3 グリモワールは電子版
プリンセスグリモワール。Sintendo3DLという携帯ゲーム機で発売されたRPGで、倒したモンスターが断章化――つまりこのゴブリンのようにカードになって――グリモワールの一ページとして収集される、というものだ。断章として収集されたモンスターは自由に召喚し、戦わせる事が出来る。
更にエネミーモンスターを倒すとSEを取得して新しい召喚モンスターを増やしたり、主人公であるお姫様を強化したり出来るようになる。というかモンスターに限らず、合成や売買で手に入れたアイテム類やらなにやら、一切合財の全てを断章としてグリモワールに収集出来るのだ。
グリモワールのページを全て収集した者は、究極の力を手にすると言われているが……一応ストーリー上のクリアはもっと前の段階で、グリモワールの力を操る主人公が古の魔竜を倒し、救国の英雄となるという所で一応のエンディングとなる。
え? コンプリート?
それは普通にやっていても無理だ。ゲーム内で手に入れられる物は本当に何から何まで断章化されるからな。出現率が極々低確率に設定されているレアカード、レジェンドカードも多数で茨の道なのである。普通にクリアしただけなら、全体の内の半分も集まらないだろう。相当なやり込みゲームなのだ。
だがまあ……俺はコンプリートしたのだが。
コンプまで五年もかかったよ。我ながら馬鹿だと思うが。
ああ、そうだ。思い出した。電車の中で遂に最後のカードをコンプして喜んでたんだったな。思わず顔がニヤけてしまった。好奇の目に晒されるのは嫌だったので、携帯ゲーム機を鞄の中にしまって……後は家に帰ってからゆっくり楽しもうと思っていたんだった。それが日本での最後の記憶――
――いや、まさかそれでか? コンプリート報酬がプリンセスグリモワール世界へのご招待とか言わないだろうな?
しかしゴブリンはともかく、あんなド派手な竜、プリグリにはいないぞ?
鞄の中に入っているゲーム機はどうなっているだろうか?
ゴブリンカード片手にゲーム機を引っ張り出す。電源を入れた瞬間、それは起きた。
身体が光に包まれ、一瞬意識が途切れる。あっという間の出来事だ。
身長が縮んだように感じた。金色のウェーブヘアーが揺れる。手足は細くて白い。衣服が変わっていた。つまり白いドレスに。
「なん……だ、これ」
何が起きたのかを半ば予想しつつ、俺は呆然とした声を上げるしかなかった。
その、自分の喉から発せられた声と来たら。鈴が鳴るようなと言えばいいのか。
元の自分の物とは似ても似つかない可愛らしいもので……。
慌ててゲーム画面を確認する。
名前はコーデリア。アバターの基本タイプは少女。
お姫様然とした――実際にお姫様なのだが――金のウェーブロングで前髪ぱっつん。肩口から垂れた髪を巻き毛にしている。服装は白いドレスという出で立ちである。
つまり、今の俺の格好と全く同じだ。アバターの変更は……出来ない。おいおいおい。
確かに……プリグリの主人公アバター設定はプリンセスをコーディネートするという内容だ。男は最初から選べない。
けどそいつが持ち主である俺に反映されたっていうのか? 身体まで作り変えて……? そんな無茶苦茶な話があるか!? っつーかタイトルに戻れないって何だよッ!?
二度、三度と電源を入れたり消したり、ソフトやメモリーカードを抜いて見たが無駄だった。一切合財引き抜いた状態でもプリンセスグリモワールが起動するのを見た時は乾いた笑いが漏れた。ちょっとしたホラーだ。
どうしようもないのでアバターの外見を決定しますかの問いにYESを押す。選択の余地がない。
初期モンスターを選んで下さい、の表示。
プリグリは、グリモワールに選ばれたお姫様となり、その力でモンスターを使役しながら世界を旅して、グリモワールの謎を解き明かしていくと言う内容のゲームだ。
派生クエストが豊富で、マルチエンドという奥の深いゲームである。どのようなプレイをするにせよ、コンプリートが不可能になる事だけはない、らしい。
「………」
いやいや、荒唐無稽だと解っちゃいるんだ。常識的に考えてありえないって、そんな事。
だけど今俺を取り巻く現実はとっくに常識的ではない。異世界で竜とゴブリンに襲われ、身体を作り変えられた今となっては……そんなものクソ食らえだ。
だからおふざけは無しだ。よく考えろ俺。今ここで、何を初期モンスターにするべきか。ここでの選択は恐らく俺の生死に直結してくる。
わざわざニューゲームでアバターの設定から始まったと言う事は、グリモワール内のカードデータがまっさらに戻されている可能性が高いということだ。ゲームデータが現実に反映するとして……コンプリートしたデータを手に入れられているなら、それこそ世界征服でも可能なのだろうが、グリモワールの閲覧が出来ないこの状況で、未確認のデータを当てにするのは間違っている。
つーか何か。まさかコンプしたデータも消えたって事か? こんな状況で悠長な事を言ってるようだが、それはそれでショックなんだが……。
……脱線した。ともかく、いくらグリモワールの力があろうが、モンスターも装備も魔法も満足に揃っていない駆け出し姫が、まともにやりあってゴブリンの巣から生還出来るだろうかという話だ。
