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34 一念、岩をも通す

 私達が向かっている場所について整理しておこう。

 コーデリアの生国、トーランドである。

 あの国はなぁ……今は平和だと思う……んだけど。

 プリグリでは魔竜復活の為にまとめて「時間」を奪われたのだ。何もかもが彫像のように凍り付いて。無事だったのはグリモワールに守られたコーデリアと彼女の使役するモンスターだけ。

 それがプリンセスの旅に出る契機、理由となるっていうのがゲームで共通している導入部分である。


 まあ、トーランド国民当人達にしてみれば眠っている間に全て片が付いてしまった感じだろう。いきなり一人娘が英雄になっていたとか王と王妃も結構困るんじゃないだろうか?


 ゲームでは魔竜を倒して国に帰ったコーデリアが皆に迎えられてハッピーエンド、なのだがそれはゲーム的なお約束。

 現実ではかなり事情が違ってきているようで。いや、コーデリアが救国の英雄である事には変わりはないが。


 コーデリアが七年も行方不明になっていて心配しているんじゃないかと思うのだ。他の国から情報が入ってきて、コーデリアが英雄になっているところまでは把握しているのだろうけれど……。


 そんなわけで、魔竜の分身の情報収集がてら、顔を出しに行かなければならない。

まあ顔を出すと言っても中身は私なんだけどね……。でもコーデリアもちゃんと一緒だから、大丈夫。私にとってもコーデリアは恩人なのだから。


 ネフテレカからは国境を越え、隣国の港町に向かい、海路を取るのが最も近いルートになる。


 しかし、色々頑張った甲斐もあって、快適な馬車である。以前乗った物と違ってサスペンションがついている上、内装にはクッションと絨毯が入っていて、非常に乗り心地がよい。

 四人乗りでゆったりとしたスペースがあり、しかも炭素繊維や樹脂を組み合わせて作った車体は軽くて丈夫。快適な旅になりそうである。


 とりあえずザルナックへの通信を試してみようかな。お昼になったらこっちから連絡してみるね、と伝えてあることだし。


 携帯電話を取り出し、馬車の内部に据え付けた机の上に置いてザルナックの王城に繋いでみる。


「おお。これは面白いな」

「あ! おねえちゃ……じゃなかった。コーデリアさまだ!」


 携帯電話のモニターから、立体映像が飛び出してディアスとソフィーがこちらをまじまじと見ているところだった。

 ソフィーの私に対する呼び方が変わっているのは、早速ディアスが教育を始めた、と言う事だろうか。


 笑顔で手を振ると、向こうも手を振ってくれる。 

 しかしホログラフィックとか超ハイテクである。実際はハイテクではなく、逆に古い魔法の技術が使われているのだけれど。何せ古代魔法王国アルベリアの、遺失魔術による魔改造なのだから。

 進んだ科学は魔法と見分けがつかないなんてよく言ったものだけれど、その逆もまた然りだろう。


 ザルナックの王城に残してきた「受話器側」は、昔ながらの水晶球である。残念ながらこちらのようにホログラフィックが出ると言う事はなく水晶球に私達の姿が写し出され、声が聞こえるだけだ。

 ゲーム中にもあった遠見の水晶球という魔道具に非常に近いものなのだけれど、私の携帯と通信する事にのみ特化している。


 渡した相手はディアスとソフィー。それから調査に出るであろうグラントとジョナスだ。

グラントに渡すのはやや不安だったけれど……まああの妹の手綱はしっかり握ってくれるものと信じよう。


「こんな感じで会話出来るのですが、どうでしょうかね? 双方向から呼び出したりする事が出来ます。ぼんやりと緑に光っている時は、私の方でもお話が出来る時間がある時という意味ですので」


「うむ。素晴らしい魔道具であるが、遠見の水晶球とは少し違うのだな」

「私との通信に特化してますので」


 通話中はやはり天秤ゲージに影響があるのだけれど、負担としてはそれほど大したこともない。まだ距離がそれほど離れていないからかな?


「これなら、直接ソフィーに指導も出来そうですね」

「うん! クローベルおねえちゃん!」


 二人はにっこりと微笑みあった。

 と、その時だ。天井の窓を鼻で押し開けて、周囲の警戒に当たっていたアッシュが顔を出すと一声吠えた。


「ん。二人ともちょっと待ってて」


 何事かと外を見てみる。右側を見て左側を見て、最後に後ろの窓を覗き込んだ瞬間、私の口の端が引き攣った。

 箒に跨って追いすがってくるメリッサの姿があったのだ。

 兄に手綱握られるどころかぶっ千切って来たぞ!?


