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27 プリグリ開発秘話

 作業に没頭していると、後ろから拍手をしながら近づいてくる者がいた。

 ベルナデッタだ。その後ろには椅子に座って微笑を浮かべているコーデリアもいる。


「ゴブリンの巣の時もそうだったけど……面白い発想をするのね。特に、吐息を曲げたの。あんな変な使い方をした人、初めてだわ」

「そう?」


 日本のサブカルシーンで隆盛を誇る異能バトルじゃ、あんな程度は序の口だろう。


「……お邪魔していいかしら? 私が嫌いなら、どこかに行くけど」

「別に……。怒ってるわけじゃないし」


 最初に言っておいて欲しかったとは思うけれど。

 それとも記憶が持ち越せなかったんだから、言っても無駄だったか。

 ザルナックの人達の魂が流れてきた時点で存在規模が増したから、ようやくこっちでの出来事も覚えていられるようになったようなのだ。

 或いは……質問にしっかり答えられないのでは不信感を植え付けて終わるだけになる可能性もあるしな。


「なら、遠慮なく。……ねえ。何してるの?」

「借金の取立て」


 言うなり、鎖で縛られて動けない赤晶竜の腹に手を突っ込んだ。

 今いるこの場所は庭園内部の担い手用プライベートエリアだ。この場所から見える物は、心象風景によるイメージみたいな物だと思ってくれればいい。


 さっきから赤晶竜が暴れているけれど、意に介さない。既にこれはグリモワールに囚われた存在で、こちらに対して危害を与える事が出来なくなっている。


 正直いくらなんでもこんなのはいらないので、還元するか素材化してしまおうかと思っていたのだが、まだこいつの腹の中に食われた人の意識が残されたままだった。だからまずそれを全部毟り取ってしまおうと言うわけである。

 細い物が千切れるような感触。さっきから不服従を示す灰色のカードが点滅して「交渉しようぜ!」と言っているが……まあ今更だよね。この作業始めるまでこっちに従う素振りさえなかったんだし。

 そうやって一人一人取り出す度に赤晶竜の存在規模が小さくなっていくのが分かる。


「で、話は聞かせてくれるの?」

「そうね。何から話しましょうか」

「こっちに呼ばれた理由や経緯かな」

「いいわ」


 分離作業をしながらの会話になった。


「けれど。その話をする前に。私の話を理解してもらう為の基礎的な所を押さえておかせてね。今、私達がこうしている「現在」という物は何から出来ていると思う?」

「現在? 過去の出来事じゃないの?」

「そう。過去の出来事の積み重ねで出来ている。でもどこかで何かが違っていたら、違う未来が有り得たかもしれない。私達アルベリアの魔術師はね、世界を「可能性の糸玉」と呼んでいたの」

「……並行世界とか多元宇宙とか……そういう話?」

「そうね。あなた達の世界ではそう言うみたいね。イメージしてみてね? アルベリアの魔術師は世界というものを、万象の因子が寄り合わさった糸のようなものだと考えたの。糸は更に大きな糸と寄り合わさって……最終的には糸束というより綱のようになるのでしょうけれど。もっとマクロな視点から見たら放射状に分岐しまくって、まるで綿毛やカビの胞子よね。だから糸玉、よ」


 因子。そこに生きる生物の活動であったり自然環境や物理法則であったり……それら全てが寄り合わさって過去から未来へと続く糸となる、と。まあ、イメージは出来るけれど。


「誰かの意志、或いは気まぐれや偶然によって、ほつれて別れ、違う未来へと続く糸が生まれる場合がある。これが糸束の分岐。並行世界の誕生という事ね」


 取るに足らない出来事なら糸束のうねりに紛れてしまって、結果――未来に大した影響は出ない。しかし大きな出来事、後に重要な意味を持つ出来事であればより多くの因子を巻き込んで……向かう方向性そのものも分岐するというわけだ。