このゲームの肝は召喚モンスターをいかに上手く使うか、である。俺もそれに倣うべきだ。つまり、最初から「まともには戦わない」を選ぶのが正解である。
その点、初期モンスターが選べるというのは心強い。きちんと育成していけば、最後までスタメンで使えるポテンシャルの高い奴らなのだ。だがそれを裏返せばバランスが取れているという事であり、無茶をすれば死ぬ、という事でもある。今居るこの場所、このフィールドに合わせた有利な選択をしなければいけないだろう。
暫く考えて、俺はシャドウリッパーを選択する事にした。
所謂スニーキングミッションを想定しての事だ。シャドウリッパーはアサシンをイメージして貰うと解りやすい。
性別選択が出来るタイプなので……女にしておく。ゲーム中もシャドウリッパーは女で進めたからな。
レア ランク15 シャドウリッパー
『復讐を誓い暗殺者に身を窶した若者は、しかし自らの無力を嘆いて禁忌の力に手を染めた。その恐るべき魔人は自らが何の為に力を欲したのかも忘れ、今日もまたギルドの為に凶刃を振るうのだ』
……欝なフレーバーテキストである。うん。好きなんだけどね。
イラストはナイフを逆手に構え、フードを目深に被った暗殺者二人組が背中合わせに立っているというものだ。シャドウリッパーのカードを拾い、ゲーム画面からグリモワールを閲覧すると、やはりモンスターカードはたったの二枚しかなかった。つまりシャドウリッパーとゴブリンだけ……。ああああぁ……。
いや……状況は好転したと見るべきだ。そりゃ強くてニューゲームだったら世界最強だったかも知れないが。うごごごご……。ギギギギギ。
……とりあえずゲットしたシャドウリッパーに名前をつけよう。ゲーム時から使っていた名前、クローベルだ。この名はクローバーから取った物である。シロツメクサの花言葉が復讐だったからな。自分の原点を忘れないで欲しいって事でそんな名前にしたのである。
モンスターカードには他に素材化や還元という使い道もあるのだが、これらについては今は忘れるべきだ。ゴブリンの余剰カードが出たら考えよう。
本来ここからオープニングと初期モンスターに連動したクエストなどが始まるはずなのだが、ゲームの方はメニュー画面で固定されてしまった。今俺の居るこの場所、この現実がクエストって事か?
アイテム欄を見ると今の俺の所持品が表示されている。
鞄や教科書などは別に良いんだが、問題はプリンセスグリモワール(電子版)とか表示されている所だ。ゲーム内では世界を統べる真理の書とか呼ばれ、重要人物皆がこぞって血眼になって追いかけていた、あのプリンセスグリモワールが電子版かよ。世も末だな、おい。
フレーバーテキストには『3DLと同化した原書は、異世界を超えた為に変質を起こし、使用者の魔力で自然充電されるようになった』とか書いてあった。俺が持ってる限り電池切れの心配がないって事か?
……有り難くはあるが有難味がない。この複雑な心境を解ってもらえるだろうか?
とりあえずアバターのカラーリングを変更しておくか。白いドレスは目立って仕方ないからな。反映されるかな?
全身黒色装備にすると、身に着けているドレスも真っ黒になった。面白いけど……遊ぶのはまた今度だ。
所有断章からゴブリンカードを表示させ、名前をつける。
これもゲームの時に使っていた名前でいいだろう。緑色だからリュイス。由来? 緑一色ですが何か。
こうして名前を付ける事で召喚モンスターとして登録出来る。育成も可能になるという寸法だ。因みに同時召喚に関しては一種につき一匹のみだが、予備カードのストックは可能である。
不必要な持ち物を断章化してグリモワール内に格納してしまう。鞄だの教科書だの、本来ゲームデータでさえない物でも断章化して格納出来てしまうのが笑い所だ。
確か、グリモワールそのものも持ち歩かなくていいって言う設定があったよな。
象徴化と念じると3DLが光の粒子になって左手の甲に吸い込まれた。複雑な模様の紋章が左手に浮かび上がる。
……何だか厨二っぽい。くっ、左手が疼きやがる……ッ! とか言ってな。
「断章解放、シャドーリッパー『クローベル』、ゴブリン『リュイス』」
宙に浮かぶ二枚のカードが光の粒子となって散る。再び結集したかと思うと一瞬にしてシャドウリッパーとゴブリンの姿となった。片膝をついて恭しく頭を下げる。
それぞれ二人はなにやら口上を述べたが俺には意味が解らなかった。クローベルは異世界語、リュイスはゴブ語だろう。日本語対応してねーのかよ!
どうやって作戦を伝えようか悩んでいると、何やら二人して何度も頷いている。
最初は何を意図してのジェスチャーか解らなかったが、電子版(笑)のヘルプに「モンスターとの意思疎通に関して」という項目があった。読んでみると、どうやら「命令」に関しては思考するだけで伝わるようだ。距離にして最大一〇〇メートル、らしい。
彼らは、個別に意思と記憶、喜怒哀楽も持っている。納得行かない事には意見を言う事もあるが、命令に逆らう所までは出来ない、のだそうな。
なるほどねえ。意思疎通が「命令」に限る上に俺からの一方通行だってのはちょっと寂しいけどな。
だが、これなら行けそうだ。ゴブリンの巣のアタックを始めよう。