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36 豚とカードゲーム

 メリッサはそれ以降、言いつけを守って一応はセクハラをしなかった。

 一応と言ったのは、彼女が内心で私を見て妄想の翼で大宇宙に飛んでたとしてもそれを確かめる術も止める術もないからだ。


 まあ、表面上は普通、と言う事である。見込み通り「普段」は常識人の皮を被っているのだ。彼女の言う所の「覚悟」が足りていれば、まともに振る舞えるという事だ。

 

 そう。きっと不意打ちに弱いだけ。

 つまり、犬に背中を見せて逃げると本能で襲ってくるから、動物を相手にする時は常に習性を念頭に置いて気を付けようね! と、そういう類のお話なのである。多分隙を見せなければ、大丈夫……。大丈夫だよね?


 そんな訳でその一件以降、その後の私達の旅そのものは順調であった。国境も無事、昨日越える事が出来た。

 ディアスから受け取った通行証兼、身分証明書は「交易商人としての身分を保証する」というものだ。

 かいつまんで言うと、ネフテレカ王室ご用達の身元のしっかりした商人である事を保証するから怪しくないよ、という内容である。国外に出てもこれは有効に働いてくれる事だろう。


 通信でソフィーと話をしたり勉強を教えたり。ああ。もう彼女は九九も暗誦出来るぞ。共通言語で出来るか不安だったけれど案外いけるものだ。


 しかし、私自身の事で問題が一つ出て来た。自分を男として長時間カモフラージュをしていると、逆に違和感があって落ち着かない気分になってきてしまうのだ。


 ……何だろうな、これは。心の根っこの部分にコーデリアの因子があるから、だろうか? それとも私の特異な魂や心の形態にカモフラージュが妙な干渉をしているから、とか? 平坂黒衛でもあるのだから普通にしていられても良いような気がするんだけど……。この辺はもう少し検証が必要かも知れない。

 一度街中でも少年として過ごしてみる必要がありそうだ。周囲が身内だけの時とはやっぱり違うと思うし。


 後は概ね問題なし。時間が余っている時は魔力操作の練習をしたり、トランプを作って大貧民、ババ抜きやらポーカー、ブラックジャック、七並べ等々をみんなに教えて盛り上がったりした。


 因みに大貧民など普通のゲームで強いのはまだまだ私だが、スピードとなると圧倒的にクローベルが強い。次点でリュイス。

 スピードを教えてすぐ、師匠であるはずの私を凌駕していった。反射速度と器用さが並じゃないのだ。私は目がついて行っても手の動きが伴わないから二人に勝てない。

 神経衰弱ならメリッサとマーチェもかなり強い。この辺は流石魔法職であると言えよう。


 今はポーカーをしている。カードを交換したけれど、状況は芳しくない。だがしかし勝負を降りる気はない。別にお金は掛かっていないが、これは今日の料理当番が掛かっている大事な勝負なのである。


 しかしクローベルは私の顔をじっと見た後でレイズしてきた。何故だ。見切ったとでも言うのか。

 その時、馬車が動きを止めると同時に、天井の窓から見張りをしていたアッシュが顔を覗かせて、一声鳴いた。




「このブタが! 引っ込め!」

「ブタどもを近づけさせるな!」

「畜生! このブタが調子に乗りやがって!」


 三台の幌馬車を襲っているのは豚の頭をした武装集団……これまたファンタジーの定番ともいえるオーク達だ。円陣を組んで迎え撃つは馬車の護衛達。剣戟の音と怒号を響かせている。

 ……ブタ、ブタって罵倒されると何故だか手札を見て物悲しい気持ちになるな……。いや、まだ私は負けていない。勝負は終わってないんだ。


 ううん。そんな事はどうでもいい。とにかく彼らに加勢しよう。期せずして挟撃の形を取れるわけだし。

 銀色の影がジグザグに疾駆してオークの一団とすれ違った。首を失ったオークが、遅れて鮮血を渋いて崩れ落ちる。シルヴィアの大顎が頭を丸ごと食い千切ったのだ。


 首を失ったのは襲撃を指揮していたオークのリーダーだ。群れのリーダーを見抜いて確実に仕留めるその眼力は野生動物ならでは、と言ったところか。


「オッ、オールドウルフだと!? どうしてこんな所に!?」


 あ、オークも浮足立ったが護衛も浮足立った。

 これはいけないな。持ち場から逃げ出したりして負けたりしないようにね?


 こちらとしては、一番早く先行させられるのがシルヴィアだった、というだけなのだが失敗だっただろうか。

 とりあえずシルヴィアには怪我しない程度にオーク達を引っ掻き回してもらうとして。


 そこに追い縋るのがゴブリンライダー(狼)ことリュイス&アッシュのコンビだ。

 狼に騎乗したまま弓に矢を番え、放つ。

 放たれた矢が……オークの耳から入った!? 勿論即死だ。騎射でよくあんな風に当てられるな。

 接敵した途端、アッシュはオーク達の足元を駆け抜けた。リュイスは何時の間にか武器を持ち替えていて、手斧とナイフでオーク達の足を切り刻んでいく。中々の早業。そして姿勢の低さを活かした、地味にエゲつない攻撃である。やっぱり器用だなぁ、リュイスは。