「私達の宇宙とあなた達の宇宙は、ずっとずっと過去へと因果の糸を遡れば、どこかで同じ糸として交わるのかもしれない。まずはっきりさせておきたいのは、私達のいるここは決してゲームではないと言う事よ。で、糸から糸へ……つまり並行世界間であれば、過去や未来への時間移動も比較的少ないエネルギーで可能だったりするものなのよ。ここまでが予備知識というか、前置きね」


 タイムスリップではなく並行世界間移動であれば所謂タイムパラドックスは生まれないと、ベルナデッタは言った。


 ベルナデッタの言うイメージで言うなら糸から離れた因子が輪を描いて糸束の過去に連結されるだけなのだそうな。

 連結された時点で因子の流れが乱され、また別の流れの糸束が生まれるだけ、と言う事になる。

 なんだか話がSFじみてきた。


「……コーデリアは魔竜をバラバラに刻んで封印してやったわけだけど」

「ふむ」

「相打ちだったのよね。コーデリアも魂の一部を切り落とされて……その欠片は『別の糸』の過去の座標へと落ちてしまった。魔竜のいた場所は知っているわよね?」


 私は頷く。

 RPGのお約束的に異次元なラストダンジョンだったよ。


「コーデリアの魂の欠片はその世界で波長の合う魂と癒着してしまったわけだけど」

「それがつまり平坂黒衛、と?」


 ベルナデッタは頷く。


「困ったのが私達でね、切り離されたのは記憶や感情の一部だったから段々コーデリアが崩壊していく。欠けた情報はグリモワール側から補ったから持ち直したけれど、そんなものは本当の記憶や感情じゃなく、ただの知識、記録の羅列に過ぎないわ。いずれ仲間との絆を失ってしまうんじゃないか。仲間をいつか使い捨てにしてしまうような自分になってしまうんじゃないかって、あの子は泣いていたわ」


 ああ……それは嫌だな。じゃあ、その人形のようになったコーデリアは……。

 私が視線をコーデリアに向けると、ベルナデッタは笑みを浮かべて首を横に振った。


「あなたとリンクした時点で彼女は大丈夫よ。あなたが庭園側にいない時ならもっと普通に……お茶とお話ぐらいは出来るのよ」

「……逆に言うなら庭園に私がいるからコーデリアは今あんな風になってるって聞こえるけど」


 しかもお話ぐらい、だとか。持ち直したのなら、今はどうしてこうなってる? 私がコーデリアでなければならない事と関係があるんじゃないのか?


「ええ。でもまあ、この子には小さな事らしいわよ。今すぐこれを完全に解決しようとしたら、あなたという存在を飲み込まなければならない。それは死と同義だわ。それだけはどうしても嫌なんだって」

「………」


 つまり、私を犠牲にしない為にコーデリアは庭園から出られないし、私と同時に存在しようとするとああなってしまうというわけか。

 恐らく、彼女は存在規模を意図的に落とす事で私に影響を与えないようにしている。普通にリンクしていた時とは違って、今度は私と彼女の距離が近過ぎるんじゃないだろうか。

 じゃあ、もっともっと私が強くなれば、あの子も――。


「……話を戻すわね。私達の行った応急処置では不完全で、コーデリアの崩壊は段々と進んでいく。だから私達はそれが決定的な破滅になる前に、コーデリアの欠片の行方を探査したの。魂が何に生まれ変わっていたとしても、リンクが確立出来ればコーデリアもそれだけ安定するからね」


 捜索する起点となるのはやはり魔竜のいた次元の狭間。

 過去の日本にコーデリアの因子が落ちた所までは特定出来たが、そこから先の行方や正確な年代が解らなかったらしい。


 魔竜の分身があちこちで活動を始めた事も解ってはいたのだが、コーデリアには無理をさせられない為、彼女達には打つ手が無かったそうだ。


 同一の糸上での時間干渉、歴史改変は自らの過去という負債が絡むために格段に必要なエネルギーが大きくなる。

 手持ちのエネルギーでは魔竜との戦いの結果を変える事は出来ない。例え完全勝利したという結果の糸を作ったとしても、それは糸束が分岐しただけで、別の糸束から接続した今の自分達の現状が変わるわけではないのだ。


