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18 ゲーマーの本懐

『次を担うは世界を呪いし若き王。

 ()くはレギオン。死なず、餓えず、留まらず。

 黒き夢が奏でる不死の葬列。

 進め。吊るせ。世界を(ことごと)く焼き尽くすまで。

 謳え。踊れ。少女が楽園に込めた願いさえも焼き尽くして。

 かくして少年は嗤い、少女は己の業を嘆いた』


 是非に、と言われてソフィーの家に泊めてもらった私達は、一夜明けてからクローベルと街へ出かける事にした。

 因みにソフィーだが、今日は同行していない。家族水入らずだ。そういう時間があの子には、あの家族には必要なのだ。


 状況も一先ずは落ち着いたので、しばらくはザルナックを拠点に調べ物をしたりしてから動こうと決めたのだが、図書館の入館時にかかるお金は結構高額だった。

 入館料と保証金の二種類を支払わなければならない。因みに保証金は退館時、閲覧した書物に瑕疵がない事を確認してから返却してもらえる。

 書物は貴重品、という事だろう。図書館通いなんてしたらあっという間に手持ちのお金が無くなってしまう。


 そこでまず金策から始めようと考えた。手持ちのお金を元手に素材を買って、合成術式で加工してから売れば濡れ手に粟……なんて思っていたのだが、所持品の中に気になるものがあったので魔道具屋に行ってみた。

 魔石が不足しているという話だったし、高く売れるといいのだけれど。


「いらっしゃいませお嬢様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「買取をして欲しいのですが、見てもらえますか?」

「これは――魔素結晶ですか!? こんなものをどこから……!? ああいえ、失礼しました」


 私が余り物の素材で作った荷物袋からそれを取り出すと、店主の顔色が変わった。

 私が出したものは地下水脈でランタン代わりに折って持ってきた光る水晶だ。これの正式名称は魔素結晶という。魔石の結晶体だ。

 モノクルをかけた老紳士といった風情の店主は、慌てて取り繕うように平静を装った。


「旅の途中で、偶々ですね。買い取ってもらえますか?」

「勿論です。金貨……八枚でいかがでしょう?」


 金貨八枚。予想外の大金だけれど、これはどうなんだろう。値段交渉とかよく解らないけれど、どうせ素人なのだし胸を借りて社会勉強するつもりでちょっと強気に行ってみよう。


「うーん。魔素結晶の相場はよく解らないのですが、確か魔石が不足してるんですよね? もう少し色を付けてもらえませんか? 金貨一二枚ぐらいとか」

「はっはっは。お嬢様は中々やり手でいらっしゃる。確かにこれは良いものですが、さすがに金貨四枚の上乗せは難しいですよ。これからご贔屓にしていただくという意味で……金貨九枚ではいかがでしょうか?」

「そうなのですか? なにぶん高価なものの売却ですから失敗はしたくないのですが」

「ふむ。お嬢様の仰る事ももっともですが、他所ではここまでは出す事はありませんよ? しかしそうですね。お嬢様のような可愛らしいお方を笑顔で帰してあげられなかったら当店の名折れ。ここは私が涙を飲むという事にいたしましょう。金貨一〇枚と銀貨一〇枚では?」


 んー……この辺で折れておくべきなのかも知れない。

 その道のプロである商人さんとバチバチやり合って勝ちの目があるとも思えないし。


「そう、ですか。そこまで仰るなら。また珍しい素材が手に入ったらここへ持って来ますね」

「ありがとうございます、お嬢様」


 そんな感じで私は魔道具屋を後にした。老紳士はいい笑顔で見送ってくれたから……彼にとってはいい商談だったのだろう。

 私にとっては――どうなのだろう?

