41 港町にて
……弁解は後回しにしておこう。
人里が遠いと言っても、オークの上位個体までいたとなるとちょっと放置は出来ないし。
落とし穴に落ちてもがいていたオークを引っ張り上げて拘束する。ボンレスハムのようになった彼を尋問することにした。
担当はウル。審判は私。
アンコモン ランク29 サスペクト
『おいおい兄さん、嘘はいけねえや。とりあえず奥の部屋で話を聞くから一緒に来てくれよ? ――詐欺師のディーゴ』
善良そうなお兄さんの肩に手を掛けて笑う男の絵。詐欺師が嘘を感知する魔法を使って詐欺を働くとか……非常に性質が悪いな。
この魔法をかけてから大体一〇分ぐらいの間、接触している相手の言っている事が嘘かどうかか解る……という、尋問以外にあんまり用途の無さそうな魔法だ。
身の潔白を証明する為にこの魔法が使われる、と言うのもある事はあるようなのだけれど、それ程事例はないそうで。
アンコモンの上位クラスとか民間で使える者は少ないし、国レベルでならそれなりにいるのだろうけれど、身分の高い人に使うのは大変な侮辱であると「されて」いる。
勿論貴族側の都合だが、こういう場合強いのは多数派の方なので、証拠無しにはおいそれとは使ってはいけないという、コンセンサスがなされている。
だから使われる場面は専ら尋問、拷問という事になる。
嘘を吐いているという認識を感知するので、情報を吐かされる側が嘘だと思っていない場合は感知出来ない。これを利用して偽情報を流すなんて逆利用も出来るのだが……まあオーク相手ならそんな心配はいらないだろう。
「……何を聞く?」
「オ、オークが喋った!?」
ウルが口を開くと兵士達に動揺が走った。
……いや、個体と育ちによるけど普通に人語理解するし喋るよ? ウルはオーク語の方が苦手なぐらいだし。
さっきだってちゃんと掛け声出しながら蹴ってたじゃないか。
んー? 掛け声って人語かな? まあ、どっちでもいいや。
とにかくウルは人語を理解しているけれど、寡黙だからあまり喋らない、というだけだ。
「さっき倒したのが群れのボスかどうか。それから塒に捕らわれている人間がいるかどうか。正直に答えたら折れた足も治して逃がしてあげると伝えて」
まあ……まだ被害は無いとは思うんだけど。
一応根拠あっての事だ。オークの群れが出るという情報が事前に伝わっているなら、流石に兵士達の数が少なすぎると思うのだ。対立貴族は失敗させてやれと思っての事か、或いは嫌がらせだろうけれど、それでも限度というものはあるだろうし。
兵士達が全滅、魔石や物資も奪われたとか大事になり過ぎて、妨害工作が明るみに出た時、失脚するのは自分の方なんて事にもなりかねない。……失脚じゃ済まないか。
他の根拠としては、上位個体が直接出向いて略奪に来た所とか。オークは群れの上位の者から上等なメスを得る権利を持つのだが、さっきのハイオークは若い個体だったからな。襲ってきた群れの規模なども加味して考えると……もっと奥地の、大きな群れから昇格を期に独立して出て来たグループじゃないのかと思っているのだけれど。
勿論これが間違っていたらこのオークに目印をつけて、塒まで案内してもらうだけのお話である。
ウルはオーク語でぼそぼそと話しかけている。
私の仕事はハムの人の肩に触れて、嘘を感知したらウルに教えるだけだ。
一言二言言葉を交わして、ウルは首を横に振った。
「今のがボスだ。この連中は、奥地からこちらに出て来たばかりらしい」
ふむ。嘘の反応は無し、と。
彼らは独立失敗で元いた場所に帰っていくって事になるだろうね。
約束なので折れたオークの足を治して、森の中に帰してやった。
となると、問題は私達の方だけだな。
さっきから話を聞きたそうにしている兵士達の隊長キーンさんが視界の端に入った。うーん。
頑張れるだけ頑張ってみようとは思うんだ。
「いやあ、これぐらい戦えないと今時の商人は務まらないんですよ」
「ふむふむ」
「特に魔法とかウチの地元じゃ使えない人とかいないですからね。最近流行ってるんですよね、魔術師」
「ははあ、それは知りませんでした」
「それにしても最近の魔道具って便利ですよね。バリケード作れるんですよバリケード」
「あっはっは。いやーすごいですねー」
「というわけで今回突発的ではありましたが特殊な労働力派遣のお試し期間というか、実地でデモンストレーションをさせていただきました」
「ほう?」
「我が商会の人材がご入り用でしたら是非次回からご利用下さい。割引しますので」
「ええ。機会がありましたら」
ああ白々しい。白々しいけどこんな茶番に付き合ってくれる辺り、この隊長さんも人が良いなあ。
「……で、あなた達は何なんです?」
「いや、すみません」
いや、無理。
「いえ、別に責めたりしてるわけじゃないんですけどね……俺達は二度も助けられているわけですから」
「そうだぜキーン隊長。別にいいんじゃねーの?」
「そうそう。隊長は堅ぇーから」
「いやお前ら。流石に聞かないのは職務怠慢だろ?」
それでもカモフラージュが解けてない辺り……何だろう。肩並べて戦ったから?
