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24 キリングフィールド

 発動の瞬間、SEがごっそり削られていくのが解った。

 レアに属する儀式魔法だけあって消費はかなり重い。しかし、その分効果は折り紙付きだ。


 空に浮かぶは巨大な魔法陣。

 そこから光の柱が赤晶竜の体に降り注いだ。

 苦悶の声を上げた赤い巨体は、突然吊り糸でも失ったかのように、真っ逆さまに地面へと落ちていく。地響きと轟音が王都を揺らした。


 マスタリー習得の必要が無い、独立した系統樹の魔法。

 一帯全域のルールを書き換えて支配する大魔法。或いは儀式魔法と言われるカテゴリーの魔法。

 習得だけでなく、発動の度にもSEを消費してしまう。その消費量がケタ外れに大きい。


 蒼穹の神域はそんな儀式魔法の一つ。

 あと数時間、この一帯の空は神域となる。何者であろうと飛ぶ事は許されない。


 蝋の翼、か。……ギリシア神話のイカロスの事だろう。ゲームの時は疑問に思わなかったけれど、こんな魔法がなんであるんだか。

 神話、寓話、寓意の再現が儀式魔法には多く、その内のいくつかはこちらの世界の物ではないものも――まあ、今はどうでもいい事だ。


「断章解放、オールドウルフ『シルヴィア』……! 私を乗せて行って。外まで。あいつの所、まで」

「マスター……! 無理をなさっては……!」

「大丈夫。大丈夫よクローベル。お願い。手伝って」


 クローベルに体を支えてもらい、シルヴィアの背に乗って街を駆ける。

 竜を落とした西門側からは人々が逃げてくる所だった。

 パニックを起こした人々の合間を縫って、私達は外へと通じる門へと駆けた。


「おいっ! 危ないぞ! 戻れ! 戻れーっ!」


 門番達は腰が引けていたが、それでも持ち場を放棄してはいなかった。

 私は彼らの制止の言葉を振り切って、門から外に飛び出す。


 果たして――それはそこにいた。

 足を引き摺るようなその姿で、更に殺しを重ねようと外壁に向かってくるところだった。

 落下の衝撃でどこかにダメージを負ったか? それはそうだろう。それだけの巨体なのだ。そうなってくれなくては困る。


 近寄ってきた私達を、奴は怒りに燃える目で見据えてくる。

 解ってくれるか。お前の今の無様は、私が引き起こした事だと。


 ……後悔させてやる。

 私にこれだけの魂の力を与えたら、どういう目に遭うか。思い知らせてやる。お前はお前が殺した人達の意思で討たれるんだ。


 ランク15 アンコモン 闇魔法マスタリー(中級)

