表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/97

21 王国と騎士の悩み事

『生ける屍、這い回る人の残滓。

 落ちて砕けた硝子細工が戻る事はなく、

 不死不滅の黒き夢もまた、楽園と共に幻想へと成り果てる。

 王である事を忘れた狂王は、今や玉座にただ独り。

 廃都に降りしは終焉の竜。

 栄華を極めし魔法王国、最後の一幕』


 本来の目的であった図書館へは漸く行けたものの、目ぼしい収穫はなかった。

 地理、歴史、文化……ゲーム中で知っていた事ばかりだったからだ。逆に言うならプリンセスグリモワールで私の得た知識がそのまま使えるという意味ではあるので、これをして収穫が無かったというのは贅沢というものなのだろうが。


 コーデリアのサーガを書いた本が何冊かあったが……人気で一冊しか読めなかった。

 どこでどんな戦いをしたとか割とゲームの本筋をなぞっているのだが、私の知らなかったコーデリアの失踪の件では平和になった世界で自分の力が利用される事を恐れたのでは、などと結ばれて書物は終わっていた。


 割と客観的な視点で書かれていたので参考にはなった。解らないところは筆者の推測で補ったといった具合だ。他人の視点から見たコーデリアの活躍というのは、割合面白く読めた。

 ただ、全体的に地味目な歴史書と言った感じなので、コーデリア関連の書籍でありながら貸し出されていなかった理由もわかる気がする。


 その分というか、脚色や尾ヒレだと私が思える部分があまり無いと感じられた辺り、筆者の誠実さというか、ちゃんと裏付け取って書いたんだなという苦労が窺える。もっとも、ゲームで知れる事が全てではないと思うので、脚色かどうかなんて私には厳密な意味での判別などつかないのかも知れない。


 しかし、本当に求めているような情報は無かったなぁ。

 一般人が閲覧できる書物に私が求めているような情報がないのか、或いは情報化されていない社会ではこんなものなのか。

 インターネットもテレビも無い世界。情報が回るのが遅い。遅い情報を受けて書かれる書籍からでは必然、新しい出来事というのも扱いにくく、七年の空白も埋まらない。この辺りの事情はどこの書庫に行っても変わらないだろう。

 七年の空白と、コーデリアの不在、か。魔竜がいなくなれば、英雄もまたいなくなっても世界は回るという事だろうか?


 ……いや、少なくともコーデリアが全盛期なら赤晶竜みたいのは退治しに行っただろう。影響が出ていないわけじゃない、のか。


 そんな風にして物思いに耽りながら図書館を出て街を歩いていると市場の近くに差し掛かったところで、クローベルが私の前に出て手で動きを制した。


 子供が私達の目の前を走り去っていく。通り過ぎる瞬間、私とクローベルを睨んでいったその瞳の色が印象に残る。


「クローベル。今の子供も?」

「……恐らくは」


 スリを生業にしている子供だ。

 今の一件だけでなく、昨日の買い物の時も何度か同じような事があった。クローベルが時々警戒をする事があり、気になって聞いてみたらスリの類が結構いるらしいのだ。まあ、この辺は私の服装が服装だから的にされやすいのだと思う。目立たないような色やデザインにしているけれど、見る人が見れば高価そうな服だと解ってしまうらしい。ソフィーのご両親も随分恐縮していたっけ。


 それは脇に置いておくとして、気になるのはスリの内訳である。やけに子供が多いのだ。スリに限らず、子供の物乞いも珍しくない。

 ネフテレカ王国ってこんなだったっけなと思ってクローベルに聞いてみたら、やはり以前来た時はもっと治安が良かったしストリートチルドレンも少なかったそうだ。


「マスター、こちらへ」


 スリの子供が消えた雑踏を見ていたが、クローベルの声で思考が中断させられた。

 何事かと顔を上げると、三人の男が私達の前に立っていた。軽装ではあるが、統一された衣装を着ており、外套に刺繍された鷲のエンブレムがその身分を雄弁に物語っていた。


「騎士団の方々が、私達に何か御用でしょうか?」

「これは失礼。余り警戒しないで頂きたい。僕の名はジョナスと申します。この通り、王国に仕えるものです。怪しい者ではありません」


 クローベルが問うと、ジョナスと名乗った若い騎士は両手を挙げて苦笑した。

 ネフテレカの騎士か。……何の用だろうか?