カモフラージュは術者の主観にも作用しているし、仲間であれば見られている状態でも問題無くかける事が出来る。
これは、誤魔化されるのを受け入れているから認識を疑わないという状態なのだ。
つまりまあいいや、とかどうでもいいや、とかそういう気持ちでいても効果は持続するし、相手を信用しようと心に決めた場合も同じだ。
その上で私の正体を聞くと言うのはつまり……建前上必要というか、やる事はやったというアリバイ工作的な意味合いなんだろうと思うのだけれど。
「まあ、悪い事はしてないですよ?」
「ならいいです。そんな任務受けてるわけでもないですし」
良いんかい。キーンさんはそれだけ聞くと自分の仕事は終わったとばかりに私達から離れていった。
「しっかし召喚術ってすげえな。まるで噂に聞くコーデリア様だぜ」
「コーデリア姫って金髪に菫色の瞳だって聞いたぜ。あの子らは赤毛に茶髪に黒髪だろ?」
「俺は聖堂の女神様だと見たね。毎日拝んでる俺に感謝しろよおめーら」
「もうそれでも良いんじゃね?」
天幕の外から聞こえてくる声。……噂されている。実は最初ので半分正解なのが困りものだ。
人の口に戸は立てられないから、酒の席でのホラ話になるかもしれない。それは仕方がないと諦めている。
人に信じてもらえるかはまた別の話だし、彼らもネフテレカから情報が伝わってくれば気付くんじゃないかな?
しかし、その頃には私は既にトーランドに渡っているという寸法だ。
彼らの話題はウルの技の話にシフトしていた。アレが凄かったとか何とか語り合っている。
中にはウルの動きを真似しようと手足を振り回している人もいた。転んでいたけど。
元々兵士という、戦闘を念頭に置いた職業を選ぶだけあって、強さという物には憧れるのだろう。
しかもそれが何がしかの技術体系であるならば尚更だ。
いずれにせよ今後の彼らの訓練に気合が入ることだけは間違いなさそうである。
――ああ。青い空が綺麗だなぁ。
私は空を見上げながらそんな事を思った。
ハイオークを撃退してからは特にモンスターの襲撃もなく、旅は順調、平和そのものだ。
馬車に揺られているのも飽きたというか何というかな感じなので気分を変えてみようと、折角のいい天気だったので本来見張りが座る席である馬車の屋根部分に寝そべって、青い空を見ながら日向ぼっこ中である。
鮮やかな紫色をした変わった色の鳥が頭上を飛んでいったので、気になって体を起こして目で追う。だがすぐに森の中へと姿が見えなくなってしまった。
視線を落すと、近くを歩いていた兵士さんと目が合った。軽く会釈したら向こうはやけにハイテンションで挨拶を返してくれた。が、歩くときはちゃんと前は見た方が良い。飛び出していた枝に喉をラリアットされて仰向けに転んでしまい、仲間達に笑われていた。大丈夫だろうか。
そんな風にして旅を続けたが、彼らとは目的地が違っていたので街道の分かれ道まで来たところで手を振って別れる事となった。無事に着いてくれると良いが。ここまで来たらもう大丈夫ですよ、とキーンさんは笑っていた。
兵士さん達と別れても私達の旅は続く。彼らがいないと警備が必要になるので屋根の見張り席は使用禁止令を出されてしまった。
トランプも楽しいのだけれど、ずっとそればっかりで馬車内に引き篭もっているというのも不健康だ。こちらの世界の暇潰しは何かないのかと聞いてみたら、メリッサがリュートを弾けると言った。案外多芸だな。
リュート。ギターに似た弦楽器だが、ヘッドが短くて直角に曲がっている。洋ナシを半分に割ったような、とよく言われるが、丸みを帯びた曲線を持つ楽器である。素材も足りているので、折角だし作ってみる事にした。
「――では、お耳汚しを」
夜になり、食事も済ませて手隙になったので演奏してもらう事にした。