 だから彼女達はこちら側の世界を一先ず離れ、過去の地球へ転移して捜索と干渉を始めた。


「それで、なんでゲームソフトで干渉なんて話になるの?」


 迂遠というか悠長というか。


「理由は二つ。ゲームソフトを介してコーデリアの因子を持つ人間を探し出す為。それから、二つ目はあなたに対して直接的な説明をすると存在規模の問題であなたがコーデリアに飲み込まれてしまうから」


 存在規模、か。

 赤晶竜を倒して私がレベルアップしたからようやく話せるようになった、という事かな?


「自分の魂を取り戻すためとは言え、宿った相手の人格が消えてしまう事をコーデリアは良しとしなかった。間接的な方法で。けれど出来るだけ詳細に私達の事を伝えて……単なる虚構の話だと思わせたまま、その人物と魂の距離を安全に縮めていかなければならない」


 当然魔竜と戦った姫の話など、日本ではファンタジーなフィクションの世界の出来事としか認識されない。フィクションであるならそれを聞かせる媒体は限られてくるが……それは漫画でもアニメでも小説でもなく、ゲームだった。ゲームであるなら、長時間触れられるし、情報を好きなようにちりばめられるものだから。


「私達と密接に関係したゲームを作って大々的に広告を打てば、コーデリアの因子を持つ人間は勝手に飛びつくと思ってたわ」


 ……うん。飛びついた。なんか広告に描かれたグリモワールの紋章を見たときにこれだ! って思ったんだよ。


「というか、どうやってゲームや広告やCMなんて作ったの?」

「そう。それが大変だったの! 大手ゲーム会社の名物敏腕プロデューサーや脚本家や演出家をせんの――じゃなくて、色々夢の中でアイデア流し込んだりして、その気にさせてね」


 ……今、洗脳って言おうとしなかった? どうして目を逸らす。やましい事がないならこっちを見なさい。


「べ、別にいいじゃない! 結構売上出てたし、彼等の人格そのものには影響がないんだから! 私達とは関係がなくなるけどプリグリ2の発売だって決定してるのよ!? あなた達はこれをウィンウィンとかって言うんでしょう!?」


 逆ギレした。つーか知らんがな。

 でも続編はやりたいな。グリモワールの力とかで向こうから取り寄せられないだろうか。無理か。


 とまあ、そのようにして彼女達は大手ゲーム会社の人間の夢枕に立ったりして情報やら暗示を流し込み、ゲームソフトを開発させたそうだ。


 因みに、情報を取り込んで保存し、更に任意の部分を書き換える事が出来るグリモワールの性質と、現代日本の情報化社会はとても相性が良かったそうな。望めば望んだだけ必要な情報が得られるわけだしな。


 コーデリアとベルナデッタのバックアップを受けている開発陣のモチベーションは非常に高く、物凄い勢いで開発は進んだ。そして約二年でゲームは発売に至る。

 あのプロデューサーがこれを作る為に生まれてきた、とかドヤ顔で言ってるインタビューを見たが……そうか……こんな裏事情があったか。


 そうして思惑通りにゲームを掴んだ私を彼女達は見つけ出した。何食わぬ顔をしてソフト側からゲーム機本体を侵食。携帯ゲーム機は電子版グリモワールとなった。それが平坂黒衛一二歳の時だが、コーデリアとのリンクそのものはそこから更に私の因果の糸を辿り、コーデリアが生まれた歳と合わせて黒衛三歳まで遡ってから行われたらしい。


