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23 残骸に蹲る少女

「で、殿下! 殿下もこちらへ!」


 背中に誰かの声。

 それに耳を傾けている暇は、ない。

 あれ。あれを、一秒でも早く――。

 あああああ、だけど、だけど。

 私が今から使おうとしているのは今殺された誰かの魂じゃないのか?

 何で。何で。何で気が付かなかった?


「マスター!?」

「あ、ぐっ!?」


 竜の吐息がすぐ近くを薙ぎ払う。リカルドさんの屋敷ごと切り裂いていった。

 こちらを狙い撃っているというわけではない。

 あの竜は、何も考えていない。私にまで魂が流れ込んでしまっている事にさえ気付いていない。

 強者として、蹂躙する事自体を悦んで。笑って、嗤って、哂って、いる。

 ああ、あの竜。あの竜が外壁の上から人を攫って頭から噛み砕く。噛み砕かれた者が光の粒子になって口の中に吸い込まれて。

 あれは。あれ、あれはあれあれ私、わたしと同じ同じ同同同同――


「マスター危ない!」


 見上げる。握りこぶし程の瓦礫が眼前に迫ってくる光景。

 鈍痛と衝撃。

 暗転。




「――それじゃ、あれが同じに見えると。あなたはそう言うのかしら?」


 世界が、凍っていた。

 全てがモノクロームのままで止まっている。

 大空にあって暴虐と暴威を振りまく竜も。私に駆け寄ってくるクローベルも。

 頭に瓦礫が当たって倒れこむ、私自身の姿さえ。色を失って凍り付いていた。


 私の傍らには、また私が立っていて。

 私は……コーデリアなのか黒衛なのかさえ曖昧な、よくわからない状態でそこにいた。


「あ、なたは」


 そしてその直前までその場にいなかったはずの二人の少女が椅子に腰かけていた。

 金髪の少女と、銀髪の少女。

 ああ。思い出した。

 いつもいつも彼女達とは夢の中で会っていたじゃないか。

 ただの夢だと言う事にしないといけないと。私の存在規模がまだ小さいから夢の内容を覚えていられないのだと。前にそう言っていたけれど。


 金の少女はコーデリア。白い椅子に座って、虚ろな瞳でこちらを見ている。

 コーデリアの向かいに座る、その銀の少女は――


「ベルナデッタ……」


 ――ベルナデッタ。彼女の名はベルナデッタだ。

 ベルナデッタ・エムノス・アルベリア。

 始まりの魔法を作った少女。楽園を夢見た少女。

 グリモワールを作った、古の魔法王国アルベリアの王族。

 そして今は、グリモワールのシステムとして存在する管理者――。


「ね、同じに見える? あれと」

「……どう違うの?」


 私の返した棘のある声に、ベルナデッタは少しだけ目を細めて、悲しそうに微笑んだように見えた。


「そうね。性質は似ているわ。罪深い事も否定しない。だけど弁明させてもらえるなら、私はあれのように殺した後まで無駄に苦しめたりしない。エネルギーは奪うけれど意識だけは最初に根源の渦に還す。当然、不必要な痛みや恐怖なんて与えていないはずなのだけれど」

「……」

「それともモンスターは、そういうのは感じないなんて思う? だから彼らの恐怖は流れ込んでこないって」

「……いや」


 そうは思わない。けれどグリモワールはそういうシステムとして成り立っている。ベルナデッタはそれを是としているって事だ。

 私だって……別に聖人君子じゃない。襲ってくるようなモンスターであれば倒す事は肯定出来る。

 じゃあその力を利用する事は?


