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35 メリッサの心の内

 デレたとか、デレてないとか。

 そういう事じゃないのである。

 だって気絶したから帰すにも帰せないし、どこかの町に置いて行っても追いかけてくるでしょ?

 だからって絶対に付いてくるなって拒絶するほど悪い事はしてない。

 いやこれは本当。嫌いなんじゃなくて、苦手なだけなんだ。

 赤晶竜戦でも助けてくれたしさ。

 だからだ。

 デレとかそういうのじゃない。


 とりあえずお兄さんには連絡を入れとこう。


「いや、申し訳ない。止める暇もなかった。こちらでも探していて、見つからなければ連絡差し上げようかとは思ったのですが……」

「そういう事ならご安心を。私の方は別に良いのですが。彼女はこちらでお預かりしても?」

「……よろしいのですか? その馬鹿ではご迷惑をお掛けする事になりますが」

「腕は確かみたいですから……彼女が離れてそちらは大丈夫ですか?」

「問題ありません。では、殿下。重ね重ね申し訳ありませんが、妹を頼みます」


 グラントは作法に則り頭を下げた。異名や性格から想像出来るイメージよりは、こういう所しっかりしてるんだよなぁ、この人。

 案外妹さんの意志を尊重する良いお兄さんなのかも知れない。「解りました。それでは」と返して通信を切る。


 満ち足りた表情で寝息を立てているメリッサについては……あー、起きるまで放置でいいや。

 ぼさぼさになった髪とか、クローベルが整えてあげているようだし、私がしてやれる事はない。




「はっ! コーデリア様ッ!」


 二時間ほどしてから、両手を虚空に突き出してメリッサが跳ね起きて、無事に再起動を果たした。

 ……どうしてそんなゾンビみたいな起き方をするのか。


 メリッサと傍らで彼女の容態を見守っていたクローベルの視線が合う。


「あ、貴女はベル様ではなく……クローベル様でしたよね?」

「はい。ご気分はいかがですか、メリッサさん」

「だ、大丈夫です。クローベル様、ご迷惑とお手数をお掛けしました……コーデリア様にはとんだ醜態をお見せしてしまい……」


 顔を真っ赤にして、気まずそうにメリッサは俯いた。


「いや、それは別にいいけれど。気絶する前の事は覚えてる?」

「は、はい」

「そういうわけだから今日からよろしくね」

「は、はいっ!」


 メリッサは満面の笑みになった。




「――ええと、クローベル様はコーデリア様との旅にずっと同行していらっしゃる『影の刃』様でよろしいのですか?」

「確かにマスターとはずっと一緒に旅をしてきましたが……何ですか、その呼び方は」

「いえ、正体不明で凄腕の従者がいると噂で聞いていたものですので……まさか『影の刃』が女性の方とは思いませんでした。ああ……やはりコーデリア様は素敵です。ええ、想像してたよりもずっと」


 メリッサはクローベルを知っていたらしい。

 知っていた、と言ってもそこまで事情通というわけではない。

 コーデリアには経歴一切不明の凄腕の従者がいるとは聞いていたので、クローベルの事は私がコーデリアだと判明した時から気になっていたそうなのだ。

 クローベルが女で……その話の着地点が何故「コーデリア様は素敵」という所に落ち着くのかは解らないが……。

 とりあえず、私とクローベルを視界に入れて、一枚の宗教画を眺めるような表情で恍惚とするのは止めて欲しいのだが。


 しかしまあ、メリッサがそこまでコーデリアに心酔していて、これからお互いに命を預ける仲間であるという以上は……私も覚悟を決めて真剣に考えなきゃいけないのだろう。


 メリッサに正体を隠し続けるかそれとも正直に話すかは、リスク管理と言う面で語るものではなく、畢竟(ひっきょう)仲間を信用するかどうかという部分に関わってくるからだ。ここを違えてはいけない。だから覚悟を決めた。


 連れていくならば……やっぱり彼女にだって正直に話さなければ、これは不誠実というものだから。メリッサが私に抱いているイメージだって、コーデリアに向けられているものなのだし。

 その結果彼女に罵られたりするのなら仕方がない。彼女の性癖からして、私なんて裏切りみたいなものじゃなかろうか。




 野宿をして天幕を張った所で皆を呼び出して、話をする時間を作った。

 王城では侍女も控えているし魔物も呼び出せないしで、機会が取れなかったからね。話をするなら仲間皆に落ち着ける場所で、聞いてもらいたかったのだ。


「……という訳なんだけど」


 真剣な面持ちで頷きながらみんなは話を聞いていた。聞き入っていた。


「荒唐無稽な話だけど、本当の事だよ」

「私は……今までと何も変わりません。マスターはマスターです。クロエ様がコーデリア様でもあるというのなら、尚更ですよ。私達の契約、絆に何一つ、曇りはありません」


 クローベルが言う。目が合うと、不安がっている私に安心してほしいとでも言うように、微笑んでくれた。

 ……うん。ありがとう。


「歴史がどうとか糸がどうしたとか、あっしは頭が悪くてよく解んねえですが」


 リュイスは頭を掻いて小さく笑った。

 

「姉御は今までと同じく、やっぱりお優しい方です。付いていくのに異存はありやせんよ」

「契約、そのまま。ユーグレ、名前呼べるボス、ボスだけ」

「で、これまで通りお嬢様って呼んでもいいんですかね?」


 むう。お前らそれでいいのかよ……。

 もう少し悩むとかさ。いや、嬉しいけど。

 みんなの意志は確認したけど。じゃあ――彼女は?