 そこに続いたのが何とメリッサである。

 ここは自分に任せて欲しいと鼻息も荒く、私とクローベルに言い残して突貫していったのだ。

 八本足のオートマトンなんて謎な代物を召喚、騎乗し、意外なほどの高機動力を実現している。

 確かにオートマトンは人形に宿らせる魔法生物であるから、人間型に拘る必要はないのだ。但し、ああいう異形は本来の売りである呪いの精度が落ちる。ダメージ反射率が下がると言う事は、必然的に防御的な性能も下がると言う事だ。


 そこをどう補おうというのかと思っていたら、更にもう一体のオートマトンを召喚した。

 またも異形。折り畳み式の腕と接合部のみと言ったデザイン。八本足のオートマトンの胴体を挟むように接合、固定すると、巨大なカマキリの腕のような機構を容赦なく振り回し始めた。

 長射程から遠心力を付けて振り下ろされる刃。しかも衝突の時の衝撃まである程度呪いとして反射しているはずだ。その威力が高くないはずがない。オークの体を易々と切り裂いていく。


 八本足は高機動力の確保と、メリッサ本人の防御も兼ねているらしい。手詰まりになったオークが投げつけた手斧に対して足二本を交差させて打ち払い、あっさりと止める。呪いが発動して斧を投げつけたオークの肩口から血が噴き出した。


 本人が一緒に前に出る事でオートマトンの制御や操作精度を上げてるのかな?

 ……ええっと。実はメリッサって相当強い……?


「スパイダーネット!」


 更にメリッサ本人から魔法まで飛び出した。粘着性の糸で四肢を絡め取られ、その上から、カマキリ腕が容赦なく振り下ろされてざくざくと刺突していく。

 オーク達は総崩れになった。散り散りになって逃げていく。だが――。


 なんだかこっちに向かって逃げてくる連中がいるな。

 連中の目線と来たら……全員が全員、完全に私をロックオンしていた。

 その目が血走って、その用件というか目的というかを雄弁に物語っている。


 あー……。一般的なオークってこういう連中だよね。最初はメリッサに群がっていたし、蹴散らされたからこっち、か。

 というか逃げるなら大人しく逃げればいいのに。

 行きがけの駄賃代わりか、せめてもの戦果にするのか知らないが。どっちにしたってこれで見逃せなくなったじゃないか。


 クローベルが前に出ようとしたので、手で制した。私もちょっと試したい事があったのだ。

 空間切断はやらない。

 あれを実戦で使うのは、まだまだ怖すぎて無理。


 試したいのは魔力の遠隔操作と断章化だ。

 魔力を伸ばして、それに触れる。染み込ませる。オークが踏み込んできたところで、一気に、全力で断章化した。

 地面を。

 突然足場に穴が出来て、オーク達がこぞって地面に落ちる。穴の淵に顎をぶつけて苦悶の声を上げながら、即席の落とし穴に落ちていく。


 這い上がれない深さではない。

 反撃をさせない為に、スローターフォレストを叩き込んだ。

 チャージがいらないという特性。便利は便利なのだ。あまり試し撃ち出来るものでもないので、実戦投入も早めに済ませて慣れておきたい。


 淡く緑に煌めく球体が飛んでいき、落とし穴の壁か底……或いはオークの身体に到達したその瞬間、穴の底から形容しがたい水気の音と絶叫が聞こえた。穴に落ちた連中がまとめて断章化し、グリモワールに収集された。

 後は断章化した土の塊を元に戻せば、穴を開けてしまった道の舗装も完了、というわけである。


 これは……落とし穴はかなり使えるのではないだろうか。あまり長射程までは伸ばせないが、いきなり相手の足場と行動の自由を奪えるというのは大きい。


「あ、あんたら一体何なんだ!?」


 護衛の男が悲鳴に近い声を上げた。

 いや、そこは流れ的に、助けたお礼を言われる場面だと思うんだけどな。

 何で新手のモンスターにでも遭遇したような反応なんだろうか。

 ちゃんとカモフラージュしているのに不思議な事もあったものだ。

 解せぬ。


 いやほら。私達はただの商人ですって。ほーら怪しくないヨー?

 という私の心の呟きは、嬉しそうな表情で戻ってくるメリッサが駆る異形のオートマトンが立てる足音と、シルヴィアとアッシュが上げた勝利の遠吠えでかき消された。




「いや、危ない所を助けていただきまして」


 と、彼らのリーダーらしき人に頭を下げられた。

 何だか腰が引けているな。


「いえ。順番が少し違えば私達が襲撃されていたかも知れませんから、お互い様です」

「そ、そうですか? そう言っていただけると」

「ところで、そちらの被害と怪我人は?」

「まあ……大したことはありませんよ」


 ちらりと向こうに視線を送ると……んー。確かにそれほど怪我人は出ていないようだが、今一つ士気が高くなさそうだ。オークにも苦戦していたし、それほど錬度が高くないのかな。頭数はそれなりに揃えているけれど。


「では、途中までご一緒しませんか? お互いそちらの方が楽でしょう?」

「よろしいのですか?」

「構いませんよ」


 中央部と違って地方は色々物騒だからね。

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