13 同業者の驚愕
私達が往来で通行人に声をかけた時の反応は大体二つに分けられた。
呆気に取られたような顔をして足を止める人と、微笑ましい物を見るような目で立ち止まる人の二種類。
スルーされるというのは滅多にない。かなりのヒット率だ。
人というのはそうやって立ち止まる人がいると何があるのか見てみたくなる物らしく、すぐに黒山の人だかりになってしまった。
宿にも一定の割合でお客さんが入ってくれているのでこれはこれで有りだ。
私達に微笑みかけたり手を振りながら店に入っていってくれる人には私もお礼を言って頭を下げる。
仕事ではあるのだけれど、そんな程度の事でもちょっとだけ良いことをしているような気分になれる。店内の酒場に入りきらなくなったのか、往来で乾杯したり串物を食べたりしている人もいた。
最初に予想された、声を掛けられたりと言ったトラブルは殆ど起きなかった。
殆ど……という表現になったのは、呼び込みをし始めてすぐに絡まれたからだ。
帯剣している性質の悪そうな酔っ払い達に囲まれてしまったのだ。そしてその後の顛末があったから、今はのびのび仕事をさせて貰えるようになった、というか。
酔っ払い達には名前を教えろだの、仕事が終わったら付き合えだの、酒臭い息を吐きかけられながら勝手な事を言われた。
恐らく酔っていて気が大きくなっていたのだろう。
私としては気が気ではなかった。近くに控えているクローベルの、張り付いた表情だけが営業スマイルのままなのに、どんどん怖くなっていくのだ。一応街中ではよほどの事がない限り実力行使はしないように、と言ってあるのだが、酔っ払いの度が過ぎるとダムは決壊するだろう。
それはまあ予想の範囲内としても、何故だか宿の酒場で飲んでいた客まで男達に対して殺気立ち始めていた。しかもどういうわけだか、剣や槍、杖などで武装した集団がちらほら見かけられる。宿場町だからこういう物だったりするのだろうか? よく解らないが。
というか、何で見ず知らずのあんた達が切れかけてるんだい……?
クローベルとギャラリー達のどちらが先にキレて男達がフクロにされるのだろうか。オッズはややクローベル有利だが、どちらに転ぶか予想はつかない。
あわや大惨事な場面であったのだが……結果として彼らを撃退したのはそのどちらでもなかった。クローベルが笑顔のままで冷たい殺気を纏い始めたそのタイミングで、それは来た。
「おいおい、てめえら無粋が過ぎるんじゃねえのか?」
宿の酒場から出てきたのは赤毛の男。体格はがっしりとしていて背が高く、目付きがすこぶる悪い。年の頃二七、八ぐらいか。
「あ? なんだ手前は?」
酔っ払いは男を取り囲む。それもそのはずだ。赤毛の男は取り成しに来たというより――そう、「面白そうだから喧嘩を売りにきた」と表現するのが一番しっくり来るような、相手を小馬鹿にしたような笑みをその顔に張り付けていたのだ。
「そこの宿の客だよ。俺の方もその嬢ちゃん達にちょいと聞きたい事があってよ。どうやらチャンスのようだから恩を押し売りに来たってわけだ」
そう言って手に持っていた酒杯を一息に呷る。
ええっと、私達に用? 何の? 酔っ払い達と違ってナンパ目的とも思えないのだけれど。
私の思考はそこで止まった。
赤毛がげえふ、と下品な音と共に男の顔に酒臭い息を吐き掛けたからだ。
「……ッの野郎……!」
「ハッ!」
あんなの誰だってキレるだろう。
一瞬にして怒りの閾値を振り切った男が赤毛に掴みかかるが、対する彼はと言えば物凄く嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべると、掴みかかってきた男の髪を掴んで引き倒し鳩尾に膝蹴りを突き刺した。
「うっげぇ!」
「どうしたァ? 一発で寝ちまったらつまんねえだろう――がッ!」
くの字に折れて地面に転がった男を容赦なく蹴り上げる。
どういう脚力によるものか、男は身体ごと浮かされてギャラリーの中に蹴り込まれた。赤毛はそのまま止まらず酔っ払いの仲間に殴りかかる。笑顔で。
うわあ……。何で脇からいきなり出てきて、あんなに活き活きとした表情で人殴ってるんだ? 出来ればというか、はっきり言って関わり合いになりたくないんだが。しかし既にロックオンされてしまっているらしい。今後の展開を考えると頭が痛くなる。
数を頼みに抵抗しようとした酔っ払い達であったが、剣の柄に手をかけた所でさっきまでブチ切れ掛かっていたギャラリーの皆さんに羽交い絞めにされ、逆に自分達が数の暴力でサンドバッグにされてしまっていた。
最終的には身包み剥がされて路地裏に蹴り込まれた所で私からは見えなくなった。
酔っ払いをフルボッコにしたギャラリー達は、拳を打ち合わせて楽しそうに歓声を挙げると酒杯を合わせて乾杯している。……なにこの修羅の国。
「ハッ! ざまあみやがれってんだ!」
「ああ、今日の主賓にちょっかい出すたぁふてぇ野郎だ」
「ん? 主賓って何だ?」
「おいおい、知らずに殴ってたのかよビリー。あのお嬢ちゃん達がゴブリンから子供を助けてきたんだとよ」
「へえ! あんな綺麗な子らがか!? 俺ゃまたてっきり美人の看板娘に良いとこ見せようとしてるのかと思ったぜ!」
「それもあるけどな!」
「だよな! だと思ったぜ!」
そう言って彼らは膝を叩いて笑い合う。
………。
何て言うか、色々サーセン。中身こんなでサーセン。クローベルさんは本物なので勘弁して下さい。
アイドル扱いしてくる彼らに心の中で頭を下げ、路地裏に蹴り込まれた連中に合掌する。
まあ何だ。赤毛や彼らが修羅の国の住人だとしても、善意で助けてくれた事には変わりがないのだ。当然お礼を言うべきなんだろう。
「あ、ありがとうございました」
「いいって事よ。今は仕事中だろうからまた後で話を聞かせてくれや。おい、酒くれ、酒ぇ」
「酒くれじゃないわよ兄さんッ! 大人しくしていてってあれほど言ったのに、また騒ぎを起こしたの!?」
宿の中から血相を変えて飛び出してきたのは、三角帽子を被った黒いローブの女の子だった。 兄とよく似た赤毛。如何にも魔女風の衣服。脇には分厚い辞典のような青い書物を大事そうに抱えている。
ん? 魔術師風の格好で青色の書物って……? げっ!
