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14 赤毛の兄妹

「……どうしますか?」

「ううん。まだ、大丈夫……」


 クローベルが眉根を寄せて、困惑とも不快とも付かない、微妙な表情を浮かべている。私もコレをどうすれば良いのか解らない。


「何これ。兄さん何これ。こんな綺麗な子が世の中にいて良いの? これって罪じゃないの? 可愛すぎるって罪に問われたりしないの?」

「はなしてください」

「おい、落ち着け」

「それに何なのこの手触り。ふわふわで柔らかくてサラサラで……これは正に新しい時代の到来。その幕開けを感じさせるに相応しいわ」

「なでないでください」

「おいメリッサ」

「いや待て待て。よく考えろ私。こんな可愛い生き物が人間だなんて有り得ないんじゃないかしら? そうよ、そうだわ。きっと魔物が化けているに決まっている。これは召喚術士として私が責任を持って部屋に連れて帰って徹底的に調べないといけないわ」


 犯罪者も魔物もお前だーッ! 新しい時代とやらへは一人で行け!


「そうと決まれば話が早いわ。ねえ、お名前何ていうのかしら? 美味しいお菓子と紅茶の葉があるから一緒にお姉さんの部屋に来っ」


 メリッサの首筋に赤毛の容赦のない手刀が叩き込まれた。崩れ落ちるメリッサに、頭痛をこらえるような表情の赤毛。


「……」

「いや、何というか不肖の妹(バカ)でな。すまん。ここまでの発作は滅多にあることじゃないんだが」

「……いえ」

「俺が責任を持って、良く言い聞かせておく」


 赤毛はメリッサの襟首を掴んで宿の中に引き摺っていった。


「はぁ。なんか、ドッと疲れたっていうか……」

「……私が早々に締め落としたりした方が良かったのでしょうか? マスターの言いつけもありましたし……悪意も敵意も無かったようなので、どうしたらいいのか決めあぐねてしまいまして……」


 アレをどう扱ったらいいのか、か。私が聞きたい。

 いくら相手が美少女と言ってもああいう変態はちょっと勘弁して欲し――ん? あれれ? でも私は演じているだけで中身が男なんだから、ああやって抱きしめられたりしたら、それを役得だと喜んでもいいのではないだろうか? メリッサは結構美人ではあったし。

 ……何であんなに離れてくれって思ったんだ、私は。メリッサが召喚術士だからか? んん……よく解らない。


「あのお兄さんに任せておくのが一番いい……と思うわ」


 よく解らないので、私は考えるのを止めた。




 赤毛を含め、修羅の国の住人は私達に何故か好意的で、そんな連中が背後で睨みを利かせているからだろうか。その後は特にトラブルに見舞われるような事もなかった。

 自分の仕事だけに集中出来るようになったのはありがたい。無難に呼び込みをこなして、ようやく食事にあり付ける段になった。


「お疲れ様でした。ティリア様」

「おつかれさま、おねえちゃん」

「二人とも、お疲れ様」

 

 ティリア、というのは、私の偽名である。コーデリアを名乗っても面倒な事になるだけだし。因みに、語感が似ている方が偽名としてはボロが出にくいそうだ。

 誤って本当の名前を呼んでしまった時。本当の名前に反応した時。誤魔化しが利くからね。

 ああ、ソフィーも店内で給仕の手伝いをしていたらしい。彼女も働かないと気が済まない性質だったようで、小さな体でてきぱきと働いていたそうな。うーん。それは見たかった。


