力争いや謀殺も日常茶飯事だったもの。結局、アルベリアは栄えすぎたんだわ。だから腐敗もしていた」

「だからって」


 私はかぶりを振った。王の座を手に入れて。

 それをあいつは他者を破滅させる為に使った。グリモワールがあるのなら、他の何者にでも……望んだ姿に、望むだけの姿になれただろうに。


「あんな奴、あなたが思い悩んであげる必要なんてないわよ?」


 何故だか微笑ましい物を見るような顔をされた。むう。


「あれは……生まれついて血に狂っていただけ。私にはあいつの考えている事が理解出来ないし、したくもない。事情を聞いてみた所で、あれの生い立ちが別に不幸だったとは思えないし。ただ……あれが、アルベリアの何もかもを壊したいと思っていたのは確かね。私がグリモワールと一緒に眠っている間にその封印を解いて……あいつの目論見は見事に成功したわけだけど」


「その辺の事がよく解らないんだけど……結局アルベリアを滅ぼした竜っていうのはあいつの事なの? それとも――」


 そう尋ねると、ベルナデッタの表情が曇った。


「それは……レリオスの次の担い手よ。私があの術式を作って、使ってもらった。アンゼリカには……辛い役目を負わせてしまった」

「……ごめん。嫌な話をさせてる」


 というかこの辺の話って地雷原としか思えないんだが……。踏み抜かずに話を進める自信がない……。

 

「別にいいわ。お茶のおかわりはどう?」

「ありがとう……」

「その後アンゼリカのお陰でセーフティが作られて、今はグリモワールの担い手を私の判断で選べるのだけれど、その前はみんなで……ええと、臭いものに蓋をしていた、で良かったかしら?」

「……」


 自分の事に、わざわざそんな言い方、しなくても良いだろうに。

 それにベルナデッタがグリモワールと一緒に眠っていたとか、レリオスを止められなかった事とか……セーフティの話と合わせて考えると、ベルナデッタの自由がどこにもなかったように聞こえるんだけどな。

 しかもレリオスの時代までにグリモワールにルールが敷かれて、今でもそれに縛られている部分があるみたいだし。

 背景を想像すると、ちょっと、な。つまりグリモワールはレリオスに騙されて奪われたんじゃなくて、アルベリアの人達がベルナデッタを――。

 ……いや。あんまり脇道に突っ込みたくない。レリオスの事に話を戻そう。


「しかし、結局ドラゴニクスフォーゼで殺せてないっていうのも大概なような」

「あれは腐ってもアルベリアの王族だもの。固有魔法を持っているのよ。不完全で半端ではあるけれど、グリモワールの力をいくつか掠め取ったの。だからあいつはドラゴニクスフォーゼの吐息で焼かれながら、その力を盗み……そうして、生き延びて竜になったわ」


 ああ……。だから魔竜は眷属を作る能力なんて持ってるのか。


「レリオスはそれから何年かかけて再生して、魔竜として復活したわ。それを倒したのもアンゼリカ。何重にも封印してやったんだけどね……」

「アウグストがわざわざ封印を解いた、と」

「ええ。もうほんと、うんざりする。最初の封印を解くと私も目が覚めるようになってたの。次の担い手を探してあいつに対抗出来るようにね。クローベルに初めて会ったのも、そうやってあちこちを歩いて回っていた頃のお話よ」


 その後見つけ出したのがコーデリア、か。


「……アンゼリカは?」


 もしかして彼女もグリモワールの中にいたり?

