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15 羨望と恋慕

『誰も、餓えたりしませんように。

 誰も、泣いたりしませんように。

 最初の願いはとても優しい。

 けれどだからこそ誰にも信じられなかったし、誰一人堪えられなくなった。

 少女は、孤独だった』


 ――身動きが取れない。腕が、足が重い。

 これはあれか。噂に聞く金縛りと言う奴だろうか。

 そう言えば首元に息を吹きかけられているような……。


 心霊体験だろうか。

 日本にいた時だったら脳の覚醒状態と半覚醒状態が云々とか理屈を付けて済ませていたのかも知れないが、何せ私が今いる場所はゾンビもゴーストもスケルトンも存在している世界(ファンタジー)なのだ。心霊現象とかちょっと洒落にならないのではないだろうか。

 目を見開く、と――。


 すぐ右隣にソフィーのあどけない寝顔があった。何故だ。

 左側を見ると、そっちにはクローベルの寝顔があった。何故だ。


「……うーん」


 ええっと。状況を整理しよう。

 私は川の字になって眠っていたらしい。で、ソフィーが私を抱き枕代わりにして、クローベルには添い寝をされているわけだ。

 三人別々のベッドで寝たはずなんだけど。おかしくないですか?

 いや、ソフィーはまだ分かるんだ。寝惚けたとか寂しかったとかさ。


 ……クローベルさんは故意(わざと)じゃないんですか?

 ジトッとした目線を送ってやると、クローベルは堪え切れないと言うように肩を震わせ始めた。起きてるな、これ。


「あのね……」

「あははっ、ごめんなさいマスター。お二人が可愛らしかったもので混ざってみたくなって、ついつい」


 悪戯っぽく笑って、けれどそこから退かないクローベル。

 そのままじいっと、見詰めてくる。


「え、えっと? なに?」


 間近からその青い瞳で覗き込まれると、何だか落ち着かなくなる。

 呼吸が乱れないように、大きく、静かに息を吸う。


「その、何と言ったらいいのか。私はマスターに謝らなければいけない、ような」

「え? 何で?」

「昨日、マスターはメリッサさんに抱きしめられたり髪を撫でられたりして、お嫌そうにしていましたから。私もマスターに同じような事をしてしまったので、もしかしたらご不快な思いをされていたのではない、かと……」


 そんな事を言うクローベルは、なんだか捨てられた子犬みたいな印象を受けた。


「いや、そんな事は……なかったけど」


 クローベルの時は……嫌かどうかで言うなら、全然嫌じゃなかった。あれはええと、状況が状況だったし家族愛的な物だから……か?


 うん。そうか、家族愛、か。

 クローベルは友達や家族を失っているし、私がマスターとしてそういう役割を求められるのなら応えるのは吝かじゃないな。皆から家族だと思ってもらえるのは光栄だし、嬉しい。そうありたいと思う。


「それじゃあ髪を撫でたりするのも?」

「相手による、と思う」


 気安く撫でられる事に思う所がないわけじゃないのだ。

 ただ、クローベルなら……どうなんだろう?

 そんな事を考えていたのが伝わったわけではないのだろうけれど、彼女は少しだけ前に身を乗り出してくる。


「わ、私でしたら?」


 ……。

 何だろう。今日のクローベルは少し変だ。妙に押しが強いような気がする。

 どうしてこんな事を言い出すのか。ああ。ひょっとしてあれか? 昨日メリッサが私を撫でている時、何とも微妙な表情をしていたっけ。

 つまりあれが羨ましかったとか、そう言う事だろうか?


「……試してみる?」

「はい。で、では失礼しまして」


 恐々とクローベルの手が伸びてくる。そっと髪の間に指を忍ばせて、芸術品を扱うような繊細さで梳いてきた。

 私はソフィーに抱きつかれていて身動きが取れない。クローベルのしたいようにさせる事にした。これで満足してくれるなら、安いものだ。

 そう思って目を閉じてされるがままにされていたのだが、誤算があった。


 超くすぐったい。

 特にクローベルと来たら神聖な物でも扱うかのように優しく触れるものだから余計にである。


「……っ」


 指が髪の間を抜けていくと、ぞくぞくとした電流が背筋に走った。

 くすぐったくて、腹の辺りから力が抜けていく。腰砕けになる。

 いや、くすぐったいって言うか――これ……ッ?


