16 王都ザルナックへ
「ああそうだ。クローベルに相談しておきたかったんだけど」
「何でしょうか?」
「狼の毛皮で帽子とかコートとか作りたいんだけどいくらで売れるかしらね? 相場がよく分からなくて」
宿を発つ準備をしながらクローベルに尋ねてみる。
ゲームだったらシステム的に算出される適正価格で売れるのだけれど、現実だとそうもいかないだろう。
この際だからなるべく早くに正しい金銭感覚を掴んでおかなくては。
ネフテレカ王国の通貨だがヴェルニア金貨、アセンズ銀貨、ユルズ銅貨、シルズ青銅貨があり、一ヴェルニアに対して二〇アセンズ、一〇〇ユルズ、五〇〇シルズぐらいの交換レートになるそうだ。
国や地域によって流通している貨幣は違うし、貨幣が違えばその価値も微妙に変動するが、同じ通貨内での金貨一枚に対する銀、銅、青銅貨の交換レートは、基本的にはおおよそ近い所に落ち着くらしい。
「そうですね。例えばコートなら……品質が良いものでしたら銅貨三枚ぐらいにはなるのでは?」
うーん、多いのか少ないのか。よく分からないな。
ウルフのカードは余剰が一七枚もあるので、ソフィーが起きたら七枚ほど素材化して色々作ってみることにしよう。
合成品を売却して手持ちのお金を作ったら、食糧を補充してザルナックへ向けて出発である。
ちなみに合成品売却の戦果であるが、銅貨八枚と青銅貨四枚の稼ぎになった。様子見だし出発を早くしたかったから価格交渉などはしていない。今の段階では大体の感じだけ掴めればいい。
空は抜けるような青、とても高く感じる。
草原の緑を風が揺らして抜けていく。
道の端には紫や黄色の花が咲いていて……長閑で本当に良い景色だ。
今まで景色を見る余裕も無かったって事だろうな。
まあ、この景色に感動しているのも私ぐらいのものかもしれない。
私だけ異世界情緒を満喫してしまっているのもなんだし、ザルナックへ向かうまでの暇つぶしに地球産の童話などを語って聞かせることにした。
シンデレラ、三匹の子豚、うさぎとかめ、一寸法師。
あんまり毒のないセレクトになった。
え? シンデレラは毒だらけだって? 踵や爪先を削ったりしないマイルドバージョンに決まっている。
「――そうして一寸法師はお姫様と結婚し、幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし」
ソフィーがきらきらした目で拍手をくれる。ほっこりする。
クローベルも基本的には興味深そうに話を聞いていたのだが、一寸法師の時だけは少し考えてから、こんな事を呟いていた。
「……圧倒的巨大生物に対して体内からの攻撃、ですか。一考の余地がありますね」
ないから。これそういう教訓を得るための話じゃないから。
……いや、巨大な敵は内部から攻めればいいっていう教訓を得ても良いのか? あれ?
そんな風にして歩いていると、後ろから幌付きの馬車がやって来た。
振り返って、眉を顰めてしまったのは仕方が無い事だと思う。
御者がメリッサだったからだ。
「こんにちは、お三方とも」
「おう、嬢ちゃん達。ザルナックまで乗ってかねえか?」
後ろからグラントが顔を出した。
「こんにちは。ゴブリン退治じゃなかったんですか?」
「俺は嬢ちゃん達の話を信用するって言っただろう。行きたい奴ァ勝手に行きゃいいのさ。で、どうすんだ?」
「ええっと」
……お世話になることにした。
私の個人的な苦手意識はどうでもいい。
ソフィーを早く家に連れて行ってあげたい。それだけだ。
「ティリアちゃん。それはビブリオかしら? もっ、もしかしてご同輩なのかしらっ?」
私の手にある如何にも、と言った青い装丁の書物にメリッサが反応した。
すみません。その、獣の目で私を見るのを止めてもらえませんか。
「ええ。まあ」
合成術式で作り変えたのは外側だけで、中身は日本から持ち込んだ教科書だ。複数くっ付けて分厚くして体裁を整えた。もし中身を見られても日本語なので、魔術師特有の暗号とか思われて終わるだろう。端っこの方で棒人間がアクションするパラパラ漫画は気にしてはいけない。
偽ビブリオは必要な偽装なのだ。私の武器が召喚術しかない以上は。
「そうなの。親近感を覚えるわ。ああ、今日はきっと良い一日になるわね」
少し馬車の移動速度が上がった。
流石に契約モンスターに関して根掘り葉掘り聞いてくるような事はしない、か。
非常識な兄を諌めようとはしていたし、一部に目を瞑れば常識人なのかも知れないが。
「やっぱりティリアちゃんもアレなのかしら」
「ドレですか」
「ほら、コーデリア様に憧れて召喚術士になった口? 私はそうなんだけど」
…………。嫌な汗が背中を伝った。
求めていたはずのコーデリアの情報が得られそうなのに、何でこう嫌な予感しかしないんだろう?
