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37 お姫様のモンスター教室 オーク編

 どこの国でも言える事だが、国境に隣接するような辺境はモンスターに遭遇する危険性が高い。

 討伐の難しい強力なモンスターの領地には接しないように街道や町や首都が作られるわけだが……金銀や魔石が産出されるような旨味のある土地、水はけが良くて農業に向いた土地などであればその限りでもなく、犠牲を出してでも大型モンスターの討伐がなされる。勿論、人間側とモンスターの戦力比を吟味しながら、だ。

 要するに開発が後回しにされる地方というのは痩せた土地、旨味のない土地であると言う事である。


 ネフテレカの場合はどうだったのかと言えば、鉱山や首都のある中央部に後からあんなのがやって来てしまった。討伐も出来ずに四苦八苦していたらその領地に便乗するようにモンスターが集まって来てしまったのだから、あれは特殊な例に当たる。


 話を戻そう。地方だとは言っても、そこを治める領主がいるのだから開拓や開発がなされないわけではない。そこに需要があれば物流もあるわけで。

 ただ、彼らはどうも普通の隊商には見えないな。装備が上等だし、統一されている。


 警備が必要無くなったのでシルヴィアとアッシュは馬車の中に戻した。彼らのブラッシングをしながら護衛の人に話を聞いてみると、


「俺達は中央からこっちの領主様に魔石を届けに来てるのさ。ほんっと、貧乏クジだよ。ネフテレカの鉱山があればこんな厄介な仕事しなくて済むんだぜ」

「おいおい、飯の種になってる内が華だろ」

「……俺はのんびり内地の警備兵とかが良かったんだよ」


 との事だった。

 要するに彼らはこの国、ロンドウッズ王国の兵士さん達である。輸送任務か。お疲れ様です。


 何か陣容が頼りないのは、国内の貴族同士のいざこざに端を発する足の引っ張り合いで妨害工作があったからとか。流石に突っ込んだ話は聞けなかったが不満たらたらのようだ。ああ、やだやだ。


 彼らの上役について聞いてみたら、ボーヴィルと言う……知っている人だった。これまた信用の出来る人だ。対立貴族がろくでもなさそうと言う事は解る。


 ともあれ、しわ寄せが来たのは彼ら、と言う事なのだろう。


 赤晶竜は倒したからネフテレカの鉱山も直に復活するだろうけれど……こちらに情報が伝わるのも物流が戻るのも、まだもう少し時間がかかりそうだ。


「それより、お嬢ちゃん達は召喚術士なのか? ゴブリンやオールドウルフを使ってたよな?」

「ええまあ。召喚術も使いますが、狼の方はテイムですよ。私達は商人なんですけどね。護衛代を浮かせられるので助かってます」

「ははっ! そりゃ良いな。世の中の商人が聞いたら明日から計算より召喚術の勉強でも始めるんじゃないのか?」

「かも知れませんね」


 或いは召喚術士を雇うとか。いや、そっちは逆に高くつくか。


 狼がテイムであると言ったのは、例のビブリオの同時召喚限界を念頭に置いた保険である。

 メリッサがいる事でも「このモンスターは私だけど、あれはメリッサが召喚してるから」とか抗弁も出来るかな?

 クローベルは召喚していても数に数えられないだろうし。


「で、お嬢ちゃん達は何を売ってるんだ?」


 ……来たか。ちょっと緊張する。ザルナックで色々買い物をしたので、ある程度の相場も解るようにはなってはいたが。

 いや、商人の身分証は、基本的に身分証明を求められ時に提示する為の物だからな。


 私達としては「大旦那様に相談する」とか言いながら、ザルナックと通信出来るので、リカルドさんに相談しつつ商談をまとめるなんて手も使えるのだけれど。


「武器も扱ってますよ。もし補充が必要ならある程度は融通しますので、どうぞ?」

「本当か? そりゃ助かる!」

「あ。召喚術士って事はモンスターにも詳しいんだろ? 物は相談なんだが、ちょっと話を聞いてもらえるか?」

「はい?」




 彼らは普段中央で仕事をしている兵士達だ。

 訓練はしているけれど中央からの派遣だけに、モンスターと直接相対する事は少ない……というか、経験がない者が多いので実地でオークを相手にするのも今一つ勝手が違うとの事。


 特に今回は件のいざこざもあり、錬度の低い新兵が多い編成になってしまったのだとか。


 だから、情報料を払うので召喚術士としてオークのような、比較的出会う頻度の高いモンスターの、習性やら特性やらをレクチャーして欲しいのだと。


 そんな頼みを受けた。

 私としては別に構わないけれど。モンスターに本当に詳しいかどうかは……どうだろうね。

 私の知識はやはりゲーム上の物でベルナデッタかコーデリアの受け売りとも言えるし、ベルナデッタのメッセージを受け取ったゲーム会社の「翻訳」を経た知識であるとも言える。

 机上で得た知識、ぐらいに差っ引いて見てもらえると助かるのだけれど。


 ともかく、オークは先ほどの戦闘で断章を手に入れたし、実物がいるのだから召喚すればいいだけの話だ。

 けどウチのオークが一般的なものだと思われてもそれはそれで問題がある気もするが。


 流石に情報料というのは想定外だ。メリッサに値段を相談してみた所、街の情報屋から重要情報を買う時の相場を言われた。


 こちらとしても情報を得た過程が過程なので、安めにしてやりたいけど……と頭を悩ませていたら、今の私達は「商人」だから駄目ですよ? とメリッサに念押しされてしまった。うぬぬ。


 しかし情報料なんて形のないもの、満足して貰えなかったらトラブルにならないだろうか?