「ああ。確かに滑らかで柔らかくて……素敵です」


 止めようかと思ったが――ダメだ。これ以上ないぐらい堪能していらっしゃる。

 この満足そうな表情を消す事なんて私には出来ない……。我慢。そう、我慢してれば丸く収まるんだ。


 髪を一房手にとって、零すように。

 前髪を掻き分けて指先が額を撫でて。


 その度変な声が漏れそうになって、だがそれは幾らなんでもどうなのかと思い、その度に腹筋に力を入れて堪える。堪えて――いたのだが。肩から下がった巻き毛を指で梳いた所で、彼女の指先が軽く首筋に触れた。


「……っ」


 体が跳ねるように動いてしまった。


「え? あっ……」

「いや、その。くすぐったくて……えっと」


 それで一旦クローベルは手を止めた。気まずい。

 クローベルは止まったのだけれど……こちらの瞳を覗き込んだままほんの少し目を細めた。

 え? な、何? ああ、ダメだ。心臓の鼓動が早くなって落ち着かない。考えが纏まらない。

 暫くそうやって見詰め合っていたが、やがてクローベルが口を開く。


「……マス、ター?」

「な、に……?」

「マスター、は――」


 その先の言葉は続かなかった。


「んー……?」

「「!?」」


 ソフィーが突然体を起こしたからだ。

 私は金縛りにあったかのように硬直してしまった。

 クローベルは私から離れ、胸の辺りを手で抑えながら後ろを向いてしまう。


「んん……」


 ソフィーは右を見て、左を見てから眠たそうに目を擦ると、また横になってしまった。

 数瞬の間を置いて、どちらともなく大きく息を吐く。


「あー、その。何ていうか」

「はい……」

「髪も、別に嫌じゃなかった……わ」


 こくん、と後ろを向いたままでクローベルが頷いた。

 

 昨日の疑問がまた頭の中を廻っている。何故私はメリッサをあんなに拒絶したのか。クローベルなら同じ事をされても、何で嫌じゃなかったのか。

 やっぱり家族みたいなものだから、だろうか?


 家族。家族ねえ。

 こんな風にソフィーに見つかって慌てて離れるとか、夫婦がイチャイチャしている所を子供に目撃されたみたい、な――


 ………。

 いや、そんな事。違うと思うのだけれど。

 その例えで言うと……つまり私は、メリッサ(べつのおんな)に抱きしめられて喜んでいるなんて、クローベルに思われたくなかったって事か?


 いやいやいや、待て待て待て。

 それだと私はクローベルが好きだって事にならないか?


 いや、クローベルの事は好きなんだけど。

 でもそれは男女のそれじゃないっていうか、信頼してるし思い入れがあるから好きって事だよ……な? え?


 そもそも私はどういう目で彼女を見てるんだ?

 クローベルは――えーと。綺麗だし強いし、頼りになるし礼儀正しい。後、体は細いのに意外と胸が大きい。……うん。恋人だったら最高じゃないかな?


 いや、だからさ……。

 それにそれは真面目に考えて、拙いだろう。

 もし、告白して玉砕でもしたら?

 断られても「命令」出来るし、拒否されても「支配」できてしまうんだぞ?


 私はそんなに理性的か? そこまで強く自分を律してられるか?

 公正(フェア)であれっていうクローベルの言葉を守りたいんだろ?


 ……だから……そうじゃないって。

 何で好きかどうかを飛び越して告白するしないとか、その後の事を考えてるんだ。冷静だ。冷静になれ。


 大体、私なんかに好きになられても迷惑じゃないのか? 今の私は女の子なんだぞ。


 はああ。何で朝から私はこんなに独り相撲で頭を抱えてなきゃならないんだ?

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