 そう思って尋ねると、ベルナデッタは微笑みを浮かべて首を横に振った。


「普通に生きて、普通に子供を産んで、普通に死んだわ。私は何代かあの子の家族を見守ったんだけどね。あの子も良い子だったわ……」


 ベルナデッタは嬉しそうに、微笑みながら。けれどどこか寂しそうにアンゼリカの事を語った。

 魔竜に勝てたらなんて話、今からしても仕方ないけれど。いつかコーデリアや私の事も、ベルナデッタがこんな風に振り返るなんて日がくるのかも知れない。

 ……何だろう。気持ちを言葉にしにくい。


 何だか、会話が途切れてしまった。

 お茶に口をつけながら、考える。

 しかし結局、その時もレリオスは――。


「……アンゼリカでもレリオスを封印するしかなかった?」

「ええっと」


 今まで淀みなく答えていたベルナデッタの言葉が途切れた。

 目を細めて、こめかみの辺りに指を当てる。


「どう、だったかしらね。何か理由があったような、気がしたのだけれど……ああ全く。昔の事過ぎて、記憶が曖昧になるなんて」


 そう言ってベルナデッタは忌々しそうに小さく首を横に振った。


「……レリオスを倒すと、何か不都合があった、とか?」

「――え?」


 ベルナデッタは顔を上げた。思ってもみない事を言われた、と言う表情。

 いやだって。そういう事じゃないのだろうか?

 アンゼリカがその後、普通に生きられたというのなら。

 これはコーデリアとアンゼリカを同じぐらいの強さと仮定した時の話ではあるのだけれど。レリオスは担い手が自分を殺し得ると確信しているような口ぶりだった。それをしない事を……不思議がっていた。

 まあ、あいつが探りを入れる為にそう言っただけと言う可能性もあるのだけれど。

 ならば、アンゼリカがレリオスに勝ったのなら、それはどうして封印だけで済まされた?


「いや、違ってたら、それでいいんだけど」

「――それは」


 そんな疑問を投げ掛けられたベルナデッタの反応は、劇的でさえあった。

 頭痛に耐えるように額に手を当てて、顔を伏せる。


「あ、あれ? おかしい、な?」

「……ベルナデッタ?」

「わ、私、何で? どうして、こんな」


 寒さに耐えるように自分の肩を抱く。

 なん、だ?

 まさか、ベルナデッタは昔の事が思い出せなかったんじゃなくて。


 ――話せないような、ルールがあるのか……?

 つまり、ベルナデッタはグリモワールを管理する立場だけれど、未だに虜囚の身で――?


「――ッ! 解った! 解ったよベルナデッタ! もう、聞かない。その事は考えなくていい!」


 さっきの話の、何が気に入らなかったのか解った。

 ベルナデッタは、置き去りにされるじゃないか。

 人間が嫌いだって言うベルナデッタが、あんな笑顔で語れる人からも、その子供達からも。


 ベルナデッタは首を横に振った。


 荒くなった呼気を、振り払うように。

 そうして私に掌を向けて動きを制して、言う。


「――はっ。はぁっ。う、ううん。私は、平気よ。心配いらないわ。でも凄く……大事な事を思い出したの」


 そう言って頭上に右手を翳すと、彼女の後ろに浮かんでいた天球儀のようなものが、目まぐるしく回転を始めた。

 と、同時に周囲の書庫がそのものが高速で流れていく。私達の座っている、椅子とテーブルを置き去りにするように。


 ぴたり、と。

 流れていた風景が動きを止める。

 そこにあったのは台座と、その上に鎮座する一冊の本。

 独りでに本が宙に浮かぶと、ベルナデッタの手の内に収まった。

 触れもしないのに本が開かれる。表紙から順に捲れていき、丁度真ん中ぐらいの頁で本の動きが止まった。


「これを、あなたに託すわ」


 本の中から、何かが生えてくる。円筒形の、何かだ。

 何、だ? 剣の柄?

 ベルナデッタはそれを握ると、まるで鞘から抜き放つように引き出していく。

 ……やっぱり剣だ。細身だがその刀身は非常に長い。刃の部分だけでもベルナデッタの背丈ほどもある。

 刀身は青白い、冷気とも炎ともつかないオーラを、仄かに纏わりつかせていた。鍔の所から先端まで、剣の腹に呪文のようなものが刻まれているが……読めないな。


 どう見ても普通の武器じゃないな。ベルナデッタの様子や口ぶり。厳重に封印されてあった事から見るに、とてもヤバそうな臭いがするんだけど。


「あいつを倒すなら、きっとこれが必要になる。担い手が封印の先を望むのなら、これを渡さなきゃいけなかったんだって……それはとても、とても大事な事だったって、それだけは思い出したの」


 ベルナデッタから剣を受け取る。

 ……軽い? 全く重さを感じない。こんな長いのに?


