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40 武術の価値は

 ハイオークは巨大な戦斧をぞろりと舐め上げた。

 相対するウルは自然体。それを侮りとでも受け取ったか、ハイオークは怒りの声を上げながら大上段に斧を打ち下ろした。


「っ!」


 息を呑む。凄まじい金属音が響き、土煙が舞い上がった。

 ウルは棍を斜めにして受けて、その圧倒的な暴力を上手くいなす。淀みなく体を回転させて、ハイオークの膝を横から棍で薙ぎ払う。


 膝を突いたハイオークの顔面を、旋回するように戻ってきた棍の逆端が打ち抜いた。

 ウルが追撃を掛けようと踏み込むが、その瞬間狙い澄ましたかのように戦斧が跳ね上がった。一瞬ヒヤリとするが、棍を盾にして威力を受け流している。そのままウルは側転、一旦距離を取った。


 ハイオークはすぐに立ち上がって来た。ウェイトの差があるとはいえ、打擲(ちょうちゃく)を受けた膝、打ち抜かれた顔面にダメージはないのだろうか。……いや手傷になっていないわけではない。急速に再生しているのだ。

 これこそ昇格したオークの特殊な能力という奴だ。トロールまでは及ばないが、上位オーク連中の肉体再生も大概である。

 ハイオークが踏み込む。踏み込んで斧を打ち振るう。迎え撃つウルはやはり棍で上手く力の向きを逸らしていた。


 が、先ほどの光景の焼き直しとはならない。

 流石はオークを纏めるボスと言うべきか、ウルに対しての大振りが厳禁だと一度で学習したらしく、小さく振って素早く切り返してくる。


 目まぐるしく棍と斧が交差する。直線的な軌道を描く戦斧と、風車のように廻る棍とが絡み合い、甲高い金属の旋律を奏でて弾ける。両者の位置が右へ左へ入れ替わった。


 戦斧を小さく切り返していると言っても、ハイオークの膂力によるものだ。風切り音がここまで聞こえてくる。人間の首を飛ばすぐらい、造作もない威力がありそうだ。

 そんな暴威の嵐の中にあっても、ウルの技術が光る。やや大振りになった一撃をきっちりと受け流して、ハイオークの体が泳いだ所を見逃さずに踏み込み、鳩尾に肘を突き刺した。と思った次の瞬間、そのまま一挙動に腕が跳ね上がって、裏拳がハイオークの顔面を捉える。裏拳一つ取っても、鞭のようにしならせて顔面を叩く事により、衝撃を深く浸透させるというような技法が使われていたようだ。


 怯んだ隙に、転身しながら離脱する。棍の両端が風を切りながら複雑な円軌道を描き、腰の後ろに添えられた。半身、片足立ちになって左手をハイオークに向かって突き出し、構える。


「グッ、グブッ、グブブブッ!」


 ウルの、その余裕とさえ見える佇まいに……ハイオークは鼻血を垂らす顔面を抑えながら、肩を震わせて笑っていた。 その程度では致命傷になり得ないというアピールのつもりか、それともあれだけの攻撃を振るっても倒せないウルとの戦いが楽しいのか。それは私の与り知る所ではない。

 しかしまだまだハイオークが意気軒昂である事だけは見て取れる。


 三度、彼らの影が交差した。廻り踊る剣舞。余人に近付く事を許さぬ暴風の環。

 圧倒的な腕力と耐久力を振り翳し、一気呵成に押し潰そうとするハイオーク。迎え撃つは異界の業の精髄を、未だ至らぬその身に宿すウル。


 一撃当たれば倒せるとハイオークは確信しているようだ。そしてその見通しはそれほど間違っているとも思えない。

 それでも一歩も退かずに打ち合いながら、呼応するようにウルも笑う。


 何時しかオークどもは手を止めて、遠巻きにその光景に見入っていた。

 彼らの信奉する力とは違う形の力がそこにある。

 劣る筋力を、体格を。創意工夫と努力、先人達の積み重ねた洗練にて補う。それが武術。蹂躙するだけが力と信じる彼らにとって、ウルの存在そのものがさぞや衝撃に映っているだろう。

 武術とは即ち、矛を止める術。弱者が強者に対抗する為の技術だからだ。


 ウルの棍が、戦斧を握るハイオークの指を捉えた。どれだけ耐久力と再生力に優れようが、指の骨をへし折られては斧を取り落すしかない。だが、ハイオークは止まらなかった。

 一切合財を無視して、愉しそうに笑いながら。

 折れた指を無理やり握りこみ、素手の一撃でウルの顔面を捉える。


「ウルッ!」


 たった一発でウルの身体が派手に吹っ飛んだ。身体を浮かされ、地面を人形のように転がって、止まる。

 途端オークどもが一斉に歓声を上げた。足踏みをして地面を打ち鳴らす。

 勝ち鬨を上げるようにハイオークが腕を掲げた。歓声が益々大きくなる。

 私の方に向かってどうだ! と言わんばかりに歯を剥き出しに笑みを向けて来た。


 ……何のつもりだ? どうして私を見る? ウルに勝てば奪える戦利品だとでも思っているのか?