『なあ、あんた。そこにいるんだろう? 暗いところからは、明るいところがよぉく見えるんだぜ。そっちに行っても良いかい? なあ。 ――或る山奥での一夜』


 暗がりの深奥から、焚火をする旅人を覗く誰かの目。

 闇魔法のランクを上昇させて、効果時間や範囲を拡大してからチャージ魔法を発動させる。


「ダークネス!」


 赤晶竜の体を丸ごと包み込んで、光の届かない暗黒のドームが形成された。

 闇の中に彗星のように尾を引くのは、私の左手の紋章の魔力を充填する輝きだ。

 さぞかし――向こうからはよく見えるだろうさ。

 赤晶竜を大きく迂回して奴に街を背負わせる。吐息による被害をこれ以上出させるわけにはいかない。

 奴が大きく息を吸い込む。当たれば生存を許さぬ、必殺の吐息。

 一発、二発、三発。

 立て続けに放たれたそれをシルヴィアが右に左に回避する。


「――来い」


 十分な量の魔力が充填されたのを見計らって、私は足を止めさせた。

 そこを狙い撃つように放たれた吐息が迫る。当たれば致死確実の必殺の一撃。

 まずはこれを黙らせる事から始めよう。


「トリックミラー!」


 瞬間、私の目の前に巨大な三面鏡が生まれた。破壊を撒き散らすはずの竜の吐息は、しかし予想された結果を齎す事はない。

 暗闇の中でもぼんやりと浮かび上がる鏡。そこに映った赤晶竜の顔面を、彼自身の吐息が焼けば、そのまま現実でも奴の顔が焼かれていた。


「――!!?」


 アンコモン ランク20 トリックミラー

『合わせ鏡の中にはたった一人だけ悪魔がおるんじゃ。ああ。探そうなんて思わぬ方が良い。見破られると入れ替わろうとしてくるからの』


 鏡の前で振り返る青年。鏡の中から笑みを向ける、同じ顔をした何者か。

 中級闇魔法トリックミラー。姿を映された者による攻撃を受け止めると、最初の一度だけ相手にそっくり反射する魔法だ。

 言うなれば、オートマトンの魔法版。但し、人形と違って耐久性を気にする必要がない。


 あまりの理不尽と激痛に、竜は巨体を転げさせて悶え回っている。

 ご自慢の吐息を真っ向から返された気分はどうだ? ルールは理解したか?


 故に。私がここで堂々と別の魔法をチャージしたとしても。

 むざむざ次の手まで見逃すことになる。だからと言って爪と牙は届かない。怪我をしたお前などよりも、シルヴィアの方が早いのだから。


「――ブラックフォレスト」


 アンコモン ランク30 ブラックフォレスト

『かくれんぼしようよ。いつまでだってあそべるんだ。もりのなかにはぜったいみつからないばしょが、たくさんあるから』


 暗い森の木陰から顔を覗かせる黒い影の子供達。

 中級闇魔法ブラックフォレスト。バフとデバフを兼用したような効果があり、闇に親和性のある者と無い物、双方に影響を及ぼす魔法だ。

 闇に近しい者は、暗がりでその姿を消す事が出来るようになり、そうでない者は方向感覚や魔力感知の感覚を狂わされる。影響を受けない例外は、術者である私だけ。

 中級……アンコモンの最上級だけあってかなり凶悪な魔法だ。


 あの赤晶竜の夜目が利こうが利くまいが、皆を補足する事は出来ない。


「断章解放! ナイトメア『フレデリカ』! ゴブリンチャリオット!」


 レア ランク9 ナイトメア

『夜の帳が落ちればあの雌馬が舞台を引いてやってくる。さあさ。帳の中でサーカスが始まるよ。ナイフを投げるのが道化(ボク)なら、リンゴは君さ』


 黒馬が嘶き、リュイス、ユーグレ、マーチェのゴブリン三人組を乗せたチャリオットを引いて走っていく。名の由来は鉤爪をつけている事で有名な、ホラー映画のあいつだ。ナイトメアは雌馬だと言うことなので、その名を女性形にした。


 悪夢を生み出す黒馬。馬としてのスペックの高さもさることながら、その真価は暗闇の中限定で悪夢を作る力にある。視覚と聴覚への偽情報を生み出す力だ。

 チャリオットが走り去った轍から、私や仲間達と同じ姿をしたダミーが何体も生まれて暗闇の中に浮かび上がる。

 この幻影は暗がりでも良く見える。闇の中で見られる事にこそ意義のある物なのだから当然だが。


 空も飛べず、落下の怪我で動きも鈍くなっているこの状況で、皆を捉える事など出来るものか。


「クローベルとシルヴィアも行って。私はアッシュに乗せてもらうわ」

「け、けれど、マスター……」

「私は大丈夫。怪我も大したことないから。勝ってみんなで帰りましょう」

「わかり、ました。……怪我をなさらないでくださいね」

「クローベルこそ。一寸法師の真似なんてしないでね。心臓に悪いから」


 クローベルは私の冗談に口元に苦笑を浮かべ、シルヴィアと共に竜に向かって走っていった。


「お嬢様が見てんだ! 無様なとこ見せたら承知しないよあんたら!」

「「オオオオオオッ!」」


 雄叫びを上げながら最初に接敵するのはチャリオット組だ。御者はリュイス。

 本体の姿は見えない。しかしナイトメアとチャリオットの幻影は疾駆する音を立てながら右へ左へ走り回る。赤晶竜が気を取られているのを良い事に、悠々と絶好のポジションを取ってから容赦のないランスチャージをぶちかました。