みんなで焚火を囲みながら、メリッサの演奏に耳を傾ける。
メリッサの指先が弦を爪弾く。素朴な音色が奏でられ始めた。
森の夜にぴったりな、落ち着きを感じさせる曲が夜の闇に広がっていく。薪の爆ぜる音と鳥の声が妙にマッチしている。
うん。悪くないな。メリッサもいつもこんな感じであればねえ……。
旅の間の無聊の慰みが増えた。
それから数日を掛けて私達は無事目的の港町、クレーレに辿りついた。
小高い丘の上から見たクレーレの、その綺麗な事と言ったら。
クレーレは坂道の多い高低差がある町だ。丘の上から町全体が一望できる。白い漆喰の壁で作られた民家が並んでいる。全体的に白を基調とした明るい町の雰囲気を後押しするように、エメラルドグリーンとセルリアンブルーの鮮やかな色の海が眼下に広がっている。港に帆船が停泊しているのが見えた。
これは……テンション上がるなぁ。
馬車は丘を下ってゆっくりとクレーレへ向かう。クローベルが身分証を見せると、あっさりと町の中へ入る事が出来た。
道はそれほど広くない。石畳と白い漆喰の壁が続いていて、否が応にも異国情緒を掻き立ててくれる光景だった。
まずカモフラージュを使って姿を変えてから、宿の部屋を取る事にした。
少年の姿を取ってみたけれど、どうだろうか。街中では。
容姿が目立ってしまうのは仕方ないにしても……まあ、久しぶりに人前で男として過ごせるわけだ。
だって中身を知ってる人の前でやっても意味がないんだもん。別に、コーデリアの演技と言っても無理をしている感じがしないしさ。
さてさて、情報収集と物資の補充に出発である。
人目はまだ集めてしまうけれど、私はドレス姿ではなくなった。その分、前ほどは目立たないようだ。
いや、「私」だなんて使う必要もない。今なら一人称代名詞を堂々と「俺」と言えるのだ!
ボロを出していたらカモフラージュも解けてしまうし、変に遠慮してはいけない。
でもやっぱり今までが今までだったから、逆に違和感があるんだよなぁ。
……ま、その内慣れるか。
まずは港に行くべきだろう。トーランドに向かう船がどうなっているかを確認しておきたい。ゲームでは常時港から船が出ていて、お金を払えばトーランドとも行き来出来たけれど、それはゲームならではだろうから。
「出てねえよ」
港は閑散としていて活気がないように思えた。
空の木箱を運んでいた船乗りさんに話しかけてみた所、不機嫌な口調でそんな事を言われた。
「な、何でです?」
「何でも糞も。今は海峡に化物が出るからだ。トーランドに行きたいならここからは無理だ」
「化物って……どんな化物なんですか?」
「海竜だよ。海煌竜リグバトスって言われてる奴だ。こいつァ、あっちこちの海を回遊してる船乗りの間じゃ有名な奴なんだがな。どういうわけだか突然通常の巡回ルートから引き返してきて、こっちに留まってやがるのさ」
うへぁ……。
知らないドラゴンだ。というかピンポイントで海峡に留まるとか、果てしなく魔竜の分身臭いんだけど。
「その竜って七年ぐらい前から出てきたりしました?」
「んー……まあ、それぐらいだった、かな? もう少し後だったかも知れないけどな」
これはほぼ確定と見て間違いなさそうだ。はぁ。
対策を考えなきゃならないなぁ。資材を買って、リグバトスの情報を集めて、宿で対策の話し合いをして――。
頭が痛くなってくるな。
一つ言える事は、相手が海竜である為にこちらが海に出なければ攻めてこられる事はない、と言う事だ。
逆にこちらから攻めるとなると……中々に難易度が高い。
あー……。
とりあえず、資材を買ったら今日と明日は羽を伸ばそう。馬車での旅とは言え、オークとの戦いなんかもあったりして精神的にも肉体的にも結構疲れているし。