「追いかけてくる、かぁ……」

「お待ちに……お待ちになってくださぁぁい……」

 

 という声まで聞こえてきた。

 グラントがいない所を見ると、空飛ぶ箒なんて魔道具を持ち出して一人で追いかけてきたと言う事か。あの子の魔女スタイルも結構徹底してるな。


 いや、お別れを言おうとは思ったのだ。だけれどグラントから絶対に収拾がつかなくなるからと真剣な顔で止められた。自分から上手く話をするからと言われて、結局メリッサに話を通すのは止めた。


 確かにグラントの言葉は正しかったのだろう。こうやって追いかけて来られてしまうぐらいにはメリッサの気持ちは本気も本気だったのだから。


「……どうなさいますか? ちょっと……可哀想、なような」


 クローベルも困ったような表情だ。

 えーと……。正直な所を言うなら、あの子は悪い子じゃない……とは思うんだけど……。

 これはまず間違いなく、一緒に連れて行ってって言ってくるよね。


 いや、私達の旅って魔竜の眷属退治だし、私は私で秘密を抱えてるしで、余計なリスクを背負いたくないんだよ。

 グラントに通信用の魔道具を渡したんだから、それで我慢してくれるかなって思っていたんだけど。お別れ言えなかったし、毎日通信が飛んでくるぐらいは許容しようと思っていたのに。

 まさかその日の内に追いかけてくるとは。


 メリッサは割と近くまで追いすがってきたが、すでに魔力が限界に来ていたらしい。

 へろへろと失速して地面に降り立つが、なんとそのまま魔道具まで放り出し、走って馬車を追いかけてくる。

 だけれど魔力を枯渇する限界ぎりぎりまで使ったと言う事は、既に倒れる寸前で意識がかなり朦朧としているはずだ。


「待って! 待ってくださっ……! わたっ、私もっ、わたしも連れて、いって……!」


 ……そんな風に……必死になられても気持ちに応えられないんだって。

 だってメリッサは生身の人間なんだし、怪我をしたら大変じゃないか。守り切れずに死なれでもしたらなんて考えると……想像するだけでキツいよ。


 あっ、転んだ。 

 ……はぁぁ。


「……止まってフレデリカ」


 馬車を止めて、外に出る。

 地面に手をついて、肩で息をしているメリッサの、前に立つ。

 顔を上げるメリッサ。

 泣きべそをかいて、汗だくで……折角の美人が台無しだ。ああもう。何やってんだよこの子は。鼻水まで垂らして、髪もぐしゃぐしゃで。

 メリッサが顔を上げる。私の姿はコーデリアのまま。カモフラージュは使っていない。


「コーデ……リア、さま」

「どうして付いてきてるんです。お兄さんはどうしたんですか?」

「に、さんから、コーデリア様が、街を出たと、きいて……飛び、だして」


 そこから箒で追走、か。気合入り過ぎというか後先考えなさ過ぎというか。

 追い付けたから良かったようなものの、合流出来ないまま魔力を枯渇させて行き倒れてたらどんな事になっていたやら。

 ていうか、もしかして手荷物はビブリオと箒だけ……?


「おね……おねがい、です。わたしも、私も連れて、行ってください……。ぜったい、絶対お役に、立ってみせます、から」

「私たちの旅って、危ないんですよ? 怪我したり、死んでしまうかも知れません」

「わかって、ます。でも」


 ここでこうしなかったら、今までの人生に意味はないと。自分の命なのだから自分で道を選びたいと。

 そこまでメリッサは言い切った。


 ……んんん。ぬぬぬぬ。

 悩んだ末、こう言った。

 言うしかなかった。今から追い返すとか、ちょっと出来ないだろう。

 正体がバレた時に生じるかも知れないリスクは承知の上。

 背負わなければならない物がまた増えるのも承知の上だ。


「――セクハラ禁止」

「……え?」


 何を言われたのか解らない、と言うように、メリッサは首を傾げる。

 私はハンカチを出して彼女の汗と涙と鼻水を拭った。


「……だから。セクシャルハラスメント禁止です。抱き着いたり、撫でてきたり、着替えや沐浴を覗いたりしないなら、いいですよ。一緒に来ても」

「あ、ああ――」


 私の言葉を聞き届けると、至福の表情でぶっ倒れて意識を失った。

 ほんともう……なんなんだか、この子は。

 ユーグレを呼び出して馬車の中まで運んでもらう。


「いいなぁ、メリッサおねえちゃん」

「うむ。妾も一緒に行きたいぞ」


 と、二人が感想を漏らした。

 あれを見てそんな事を言わないで欲しい。私は今困っているのだ。


 電話が鳴って、メールが届いた。

 何事かと思って見てみたら、ベルナデッタからだった。


『デレたわね』


 違う。断じて違う。

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