 馬鹿な奴だ。それは前提からして間違っているし、第一……お前はまだ勝利さえしていないじゃないか。

 そら見ろ。オークどもの歓声が静まり返っていくぞ?


 ウルは……ゆっくりと立ち上がって来た。それはそうだ。殴られる方向に向かって自分から飛ぶのを、私は見た。

 とは言え、それでも立派な鼻がへし折れてしまっている。ウルは何とそれを、自力で引っ掴んで元に戻した。何だか……嫌な音が聞こえた。痛いだろう、それ。

 そんな素振りを全く見せず、鼻血を拭ってから、どこぞのアクションスターのようにちょいちょいとハイオークに手招きをかました。

 いや、ウル……。その挑発はカッコいいんだけど、お前には似てない人の持ちネタだからさ……。


 だが、効果は十分にあったようだ。それを見たハイオークの顔から笑みが消えた。

 今度こそ怒りに燃える瞳で、ウルに迫る。殴られた時点でウルは棍を落している。

 ハイオークは怒りに我を忘れているのか、それともまだ指が治っていないのか。戦斧を取りには行かなかった。或いは……ウルに完全な勝利を収める為なのかも知れない。二足で歩く猛獣のように、咆哮を上げながら躍りかかった。


 先ほどの一撃のダメージが抜けていないのか、ウルの身体が力無く揺れた。

 好機と見たハイオークは、前のめりに倒れそうになっているウル目掛けて思い切り岩のような拳を振り抜こうとする。

 大振りだ。しかし、その拳がウルを捉える事はなかった。

 前方に倒れ込みながら、地面に手を突く。ハイオークの拳が振り抜かれるのと、懐に潜り込んだウルが上下逆さまの体勢の状態から、全身のバネを用いて真上に蹴りを放ったのが殆ど同時――!


 肉体と肉体がぶつかり合ったとは思えない、物凄い激突音が響いた。骨の砕ける破滅的な音色まで混じる。

 ハイオークの胸郭に突き刺さった逆立ち蹴り。あれは穿弓腿(せんきゅうたい)という大技だ。

 しかもウルの全身からオーラが噴き出している。エクステンドまで併用して、ハイオークの大振りに対してカウンターを合わせたのだ。


 それでもハイオークは絶命に至らなかった。

体勢を立て直したウルに、もたれ掛るように掴みかかろうとする。

 だが下策も良い所だ。そんな苦し紛れの動きが拳法家に通用するはずがない。

 ハイオークの腕をすり抜けるように展開した両手が、左右から耳に叩きつけられた。叩きつけられたというか、親指が根元まで耳の穴に突っ込まれている。

 穿弓腿の次は……双風貫耳(そうふうかんじ)、だっけ? ……エグいし、ヤバいぞその技。


 三半規管を破壊されたハイオークが、一瞬白目を剥いてから一歩二歩と、後ろに下がった。良く立ってられるな。

 そこに向かって助走をつけるウル。跳躍と共に空中で転身――!


「ハイイヤァアアッッ!!」


 裂帛の気合と同時に一撃が放たれた。全体重に跳躍と回転の勢いを乗せた蹴りが、砕けた胸骨に炸裂する。口から血反吐を撒き散らしながら、ハイオークは仰向けにぶっ倒れた。

 白目を剥いて、舌を出してピクリとも動かない。完全に絶命していた。


 ウルの勝利。自分達のボスの負け。

 その事実を受け止めた連中から順々に、水が引くようにオーク達は消えていった。


「お疲れ様。良いもの見せてもらったわ」


 ウルは誇らしげな顔で一礼して見せた。うむ。ヒールをかけてやらなくちゃね。

 生で中国拳法の大技見れてちょっと感動したぞ。


「すっげえ……」

「一匹でやっちまいやがった」


 兵士達は茫然と立ち尽くしていた。

 私はウルの鼻の傷を治しながら、どうしたものかなと、頭を捻っていた。

 あれとかこれとかどうやって言い訳しようかな、という感じだ。

 やっぱり無理ですかね。無理だろうなぁ。


 魔法だから! で全部押し通せると非常に楽なんだけどそうもいかないだろう。


 ……いや、だってさ。

 見捨てるわけにもいかないじゃないか。

 私達は包囲を突破出来るし追撃も撃退出来るけど、それをやると彼らは多分死ぬし……。陣地作って迎撃するしかなかったんだよ。


 折角カモフラージュ覚えても人前で戦ってたら意味がないな。

 これじゃバレるバレない以前の問題なんじゃなかろうか。

 ああ、悩ましい。

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