「私はティリアと申します。彼女はベルです」

「これはご丁寧にどうも。実は、貴女の売った魔素結晶の事でお話をお伺いしたく、こうして探していた次第でして」

「ああ」

「魔道具屋の主人の名誉の為に弁明しておきますが、彼からは何も聞けませんでしたよ。それらしき人物を周辺で聞き込みした結果でして。はい」


 解った。軍資金を得られたはいいけど変な注目を集めちゃったわけか。

 魔素結晶ぐらい、ゲーム中では終盤になると当たり前のように売り買いしてたからな。その辺の感覚が麻痺してたって事だろう。これから気を付けなければ。


「何を聞きたいんですか?」

「あれをどこで手に入れたか、ですかね。そしてまだ所有しているのであれば、是非ともお譲りしていただきたく。勿論、情報にせよ現物にせよ、相応に対価はお支払いしますよ?」

「――話さなくてもいいという選択肢は?」


 金は払うが提供は強制的にしてもらうっていう話だったら嫌だなぁ。


「その場合は諦めるしかありませんね。大体、入手できないし、持っていないと言うお話をされたら、私どもには貴女のお話の裏付けを取る方法などないわけですし。私どもは山賊でも追剥でもありませんので。ええ」


 意外に物分りが良い事を言うけど……だからって騎士団まで動員して探すものだろうか。


「魔石が不足しているという話を聞きましたが、そんなに困ってるんですか?」

「有体に言えば、そうです。八年前のアレからの復興もまだまだですからねぇ。魔素結晶があれば大型ゴーレムも使えて、非常に捗るというわけですよ」


 ふむ。

 ……うーん。話してしまうと色々芋づる式に情報開示しなきゃならなくなるけど……仕方ないかなぁ、これは。

 人間欲をかきすぎるとロクな目に遭わない。

 大体、復興の為とか言われたら、私が話をしないのは保身と利益の独占しか理由がないからな。これで黙っている選択肢は、コーデリアには無い。

 ストリートチルドレンが多い理由とも色々繋がってしまった。八年前に復興が必要なほどの何かが起きているとしたら、それは恐らく魔竜絡みの話にになるだろう。


「解りました。ところで一つお聞きしたいのですが。例えば未発見の鉱脈から結晶を見つけてきて売ったとなった場合、その人は盗掘品を勝手に捌いた泥棒、とかになっちゃったりするんですかね?」


 あれだけ魔素結晶の柱が乱立しているのが見付かっていたら、手付かずなんて事はまず有り得ない。あれは要するに、まだ発見されていないと考えるのが自然……なんだけれど。


「まさか。その例え話が本当だったら、むしろ泥棒どころか大変な功績じゃないですか? それが魔石鉱山からの物だったとしたら盗掘にもなりますが今あそこはああですし、そもそも鉱山からは結晶が産出したという報告がありません。ましてや未発見の鉱脈発見となれば、どこからも文句が出るはずもないでしょう」

「んー……、じゃあ話します。でもここだけの話にするのは拙くないですか?」

「信用してくださる、と?」


 ジョナスは何故か細い目を少しだけ見開いた。


「信用するのが意外、みたいな反応ですね」

「いえ。いきなりで不躾なのは承知しておりましたから。後、僕自身はとても普通にしているつもりなんですけど。どうしてか胡散臭いとか腹黒そうとか言われたりしまして。ええ」

「大変ですね……」

「慣れました」


 ジョナスの見た目を説明するなら、にこやか好青年だが糸目、である。

 丁寧な物腰なのに、謀略を巡らしてそうだと言われれば……そう言う印象もある……かな。


「それでは、案内致しましょう。相当大きな話ですから往来で出来る話でもないですし。ああ、失礼。例え話でしたね」


 二人の騎士を私たちより先に歩かせ、ジョナス自身も私との間に入ったクローベルに背中を見せる位置に付く。こちらを信用した上で、威圧感を与えないようにするという配慮なのだろうけど……。


 ああいう言い回しを好む所や、こういう如才のなさが腹黒そうに見える理由だという自覚は……彼にあるのだろうか?


 それとなくアドバイスをしてみたら「一生懸命やっているんですけどねぇ」と、目に見えて肩を落としていた。どうやら彼は苦労人気質であるらしい。伝えない方が良かったのだろうか?




 やや消沈したジョナスと共に向かった先は立派な屋敷だった。


「ここは宰相リカルド様のお屋敷です。ご無礼のないようお願いしますね」


 その名と肩書きを聞いて、とりあえず武装は騎士達に預けた。

 何かあったとしても私の場合、取り上げられている事自体に問題ないからだ。クローベルの武器にしたってレンタル扱いだから何時でも回収出来るのだし。


 というか寧ろ信頼していいかどうか、解り易い展開になるとも言える。もっともこの場合は、あまり先の事など心配していなかったけれど。


「……コッ……!?」


 応接室に入ってきた壮年の男は、私の顔を見るなり口をパクパクとさせて言葉を失った。


「リカルド様、どうなされました?」

「ジョナス……お前達はこの方が誰だか知っていて、私の屋敷に連れてきたのか……? いや、だが、そのお姿はどういう事なのです……?」


 疲れたように自分の顔を撫でるリカルドさん。


「お久しぶりです、リカルド様。ご無沙汰しておりましたが、お変わりなくお過ごしのようで安心致しました」


 私はスカートの裾を少し摘んで、完璧な挨拶をして見せた。

 リカルドさんはかぶりを振ってから、どこか楽しそうに肩を震わせた。


「……お変わりなく、ですか。驚いたものです。貴女は……いえ、他ならない貴女であればそういう事もあるのですかな、コーデリア殿下」

「「「……うえええええええええっ!?」」」


 一瞬間を置いてから騎士達の悲鳴が重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