「あはっ、あははっ。まあそんなようなものです」
「そうよねえ。素敵よねえ、コーデリア様」
ほう、と溜息をつくメリッサ。
もし。もしもだ。私がコーデリアだとバレたら……どうなるんだ?
こんなに身の危険を感じる奴はゲームでもいなかった。
危険……っ! この女……危険……っ!
「本当、コーデリア様は今頃、どこでどうしていらっしゃるのかしら」
「失踪したってのは……七年ぐらい前の話だったか?」
「ええ、そうです。今生きていらっしゃるなら二一歳になるのでしょうかね。無論私は息災でいらっしゃると確信しているけれど。はぁ、一度で良いからお会いしてみたいわ」
「――」
戦々恐々としていた私であったが、兄妹の会話で固まってしまった。
思わずクローベルを見るが、困惑の表情を返してきた。彼女にも解らないらしい。
失踪した当時が一四歳……?
今の私の見た目と……同じぐらいだ。この外見で今の私が二一歳というのも有り得ないだろう。
全く……どうしてこの兄妹はこう、無自覚に爆弾を落としてくるのか。
ともかく、七年の空白か。グリモワールなら何でもありなんじゃないかとは思うけれど、だからと言ってこっちの問題は思考放棄するわけにもいかないだろう。
どちらにせよ、情報が足りなさ過ぎる。そしてこの二人に対してはコーデリアの事で話を掘り下げたく、ない。
「それにしても、やっぱりティリアちゃん、可愛いわぁ。一度私のモデルになってくれない?」
話題の転換は向こうがしてくれた。……何だか随分不穏当な方向性なんだけれど。
「モデル……?」
「そうそう。人形を作るのよ。だから綺麗なモデルを探しているのだけれど、昨日は興奮しちゃってごめんなさいね?」
召喚術士が人形と言えば……あれか。
「……オートマトンですか?」
「あら。知ってるの?」
「はい」
そうか。メリッサは自動人形を召喚術で使うのか。
オートマトンは呪いを用いて物理的ダメージを反射するのだ。かなり凶悪なモンスターカードである。レアカードのランク2だったかな? 元々の造形が美しければ美しいほど呪力が上がるそうで、そういう実用的な理由があるのだったらメリッサが変態であるという見解を取り下げてもいいのだけれど、モデルにした人形で何をするか解らないな、とも思ってしまうとやっぱり協力する気には一向になれなかった。
モデルの話は丁重にお断りして、涙目になっているメリッサを横目に馬車に揺られる事しばし。
本物の馬車なんて乗るのは初めてだったが、想像以上に乗り心地が悪かった。
道は舗装されていないし、サスペンションやクッションなんて気の利いたものもない。
臀部に痛みを感じ始めた頃、ようやくザルナックの外壁が見えてきた。
石で作られた、高い外壁。そして門の所に並んでいる、沢山の順番待ちの人々……。ああ。結構待たされそうだなぁ。
因みにクローベルは勿論、ソフィーも馬車に乗りなれていたらしく平然としていた。うぬぬ。




