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17 姫と仕立て屋の相性は

 王都内に入るための列に並び二時間ほど待って、ようやく私達の順番になった。王都の中に入るには短期滞在の許可証を発行してもらう必要があるらしい。

 

「おっ、グラントか。ゴブリン退治に行ったんじゃなかったか? 他の連中はどうした?」

「今から行っても残党ぐらいしか狩れそうにねえから帰ってきたんだよ。食い残しなんざつまらねえだけだ」

「で、そっちの三人は? 随分な別嬪さんだが……あれ……? その子……」

 

 手続きをしている衛兵はグラントと知り合いのようだ。しかもソフィーの事も知っていたらしく、幌の中を覗き込んで目を丸くしていた。

 人見知りするソフィーは兵士の視線から逃れるように、私やクローベルの背に隠れようとする。


「嬢ちゃんらが、あの子がゴブリンのとこから逃げてきたのを保護したって話だぜ」

「マジでか! で、お前が送ってきたってわけかい? 他の連中は?」

「嬢ちゃんの描いた地図を見てゴブリンの巣に探しに行ったぞ」

「そうか。何にせよ帰ってこれる子がいてくれて良かった!」


 衛兵は満面の笑みを浮かべて対応してくれた。


「その青い本はビブリオかい? お嬢ちゃんは召喚術士なのか?」

「ええ。そうです」

「すまないが一応、証明して見せてくれないか? 魔術師と一般人じゃ扱いも発行する証明書も違ってくるんでな。特に、召喚術士はな。コーデリア様にあやかって騙ろうとする奴も多いんだよ」


 騙るって……召喚術士を?