「得た力をどう使うか、力を得る為にどんな過程を取るかは、その者の意思だもの。私は私の目的の為にグリモワールと共に在る」

「ただの食事と同じだって言いたいの?」


 私を見て、頷く。

 それは生き物全ての抱える業。理非善悪。正しい答えは永遠に出ない命題だろう。

 楽園を作ろうとした姫と同じ人物だと思えない程に、ドライな言葉。

 割り切れ。自分は割り切った。そういう事だろうか。


「それにしても本当――貴方達の世界の言葉で表現するなら、ゴキブリみたいって言えばいいのかしらね。コーデリアに、あんなにもバラバラにされたっていうのに」

「あれは、何なの?」


 赤晶竜は、グリモワールと同じ性質を持っている。とても無関係だとは思えない。問いかけるとベルナデッタは勿体ぶる事もせず、淡々と答えてくれた。


「コーデリアに砕かれた魔竜の欠片……いえ、分身か木偶の一つかしらね。元々はグリモワールの簒奪者。私の楽園を汚した者」

「は……?」


 ゲームの時でさえ、そんな事実は語られていなかった。

 グリモワールが出来た背景として私が知っているのは、ベルナデッタと、彼女の楽園を利用した王の不死の軍勢、そしてその顛末ぐらいまでだ。


「昔の私は愚かだったからね。誰も望まない楽園なんかを作った。人の悪意を知らなかったから、あの狂王にグリモワールを奪われた。その爪痕は今でも残っているわ。従属のルールやらもその時作られたものよ。その部分の権限は向こうにあるから、私にはルールを弄る事が出来ない。もっとも、向こうからの干渉もさせないけれど」


 要するに、と。ベルナデッタは言う。


「私達の敵ね」


 その「私達」という部分に、「私」は含まれていないように感じた。


「私をこっちに呼んだ理由は?」

「それは――今、ここでは話せないのよね。コーデリアと今のあなたではまだ存在規模が違いすぎて、下手に真実を語ると境界が曖昧になって飲み込まれてしまうから。あなたがあのゴキブリを潰して存在規模を増せば事情を話せるかもしれないけれど」

「……それこそあなたがやればいい。私がやるより簡単なはずでしょう」

「担い手と違って、管理者は幽霊みたいなものなのよ。私に現実世界で大した事は出来ない。あの子は……動かせないし」


 そう。コーデリアはさっきからずっと、一言も発していない。

 虚ろな表情のままでそこに座っているだけ。まるで人形のようだ。

 私と視線が合うと、何か愛しくて大事な物でも見るかのように、優しい微笑みを浮かべた。けれど、それだけだ。この状況に、全くそぐわない反応だった。


「本当、巻き込んでしまってごめんなさい」

「…………」

「でもこれは、ゲームではないの。ゲームが現実になったとか、ゲームの世界に迷い込んだ、とかでもない。私にとって、コーデリアにとっての現実だわ。だから取れる手段が残されているならそれに……あなたに縋るしかなかった」


 縋る、か。


「殺されて、取り込まれた人達を戻す事は? 断章化して生かす、とか」

「嫌よ」


 即答だった。取り付く島もない。


「何で!」

「だって私、人間が嫌いだもの」

「……っ」


 冷たい拒絶だった。ベルナデッタは底冷えのするような笑みを浮かべている。

 狂王が作った不死の軍隊は死に過ぎて殺され過ぎて。最後には生きたまま心が死んだ。

 ゲーム部分の嘘と、現実としての真実。ゲーム中でもデスペナはあったけれど、死ぬ事そのものの予後に問題はなかった。

 けれど、現実では……身体ではなく魂が磨り潰されてしまったのだ。

 そんなものを見せられたベルナデッタが、何を思ったかなんて私には想像も出来ない。


「ええ。例外があるのは認めるけどね。でも見ず知らずの、事情も知らない人達に何を思えと? 私は確かに好みや気まぐれで助ける人を決めるけれど、あなたはどうやって選別する? あ、無差別になんて嫌よ。絶対に、嫌。二度と御免だわ」