 彼が得をしたなら私が損をした、と見るべきなのだろうか? やっぱりよく解らないなぁ。交渉しただけで金貨二枚以上の儲けになったのだから、やった価値はあっただろうけど。


「……」


 ま、いいや。元手は掛かっていないのだから。


 しかし高く売れるだろうと予想はしていたけれど、金貨一〇枚に銀貨一〇枚である。一気に小金持ちになって金策の必要も無くなってしまった。

 しかし、あれっぽっちの欠片でこんな大金になるのなら、水脈で見た魔素結晶の柱は一体幾らぐらいになるのだろうか。ちょっと想像も付かない。あれだけの纏まった量なら、売るより私が加工に使いたいけど。


 ……ゴブリンの巣を探しに行った冒険者が見つけてくるかな? ただ、あの巣穴はかなり広い。奥まった場所だし、地下水脈を更に上流へ上がらないといけないから見つけられない可能性も高いが……その時になってからどうするか考えよう。


 ふむ。予想外にお金を持ってしまうと装備や戦力を整えるのに使いたくなるのがゲーマーとしての人情というものだ。

 やりたい事があった所に、実現可能な軍資金が入ってきてしまったりするともうダメだ。

 鍛冶屋だ。鍛冶屋に行こう。ネフテレカ王国は国内に鉱山が沢山あって、冶金技術に優れた国なのである。その王都ザルナックともなればどんな素材がある事やら。


 ああ――潤沢な資金で素材を買って加工し、戦力を整える……。なんて充実した有意義な時間の使い方なのか。


「マスター。それでは図書館に向かいますか?」


 ――と、図書館……?

 えーと。

 と、図書館はあれとかこれとか作るのが終わったら行こう。うん。必ず行く。その内行く。絶対行く。よし。


「ご、ごめん、クローベル。予定変更で。鍛冶屋に行きましょう。他にやりたい事出来ちゃった」

「解りました」

 

 私の気まぐれな予定変更にも、クローベルは嫌な顔一つせずに笑顔で応じてくれた。ごめんね。頑張っていい物作るから。




「うん? お嬢ちゃん達、来るとこ間違えとりゃせんか?」


 鍛冶屋の店内を覗いて見る。店の主人らしき人は私とクローベルに気付くと、ハンマーを振り下ろす手を止めて怪訝そうな表情をした。

 小柄でずんぐりとしているのに、やたら筋肉質な四肢。ぼうぼうに伸びた立派な髭とつるりと禿げた頭。ご存知ドワーフだ。

 鍛冶屋にドワーフ。金床とハンマーがキマりすぎである。憧れのリアルファンタジーが目の前に!


「な、なんじゃい!? そんなキラッキラした目で見腐ってからに!」


 う? ああ、いかんいかん。メリッサと同じような轍を踏む所であった。

 いくら好きでも生の人間をああいう獣の目で見てはいけない。


「ああ、済みません。鉱石と石炭が欲しいのですが」

「はぁ? わけが解らんわ。鍛冶屋にやってきて金物じゃなく、素材が欲しいじゃと?」

「はい。石炭はともかく、鉱石素材は不純物の多いクズ物でもいいのですが。これで買えるだけ」


 金貨を一枚出すと、彼は目を剥いた。


「お前さん、本気か? なあ、この子はどうなっとるんじゃ?」

「お気になさらず。真っ当な商取引で得たお金ですし、召喚術士であれば入用になる物も普通とは違う、ということです」


 後ろに控えるクローベルを私の保護者か従者とでも思ったらしい。意見を求めるがクローベルはにっこりと笑って返す。

 ドワーフさんは私の顔と小脇に抱えた偽ビブリオを交互に見やって腕組みした。


「ますます……わけが解らん……。どこのお大尽様か知らんが……」


 鍛冶屋のドワーフさんは何やら小声でぶつぶつと言っていたが、やがてあれこれ考えるのが面倒になった様子でかぶりを振った。


「クズ物なら店の裏に山ほどあるから好きなだけ持ってけ。職業柄色んな鉱石が持ち込まれるが、使い道のわからんものもあるでな。ミスリルや、質の良い鉄鉱石やら石炭やらが必要なら持ってく前に言え。値段をつけて釣りを出してやる。言っておくが運び出すのは手伝わんぞ。わしゃ忙しいんじゃ」


 それは願ってもない。言質は貰ったし、加工から精製までやらせてもらおう。

 すぐに必要になると思われるので、まず石炭を買い取っておく。

 それから店の裏手に回ると……あるわあるわ。宝の山が。

 さあて、腕が鳴るぞ。

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