「必要だと思う時が来たら、あなたの思うように使って。それはあなたの意志に呼応して、次第に封印が解けていくでしょうから」


 手の中のオクシディウスが断章化した。


 レジェンド ランク0 煌剣オクシディウス

『最果てにて目覚めを迎え、いずれ至る地へと約束を刻むもの』


 レジェンドは解るとして……ランク0って何だ?

 封印が解けるとランクが――つまり威力が上がるって事だろうか?

 意味深長なフレーバーテキストと言い、何から何まで規格外だな。


「私はその剣の事も、よく思い出せない。力の使い方まであなたに押し付けてるわね。あなたに頼らなければいけないのに、あなたを試すような事ばかりしている。……ごめんなさい」


 剣を見ていると、なんだかベルナデッタに頭を下げられた。

 試す、か。例えば、モンスターに事情をあまり明かさない事もそうなのだろう。

 ベルナデッタとアンゼリカが設けたセーフティの事を考えると、彼女の意志で担い手側を見限るなんて事も出来そうだな。


 事情が、事情だからな。例えて言うなら核ミサイルのボタンを預けるかどうかみたいな話なんだから慎重になって当然だ。


 けれど「来てくれて嬉しい」という言葉も、彼女の本心で本当の事なんだろう。ことベルナデッタが人間に対して。庭園に招いた相手に対して。あんな言葉で嘘を言うはずがないのだから。


「別に、嫌じゃない。それは平坂黒衛がコーデリアと違う人間なんだって、明確に認めてくれているって事だから。失望されないように頑張るよ」

「……ありがとう」


 ベルナデッタは大きく深呼吸をする。ティーカップに口をつけて、それで漸く落ち着いたらしい。


「あ。その剣。あなたが運動音痴だからって、他の誰かには持たせないでね?」

「いやそれは……託されたんだからそんな無責任な事はしないけどさ」


 重量が無いから、私でも振り回すのには不都合は無さそうだし。

 ただなぁ……。重量だけは軽いくせに、やけに「重い」武器だな。気軽に使って良いものじゃなさそうなんだけど。魔竜の分身辺りになら……使っていいのか?


 傍らのコーデリアに目を向ける。いつもは優しい笑みを浮かべているのに、オクシディウスを見る彼女は真顔だった。

 ……何というか不安で、不穏だ。


「コーデリアはこの剣が何か知ってる?」

「その子も知らないと思うけれど。はぁー。私自身にまだ何か枷があるなんて、結構ショックだわ」

「レリオスが仕掛けたのかも」


 あいつの言葉はどこまで本気でどこから嘘か、全く解らないからな。


「そう、かもね」


 頷きはしたが、ベルナデッタは納得してはいない様子だった。


「もういいわ。レリオスとか覚えていない枷とか、嫌な事ばっかりで疲れちゃった。もう私ゲームするし。時間が来れば勝手に目が覚めるから、好きなようにゆっくりしていっていいわよ?」


 と言って空中に手を振ると、モニター画面とコントローラーが出て来た。

 モニターに映し出されるのはSAGE社の超有名落ちモノパズルゲームだ。

 ああ。携帯に入ってたアプリか。

 ベルナデッタの操作は……すごい手馴れてる感じがする。どんどん連鎖を組んでいく。

 ええと。……その逃避の仕方は、どうなんだ?


「……対戦、する?」


 それで一時でも彼女の気が晴れるなら。そんな時間も悪くないんじゃないかと思う。ベルナデッタは笑みを浮かべた。 


「いいわね。負けないわよ?」

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