 これらの移動や干渉に使われたエネルギーだが……今まで溜めたSEであったり、召喚権利やら大量のアイテムやらだったりしたそうだ。


「魂癒着前のタイミングでコーデリアの因子を回収するのは無理なの? 回収した世界と、してない世界が出来るだけなんでしょ?」

「……簡単に言うとガス欠ね。戻る分は残しておかなければならなかったし、向こうで更に因子の糸をそれ以上辿るエネルギーを得るのもなかなか……ね」

「……」


 SEを稼ぐとなると向こうではなかなか大変な作業になるらしい。

 モンスターに相当するものがいないからだ。

 一方で一二歳の私は彼女達の見込んだ通り、何の干渉をせずともコーデリアの人生をなぞるようにゲームを進めたそうだ。

 まあなんだ。私にしてみれば前世の記憶の追体験をしているようなものだったか。道理で妙に郷愁みたいなものを感じる事があったわけだ。


「面白いのは、あなたとのリンクに合わせてこっち側の歴史も若干修正されたと推察される事よね」

「どういう事?」

「音叉の共鳴みたいなものよ。私達が今もこうしている現状から考えるに大筋には影響が出てないと思うんだけど……割と当たり障りのない部分での差異が生まれたと推察しているの。例えばリュイスなんて名前、こっちではありえない発想でしょう? 時々意味不明だったコーデリアのネーミングやアイテム作りのセンスも、絡繰りを知ってみると色々腑に落ちたものよ」


 まあ……緑一色でゴブリンにリュイスなんて名付け、こっちじゃ存在しないだろうねえ。

 え? でもどういう事?


「個体は同じであっても名付けが違って来てたりしてる可能性が高いと言う事ね。私達にそれを確かめる方法はないけれど、あなたがコーデリアの過去を内包しているから、出生にまで遡ってリンクを確立した事で、コーデリアも昔からあなたに影響を受けていたという歴史になったの。具体的には……あなたを夢で見たりとか、趣味嗜好が似たりとか」

「……でもそれって、同一の糸上での干渉にはならないの?」


 ベルナデッタは首を横に振る。


「あなたという他の糸束に存在する因子と因果関係を持った影響による改変だからね。コーデリアの因子が無ければ、あなただってゲームに見向きしなかったかも知れないでしょう?」


 別世界の因子、か。


「自分の糸束の過去で観測されてしまった確定した事実を、自らの手で覆すのは難しいのよ。「別世界の因子による干渉」をもっと上手く利用出来れば他にやりようもあったかも知れないけど、後の祭りよね」


 タイムトラベルと違って、時間を戻って干渉してみても枝分かれした可能性の世界に行き着くだけで、既に因子に刻まれた過程、事実は変えられない。だから自力での歴史改変は難しい、と。

 ……何だかややこしい話である。


「でもそうすると……私をこっちに呼ぶ必要なんかなかったんじゃないの? 大筋で変わってないって事なら。コーデリアもリンクした時点でも安定してたんでしょ?」

「……魔竜退治以後の時間で、コーデリア自身が庭園から出て担い手になるとするわね? そこから更に断章を集めたり魔竜の分身を倒したりして存在規模を増していけば……いずれあなたの人格は、所在が別世界であろうともコーデリアに引っ張られて、飲み込まれて消えてしまう、と私は見ている。魔竜の分身は退治しなければいけないから、そこからどうするかが問題だったのよね」


 私の人格を残したままで魔竜の分身に対抗する方法は二つあった、とベルナデッタは語る。

 一つ目はコーデリアが担い手である事を止める事。そうすればグリモワールは次の担い手を探せる。

だけれど、リンクの維持はグリモワールが仲介しているから、コーデリアは結局崩壊……というか変質してしまう。


 コーデリア自身は……仲間を巻き込まずに自分一人で済む話なら許容出来てしまうよう。だが、ベルナデッタは許容しなかった。


 そういう事らしい。

 そうしてもう一つの方法が取られたわけだ。

 つまり私をこちらに呼び込み、担い手とする事――。

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