思わず頬が引きつった。あの女の子、同業者じゃないか!?
これは拙い。
何が拙いかって、この世界のスタンダードな召喚術というのは、私の所持するグリモワールを模倣して発展させた技術体系らしいからだ。
内容としては劣化版グリモワールと言ってしまっていいだろう。召喚したモンスターを『支配』してビブリオ(当然魔法の書ではあるのだが『グリモワール』にリスペクトしているらしい)にモンスターの魂の一部を記述させる。契約ページを召喚の鍵代わりにする。ここまでで既に色々とグリモワールとは乖離があるのだが、見かけだけは近い物になったそうだ。
だが天秤システムに相当する物がない。常に術者が維持コストや魔物の制御を常時負担しなければならない。長時間召喚し続ける事は出来ないし、制御を誤ればモンスターが支配から外れてしまう事もある。
結果として同時召喚可能な数は熟練者でも多くても三種類程、という話だった。
一方で、方式が違うからかグリモワールより優れた点もある。
同じモンスターを複数同時召喚可能な点と、特定の種に対して術者との相性さえ良ければ、かなりの数を同時に召喚する事が可能な点、か。
当然ながら……グリモワール内部の箱庭なんてないし、SEを集めて力を引き出すとか召喚するとか、その他諸々の機能もない。
ああ、エクステンドだけは普通の召喚術士にも再現出来たんだっけな。
だからと言って使っても大丈夫かと言うと、そんな事はないのだが。
才能と知識のある召喚術士が、自身の持つビブリオに色々と魔法的な処理を施して、ようやく再現出来るか出来ないかという代物らしい。召喚モンスターがエクステンドを発動出来る事が一流召喚術士の証、みたいな扱いだったはずだ。
はっきり言って、私が召喚術士でございますと言って好き勝手にやると、オーバースペックに過ぎる。
これが門外漢なら誤魔化す事も出来るだろう。
だけど同業者は当然異常性に気付くリスクが大きい。同じ穴の狢だけに、普通の召喚術との差異には気を配っておかないと、すぐ異常性に気付かれる。
特に左手の紋章。これを見て解らないなら、その召喚術士はモグリだ。
「あン? 人助けだよ、人助け」
「また白々しい事を……。自分が暴れたかっただけの癖に」
うん。妹さんの見解には全面的に賛成だが。
それより、私はあの兄妹に色んな意味で関わり合いになりたくないのだが。
「おいおいメリッサ。だったら当事者に聞いてみりゃいいだろうが。なあお嬢ちゃん。人助けだったよなぁ?」
「何言ってるのよ。兄さんにその気が無くたって、兄さんの怖い顔でそんな事言われたら白い物だって黒って言うに決まって――え?」
メリッサの視線が私に向いて……そこで固まった。
目をこれ以上ない程見開き、わなわなと震えた。
これは……気付かれたか!? 左手は見せていないのに何故!? あっ、馬鹿か私は! 顔だ! 顔だけでばれる可能性があるじゃないか!? やっぱり止めとけば良かったんだ!
「兄さん、この子……この子は……!」
「ん? ――ああ。そういう事か」
赤毛が首を小さく振って渋面を浮かべた。まさか、あっちにもばれた……!? 身内が召喚術士なら、そういう事も有り得るか!?
どうする!? 誤魔化す? 逃げる? いやいや。ここで逃げたらグリモワール所持者ですって白状してるようなものじゃないか。何としてでも誤魔化さないと。
思わず後退したくなるようなメリッサの迫力。それに負けないよう、腹と足に力を込め、彼女の瞳を見つめ返す。
メリッサは放心したままで、よろよろと私の前までやってくる。そうして――
「何て――何て、可愛いらしいのっ!?」
彼女の口から出たのは、そんな、リビドー全開の叫びだった。
はい?