 私の知識がちゃんと売り物になるのかどうか、不安で仕方ないのだがクローベルとメリッサは妙に自信満々で大丈夫です! と太鼓判を押してくれる。うーん。

 まあ……ボーヴィルさんが上役であるなら、そう酷い事にはならないかな……。




 野営の為のテントの設営が終わった所で、私は彼らの頼みを聞くことにした。


 コモン ランク8 オーク

家畜(おまえら)の扱い方が気に食わない? お前らの飼ってる家畜どももさぞかし主人(おまえら)が気に食わないだろうさ。 ――豚王ログト』


 ……とまあ、こういう種族である。笑っているこのオークが手に持っている鎖と首輪に何に繋がれるのかは……推して知るべしというか。


 全体的に好戦的で見た目以上に屈強。ゴブリンと同じく繁殖力が旺盛なのだが、美醜の価値観がゴブリン達よりも人間に近いのが困りものだ。

従って、オークの場合は他の種族を繁殖の為だけに狩ったりするという結果になる。

 だから見目麗しいエルフ族とは不倶戴天の敵同士で、見かけた途端にエルフが問答無用で攻撃を仕掛けるぐらいに仲が悪い。

 ゴブリンと同じく「昇格」があり、上位種に成長したオークは相当驚異的な力を持つ。強力なリーダーに率いられると非常に性質が悪い集団になるのはゴブリンと同じだろう。


 ……という所までが一般的なオークのお話として彼らに知っておいてほしい部分だ。ゴブリンの話と合わせて、予備知識として彼らに語って聞かせた。


「断章解放オーク『ウル』」


 例によって偽ビブリオから小声で召喚する形となった。

 頬に向こう傷のあるオークが現れる。名前の由来は三匹の子豚を元にした人形劇の、働き者の三男から取らせてもらったが、子豚というにはやや可愛げが足りない。


 ウルは髪の毛があるタイプのオークで、ブタというより猪に近い印象を受ける。硬そうな髪をオールバックの形で後ろに流している。意外に鋭い目付きと下顎から生えた牙が精悍な印象があった。

 私と視線が合うと、腰に手を当てて丁寧に頭を下げて見せた。うむ。紳士的な振る舞いで大変よろしい。


「……何だか昼間の連中と大分印象が違うな。召喚術士が使役してるからか……?」


 違う。違うけれど敢えて指摘も訂正もしない。

 一般的な召喚術だと術者が精神支配するから、術者次第でモンスターの印象も大分変わってくるものだが、グリモワールの場合は自由意志が残っているので、この場合、ウルの元々の性格と言う事になる。

 ウルは小さな頃から旅芸人一座で暮らしていた為、人間社会のルールを充分知っているし案外多芸なのだ。


 一座がモンスターに襲われてこれを撃退したウルであったが、他の団員達はほぼ全滅。行き場が無くなってオークはオークだと近隣の住人に殺されそうになっていた所を、通りがかったコーデリアに引き取られて契約した、という形だ。


「しかし、見た目はブタなんだよなぁ。腹も出てて鈍重そうに見えるのに……かなり強くないか、こいつらって」

「いや、体型に騙されちゃいけませんよ? 腕とか肩とか触らせて貰ったらどうですか?」


 オークを召喚した事で護衛の兵士達が集まってきたのでそんな事を言ってみた。

 個体が強い分、種族としての脅威度の高さはゴブリンよりも上と見ていい。


「この筋肉の量は……ちょっとヤベえな」

「言っておきますが、上位種はオーガなんかと殴り合いも出来ますからね? もし見かけても絶対に一人で立ち向かおうとか思わないように」

「マジかよ……」


 両手を曲げてフロントダブル何とかとか言う、ボディービルダーが良くやっているポーズを取るウルの腕にぶら下がってみるが、私程度の体重ではこれがビクともしない。

 オークをよく知らない兵士の皆さんはウルの肩や腰に触れて眉をしかめていた。古参らしき皆さんは楽しそうに笑っていらっしゃるが。


「じゃ、弱点はないのか?」

「ありますよ」


 一般的なオークは、と前置きしなければならないが、彼らは他種族のメスを略奪する事に執念を燃やしている。この執念には結構個体差がある。本能というより、文化に近いものらしい。

 なので。


「集団で来る場合、あっちもある程度の陣形を組んでますよね?」

「ああ」

「女装した人とか、カツラとドレスを着せた案山子とかを、それと解らないようにチラつかせると囮になるので、陣形が崩れます。罠に誘い込んだりも出来ますよ。オークは結構個体差が大きいのですが、これで釣れるのは知力の低い連中ですね。その分力が強い場合が多いので、残った連中との戦いは案外楽な展開に出来ます」

「なんだそりゃ……」

「このウルは頭がいいからそんな事はないですけどね」


 プリンセスグリモワールの割と序盤のイベントで、オークの集団を罠にはめる時に使った手口である。

 その時、最初はコーデリアが囮になったのだが、それを見た村人達は女装や案山子と言った「疑似餌」を使ってオークを翻弄したというわけだ。

 いやいや、棒で釣れるバッタみたいな連中である。案山子を追いかけて崖下に転落していくオークとかいたっけなあ。

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