 コーデリア姫の功績が随分召喚術士の地位を向上させていたらしい。

 上手くメリッサの目を誤魔化さないとな。


「……断章解放、ゴブリン『リュイス』」


 ゲーム内でのNPCの召喚術を思い出しながら、偽ビブリオに挟んだ断章からリュイスを小声で解放状態にした。

 光が集まって形を形成すると、そこにモヒカンヘルムを身に着けたリュイスの勇士があった。

 心なしか誇らしげにポーズを決めている。うむ。すごくカッコイイぞリュイス。


「……格好はともかく……変わった術式ね。誰の流れを汲むのかしら」


 などというメリッサの呟きが聞こえた。

 奇妙には思ったが何らかを確信するところまでには至らない、といった感じだろうか。

 ゲーム上の描写から得た知識ではあるのだが、この世界の魔術師連中にはいくつかの流派というか学派のようなものがある。

 だが基本を学んだら自分で実戦を経て独り立ちしていくものなので、術式も我流というか独自性が強くなりがちだ。だから細かい部分の差異はさほど問題視されない。

 それだけに基本原則から外れるグリモワール特有の能力は悪目立ちするだろうけれど。


「ほーう。なかなかイカした装備を身に着けてやがるな。正直ゴブリンには勿体ねえ」

「……兄さん、それ本気で言ってるの?」


 ……やっぱり修羅の国に生きてるからシンパシーを感じるのだろうか。




 王都の中に入った私達はグラント達と別れて、ソフィーの家へと向かった。落ち着かない様子のソフィーに手を引かれ、雑踏の中を足早に歩く。

 異国情緒どころか異世界情緒の町並みであったが、あまり目に入れている余裕がなかった。


「あれ! あれだよぅ! 私のおうち!」


 ソフィーはくしゃっと顔を歪ませて泣きながら叫ぶと私から手を離して駆け出して、こじんまりとした佇まいの店に飛び込んでいった。

 クローベルと顔を見合わせ、頷きあう。戸口まで行って中の様子を窺ってみる事にした。


「おかあさぁん!」

「ソフィー!? ソフィーなの!?」


 若い女性が走ってきたソフィーを受け止める。彼女がソフィーの母親なのだろう。 

 最初に浮かんだのは驚愕の色。次第に、呆然と。目を見開いたままで、胸に顔をうずめたまま泣きじゃくるソフィーを抱きしめる。

 女性の頬に、涙が伝った。


「あああ、ソフィー……! ソフィー……ッ! こんな……こんなに痩せちゃって……!」

「おかあさんッ! おかあさああん! ああああ、うあああああん!」


 二人が抱き合ったまま泣いていると、店の奥から痩せた男女が顔を出す。父親と、叔母だろうか。顔立ちに似た雰囲気がある。


「おい、何の……騒、ぎ……」

「そ、ソフィーちゃん……!?」

「お、とうさ……おばちゃ……っ! ううう、あああ!」


 後はもう、一家で肩を寄せ合っての号泣だった。

 隣から小さく鼻を啜る音が聞こえた。私だって油断すると貰い泣きしそうで困る。

 無事に送り届けられて、良かった。

 この家族が、誰一人として欠けないでいてくれて良かった。

 本当に、そう思う。


「おねえちゃんが……おねえちゃんが、たすけてくれたの……!」


 ソフィーが外を――つまり、私達の方を指差しながら言った。

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたソフィーの一家にもみくちゃにされたのは、その直後の事だった。




「本当に済みませんでしたッ!」


 と、ソフィーの父……バンハートさんから頭を下げられた。

 複数人から縋り付かれてお礼を言われながら号泣されるという経験は今までになかったが、まあうん。むず痒いやら服がベショベショになるやらで、色々困った。


 洗濯しますっ。させて下さいっ!

 ウチは仕立て屋ですから代わりの服も用意できますよ?

 ご飯を食べていきませんか。

 まだ宿が決まってない? 是非泊まっていってください。


 そんな風にして出て行くタイミングを少しずつ失い、あれよあれよと食卓を囲んで歓談、宿泊という流れが出来上がってしまった。

 何せソフィーの家を出ようとするとソフィーにおねえちゃんいかないで! と涙目で訴えられるのだ。あれはなかなか凶悪な破壊力であると言えよう。


 なので、有難く歓待を受ける事にした。

 娘さんの恩人という立ち位置になるのだろうけれど、あまりその立場に甘えて迷惑を掛けないように注意しないといけないな。食費ぐらいは入れさせてもらおう。


 ソフィーの母親と叔母はそれぞれケイトさんとリンジーさんという。

 二人とも穏やかで優しそうで、良い人達なのだろう。

 だが問題が一つ。色々服を持ってきてはああでもないこうでもないと私、クローベル、ソフィーをコーディネートしてきた。


 どうやらこれらの服の数々はケイトさんの「とっておき」らしい。

 それを姿見に写して嬉しそうに私に見せようとしてくるのだから困る。メリッサと違って善意でやっているのだから嫌とも言えない。

 

 或る時はツインテゴスロリ少女、また或る時は爽やかワンピースにポニーテール。はたまた或る時はシニョンにしてモノクルをつけた怪盗風。しかしてその実態はコーデリア姫である。


 否が応にも可愛らしく着飾った自分を見せられる。確かに可愛いし似合っているのだが、これがなかなかにキツい。現状認識という意味ではこれ以上無いほどのスパルタ教育である。

 大体、アバターの調整にしたって私が最もしっくり来るものを選んだのだから。だがそれが正真正銘自分の体となると……。


 途中から鏡の向こうの自分の、目の輝きが段々と薄れてきた。

 あまり直視しない方がいいな。クローベルやソフィーの仕上がりを見てみる事にしよう。

 ……ふむ。クローベルは何を着ても似合うなぁ。羽根帽子にコートとか女船長っぽい。ソフィーも流石、ケイトさんの娘だけあっていい着こなしっぷりである。子供らしい可愛い服装がよく似合う。


 しかし流石プリンセスグリモワールの世界。女の子を着飾る為のアイテム群が異常に豊富だ。それともケイトさんのお店が特別なのか?

 ネコミミとかウサミミとかもあった。装着させられたのかどうかについて……は、デリケートな心の問題なので出来れば触れないでいて欲しい。

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