 赤晶竜の絶叫が響いた。アキレス腱に相当する部分にランスが突き刺さったからだ。御自慢の鱗なんて何の役にも立たない。警戒出来ないのだから攻撃を受ける受けないもない。下から鱗をめくり上げるような、絶好の角度を取るのも容易い事。


 竜の体表は鱗抜きにしても強靭だが、オリハルコンの穂先を持つチャリオットのランスチャージを防ぐ事など出来はしない。傷口に対してユーグレが棍棒を、マーチェが魔法を、更に叩き込んでいく。竜が滅茶苦茶に暴れて振り払おうとするが、本当の彼らは既に走り去った後だ。


 幻影が無害だと理解されては意味がない。首までどっぷりと泥沼に浸かってもらおう。

 木材とロープで作った投石器を出現させる。この前の買い物の後で作ったものだ。これだけ的がでかければ当たるだろう。

 ナイフで投石器を固定するロープを切ると猛烈な勢いで岩が放たれ、幻影を追おうとしていた赤晶竜の背に直撃した。


 後頭部に直撃させてやりたかったけれど、なかなか上手く行かないな。

 すぐさま使い終わった投石器を断章化。アッシュと共にその場を離れる。

 振り返った赤晶竜が目にしたのは幻影のシルヴィアだ。それが体当たりをしてきたと錯覚したらしく爪で薙ぎ払うが、当然そこには誰もいない。素通りするだけだ。

 

 そら。そうやって幻影なんかに構っていると、本物の方が――


「だから、頭が高いのです。御前なのだから控えなさい下郎」


 シルヴィアが竜の膝を足場にして跳躍、クローベルがシルヴィアの背を足場に、更に高く跳んだ。そしてその姿は、竜からは見えていない。

 頭の高さまで飛び上がったクローベルが、空中で一回転してから蹴りを放つ。一直線に左目に向かって進む。

 その爪先には以前まで使っていたショートソード――。


「ゴッ!? ガアアアアアアアアアッ!」


 正確無比な一撃で眼球を打ち抜かれて、赤晶竜が体を捩じらせた。

 激痛と、理解不能な攻撃で視界の半分を奪われたショック。それから逃れようと滅茶苦茶に暴れ、牙と爪と尾とを振り回すが、そこにいるのは全て幻影。


 ただ振り回すだけの雑な攻撃が、私の仲間達に当たるはずもない。チャリオットのランスによって穿たれた傷に向かって、シルヴィアが食らい付いて、すれ違いざま肉を抉り取っていく。


 三方向から入れ替わり立ち代り、絶え間のない攻撃と離脱を繰り返す。

 そこに連携ミスは有り得ない。私がロングレンジからタイミングを教えているからだ。


 相手に満足な反撃をさせない戦術を取ってはいるのだけれど、それを差し引いても相手の行動は拙劣だった。


 というより、こいつは不利な状況で戦ったことなんて無かったのだろう。

 いや。そもそも「戦い」なんて、こいつはしたことが無い。

 空を飛んで、地上を逃げる相手に爪や牙を引っ掛ける。吐息を吐きかける。それだけで終わっていたのだろうから。一方的な殺ししか知らないのだ。


 それに、こいつが例え戦いを知っていたとしても同じような展開になっていただろう。こういう力自慢をカタに嵌めるぐらい、ゲームで何度となく繰り返してきた。


 幻影と隠蔽によって攻撃はままならず、離脱しようにも翼は奪われ、足は挫かれた。自慢の鱗とて何の役にも立ちはしない。


 クローベルが末端から切り刻み、シルヴィアが傷口を抉り取り、チャリオットが穴を穿つ。


 見えない敵。死角からの攻撃。踊る幻影。攻撃と離脱。

 暴れる事しか出来ないから生まれる隙。隙を見せるから叩き込まれる一撃。

 循環する。それは死のメリーゴーラウンド。回れ回れ。

 群れたイナゴの前の作物のように、少しずつ()まれて死んでいけ。

使用コスト内訳です。

神域取得980+発動消費4800

闇中級300+鏡350+森450+馬680

余り1273

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