 ベルナデッタは人間が嫌い。

 だから人間を殺してもSEは集めない。普通なら。変換しない。取り込まない。

 彼女の価値基準、判断基準がどこにあり、何が理由なのかは彼女にしか解らないけれど、私や、コーデリアやクローベルが彼女にとっての「例外」なんだろう。

 だから通常、人間は断章化もされない。


 けれどこの場では。

 同じ性質を持つ赤晶竜が殺しをしているから。

 意識を漂白されないままで逃げ込んできてしまう。流れ込んできてしまう。

 魂の価値は強さであったり……今まで築いてきた絆であったり、内包する可能性であったりで決まる。

 だから人間の魂は、得てして総量が多い。


「……もう、行かないと」

「あなたはあなたなのだし、嫌なのなら戦いを強制はしないわよ? グリモワールや私の事、信じられる?」


 少なくともベルナデッタは、コーデリアの完全な身代わりの為に私を呼んだわけではないらしい。

 じゃあ、何の為に縋ったなんて言うのか。


 ベルナデッタの、人間が嫌いというその言葉。

 半分本音でもあるだろうし、半分は嘘でもあると、私は思う。

 だって、本当に嫌いなら赤晶竜が暴れたって放っておけばいいじゃないか。


 どうして、私がパニックを起こしかけた所でこんな話をしに来た?

 それは私に考える時間を与える為じゃないのか? 被害を増やさない為じゃないのか?

 無差別になんてグリモワールに取り込みたくないから、一人でも多く生かして救えと、そう言ってるんじゃないのか?


 勿論、こんなのは私の勝手な推測だ。けれど、この場でやらなきゃならない事ははっきりしている。その為に考える時間、覚悟を決める時間をくれたのはベルナデッタだ。そこに間違いはない。


「顔と名前を……知ってる人がここにはいる。あなただって――コーデリアを助けたいからこんな事してるんじゃないの? それと同じ。現実なんだから信じるも信じないも、無い」

「……。気をつけて。あなたに死んで欲しくは、ないわね」


 私の問いにベルナデッタは答えず。私は彼女の掛けてくれた言葉には答えず。傍らで凍りついたままの「私」に触れた。




「マスター! マスター!」


 クローベルが血相を変えて私の身体を抱き起こす。

 私にはクローベルに答える余裕もない。


 心の内にある数々の意識に語りかける事で精一杯だった。

 祈るように。彼らの魂、その渦に触れる。

 怒りと悲しみと混乱と絶望と。

 渦が私の意識を削っていく。氾濫する感情の激流に晒されて、気が触れそうになる。


 それでも、祈る。


 あれを、倒させて欲しい、と。


 皆を守らせて欲しい。

 仇を討たせて欲しい。

 だから――協力して下さい。

 あなた達の力で、この街を守る事を許して下さい。

 お願い、だから。


 きっと、私の声は届くのだろう。

 グリモワールに取り込まれた者達にとって、それは「命令」となるから。けれど「支配」はしないから。あなた達の意思で、選んで欲しい。


 そうして――狂乱が、止まった。

 目を見開く。


 赤晶竜はここは自分の狩場とばかりに、調子に乗って悠々と上空を旋回している。

 私はクローベルの腕の中。竜の姿は見えない。

 けれど、問題ない。魔力の流れが知覚出来るようになっていたから。

 人の魂が一気に流れ込んだ、さっきの感覚のせいだろう。どうして今まで解らなかったのか、不思議なぐらい簡単な事。


 だから。

 お前がどこにいて何をしようとしているか。それだけ馬鹿でかい力を放っていたら、見えなくたって手に取るように解る。解るさ。


 私は天空に手を翳した。私の意志に従い、紋章が輝き、断章が魔法陣を纏った。赤晶竜が旋回して外壁の外まで移動したタイミングを狙って発動させる。


 それは浸食。世界を塗り潰す力。

 そして――法則は書き換えられる。


「墜ちろ――」


 ランク24 レア 蒼穹の神域

『其は聖なり、秘なり。神ならぬ人の身にて触れるべからず、侵すべからず。故に――蝋の翼は溶け落ちる』

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