「うははっ! 今日はすごい稼ぎになったぞ! まあ、どんどん食ってくれ。あんたらの分は残してあるんだ」 


 宿の亭主はもう笑いが止まらないらしい。料理も奮発されているらしく次から次へとテーブルに運ばれてくる。

 パンにサラダ。ウサギの香草詰めロースト。野菜がたっぷり使われたベーコン入りのポトフ。塩を塗した川魚の丸焼き……。

 これは美味しい。異世界の食事情を舐めていたと言わざるを得ない。クローベルとソフィーも満足そうな表情である。


「なあ、お嬢ちゃん、今日だけなんて言わないでウチで働かんか?」

「いえ、折角のお話ですが行く所があるので」

「だから父さん。ティリアちゃんはソフィーちゃんをザルナックへ送っていくんだって言ったじゃない」

「ああ、そうだったな。じゃあ、またウチに立ち寄る事があったらその時は考えて見てくれ」

「……考えておきます」


 とは返して見たものの、客寄せパンダになるのは今日だけで十分である。明日からの金策は真面目に考えよう。



「あー。嬢ちゃん。さっきはすまなかったな。ちょいと話を聞かせてくれないか? おいメリッサ。手前も頭下げろ」


 食べるだけ食べて満足したので部屋に行こうとした所で声を掛けられた。

 振り返ってみると……案の定さっきの赤毛であった。その後ろにはメリッサ(へんたい)もいる。


「さっきはごめんなさい。不意打ちだったから覚悟が足りなかっただけなの。ええ、もう大丈夫」


 覚悟って、何。

 突っ込みたくなかったので妹の方はスルーして兄の方にだけ視線を合わせる。


「話って、何ですか?」

「んん。そうだな。そっちのちっこい嬢ちゃんには聞かせたくないんだが、良いか?」


 ソフィーに聞かせたくない? 何の話だ。

 振り返ると、私と視線が会った彼女は小さく頷いた。


「……お部屋、一人で行けるよ?」

「ごめんね。鍵をちゃんと掛けて待ってるのよ?」

「うん」


 階段を登っていく背中を見送る。一人じゃ不安だろう。早めに話を切り上げたい。


「悪いな。そういや名乗ってなかったな。俺はグラントという。聞きたい事ってのはあれだ。あの子をどの辺で保護したのかっていう話だ」

「どうしてそんな事を?」

「ゴブリンの巣をぶっ潰しに行くのさ。昼間あんた等に他の冒険者どもが好意的だったのは、そいつらも同じような理由で出張ってきてたからだな」


 そういう事か。色々と納得が行ったけど、どうしたものかな。

 とりあえず、いきなりソフィーのいる所で話を聞こうとしなかった気遣いは有難い。


 だけどもう粗方倒しちゃったって言うか何て言うか。

 今更彼らが行ってもね。骨折り損だけで済むのなら笑い話で終わるのだが、『赤晶竜の領地』が近くにあるからなぁ。この兄妹とは余り関わり合いになりたくはないのだが……知らぬ存ぜぬを通して、もしもの事があっても寝覚めが悪い。


「いや、それは……。どうでしょうね。あの付近って竜がいますよ? まさか竜とも戦いたいとか?」

「おいおい嬢ちゃん。人を何だと思ってんだ?」

「……オーガかベルセルクの親戚かと」

「ハッ! そりゃいい!」

 

 そう言われて喜ぶ辺りが特に。


「ま、確かに一度戦ってみたくはあるが。幾らなんでもこの頭数じゃ無理だ。だから話を聞きたいんだよ」

「答えてもいいですが、その前に……あの子が最後の生き残りだと言っても行くんですか?」

「そりゃ俺の仕事とは関係がねえな」

「というか、どうして今頃になって?」

「魔石が不足してるって話だぜ。『赤晶竜の領地』が今まであった魔石鉱山にモロ被りでな。新しく『領地』の外に鉱脈を見つけて開拓村を作ったのは良いが、あの事件のせいで開拓民は集まらないわ、冒険者も『領地』が近いから端金じゃ動いてくれないわで、問題が先送りになってたのさ。で、今回シャーマンの首に見合わない大金を掛けたってわけだ。正規軍を動かして竜にぶっ殺されると年金だ何だって大変なんだろうよ」


 魔石、か。

 魔道具の核として使えるのだが、これがかなり良いお値段なのである。

 そうか。開拓村は魔石の採掘をしてたのか。無理して開拓したっていうのも解らないでもないけれど。

 だけどシャーマンがいないあの巣に、リスクを冒してまで彼らを送り込む価値があるのかと言えば……無いんじゃないだろうか。彼らだって賞金首が既にいないのに綱渡りはしたくないだろう。

 だがどうやって話をそこに持っていくのか。シャーマンが死んだ事を伝えるにしても、グリモワールの事は秘密にしておきたい。


「ティリア様」


 クローベルが自分の胸元に手を当てていた。


「……うん。ごめん。お願いしてもいい?」

「勿論です」


 選手交代である。クローベルなら話を解りやすく出来るからな。


「お話中、横から失礼します。そのゴブリンの巣の事ならば、もう脅威度は低いと思いますが」

「……何故そんな事が言える?」


 グラントの目が細められた。


「シャーマンとホブゴブリンがいましたが私が始末しましたので。全体としてはかなりの痛手になっているかと」

「ほう。で、そのシャーマンの首は?」

「持ち帰れば良かったのですが、その時事件の事を知りませんでしたから。生憎と他のゴブリンに亡骸を持ち去られてしまいまして」


 クローベルの言葉に、脇で聞いていた他の冒険者が反応した。


「おいおい、担ごうったってそうはいかねえぞ? 俺達を追い返して自分達で取って返して報奨金独り占めってとこか?」 

「いえ、私達はこれからザルナックへ向かいますので。信じられませんかね?」

「必要なら私が大まかな場所が解るような地図を描いておきますが。無駄足になるし危ないって言うのはもう一度はっきり伝えておきますよ。紙とペンってあります?」


 ここからどれぐらい歩いた場所かとか、あの目印になった山の稜線とか。


「そうかい。ま、俺は信じるぜ。嬢ちゃん達の言うことはな」


 グラントはクローベルに向かって、またあの獰猛な笑みを向ける。


「何者かは知らねえが……シャーマン退治なんぞより随分と面白そうだ」


 要するに、グラントはクローベルと戦ってみたいらしい。


「不毛すぎます。そういうお誘いはそれこそオーガかベルセルクにどうぞ」

「つまらんな」


 つまるつまらないの問題ではない。

 兄は戦闘狂で妹は変態。ダメだこいつら。

 地図を描き終えたので冒険者達に差し出す。


「そういうわけですので、今から向かっても竜に遭遇するリスクが高いだけじゃないかなと思います。一応、忠告も協力もしましたからね? もういいですか?」

「ああ。時間を取らせて済まなかったな」


 グラントは酒杯を呷りながらひらひらと手を振った。

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