 みんなに少し離れてもらって、一対一で話を続ける。


「……メリッサは?」

「私が」


 メリッサは大きく息を吸って、答えた。


「私がコーデリア様に憧れを抱いたのは……八年前、コーデリア様に命を救われたからです」


 押し寄せる魔竜の眷属を前に焼かれる村々、逃げ惑う大人達。当時のメリッサはまだ今の私より幼いくらいで。

 泣きながら兄に手を引かれ、炎の中を走り続けるしかなかったそうだ。


「あの時の事は、今でも覚えています。とても……怖かった。森の中まで私達を追いかけて来た化物達。茂みが揺れるたびに誰かが死んでいく。悲鳴が背中に追いすがってくる。次は私なんじゃないか、兄さんなんじゃないかって、恐怖に心が押しつぶされそうな、そんな、地獄」


 当時の事を思い出しているのか、それとも私が許せないのか。メリッサは唇を強く噛んだ。


「けれど、ふと気付いたら誰も追いかけてこなくなった。隣を走っている人も、後ろを走っている人も……みんなみんな、生き残って涙を流してた。後から、あいつらをみんな退治してくれた人がいるんだって聞いて……私は、私とそんなに歳も変わらないのに、なんて凄い人なんだろうって思いました。それが、コーデリア様です」


 だから、メリッサはコーデリアに憧れた。召喚術に憧れた。召喚術士に弟子入りを志願したのはその年の事らしい。


 しかし、そうか。彼女はブランシュカの追走戦の……あの森にいたのか。

 効率プレイ、或いは被害を受けながらでも迅速に進める事が出来れば、村人を多く逃がす事が出来る……というイベントだったな。

 初見であれど、なるべく多く逃がしたいので後者の戦い方になってしまったが、その甲斐あって結果は最良だったはずだ。


「コーデリア様……いえ、クロエ様と呼べばよろしいのですか? 少々誤解していらっしゃるようですが……いえ、そこは私が悪いのかも知れませんが……クロエ様が元々男の方であっても、私の感謝は変わりませんよ? 感謝と個人的な嗜好を混同したりなんて、しません。あの時の私は、ただの路傍の石です。生きていてもいなくても、魔竜との戦いという大きな歴史の中では大きな影響を生んだりはしなかったでしょう」


 だからそこに、元のコーデリアの意志によるものか、平坂黒衛の与えた影響によるものかの区別をつける意味がないのだと、メリッサは言った。

 私にだって、その辺りの事はよく解らない。解らないけれどたかがゲームプレイでの事を持ち上げられても困る。だから、メリッサの感謝はやはりコーデリアにこそ向けられるべきものだと思う。


「けれどザルナックの戦いは、まぎれもなくあなたの意志でしょう? 人々の為に傷ついたあのお姿を、私は、忘れたりなんてしない。それに……」

「それに?」

「宿る魂が男とか女とか、私には別に些細な事だと思えるのですが。いえ、そう表現するのは語弊がありますね、ええと……そう」


 ……は?


「真実の愛の前に性別だとか年齢だとか、出身地やら種族やらの壁なんて無価値なんじゃないかと私は強く思うのです。けれど心と体がズレてしまう事によってその懸想が異性へ向かっているのか同性に向かっているものなのか、解らないまま思い悩む姿とか、有りなんじゃないかしらと。ですから……答えの出ないこの愛の迷宮は、寧ろ黄金郷(エルドラド)の出来事のように私には思えるのです。私はそう、今や神話の目撃者となった。いや、最早伝説の中に迷い込んだに等しい。なんて……なんて素晴らしいのかしらッ」


 そう言って拳を握り締める。

 おい。

 何故そこで一瞬クローベルをチラ見してから私に視線を戻した?

 何だ? 私の気持ちは傍から見てバレバレなのか?

 それともメリッサの、ただ単なる妄想の暴走か?

 メリッサは自分の肩を抱いて恍惚とした表情になった。


「ええ。私はクロエ様を応援いたします。クロエ様もコーデリア様もクローベル様も、みんなみんな素敵ですわ。ああ……この湧き上がる情熱が薄れない内に、形にしなければ……! 少し人形の素材をいじっても良いでしょうか!?」

 

 止めろ! 何を作る気か解らんが止めろ! 何かが嫌だ!

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