表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/97

12 あしたのために ~淑女への道~

「姐御姐御。そろそろあっしらは断章に戻した方が良いんじゃないですかい?」


 街道を歩いていると、リュイスからそんな事を言われた。


「それはゴブリンだから?」

「そうでさぁ」


 街道は人の行き来がある。誤解されたら困るって事なんだろうね。

 言いたい事は解る。無用なパニックを招くのも本意ではないし、仕方ないか。

 ああ、モヒカンだの鋲やトゲと言ったコーディネートは問題ない。問題ないったらない。

 モヒカンイコール悪役という文化は、多分こっちには無いだろうから私も好き勝手したのだ。その辺の計算くらいはしている。……いや、本当にね?


 しかしそうすると、シルヴィアも騒ぎになってしまいそうだ。ソフィーの体力を考えるとずっと徒歩で歩かせるのもな。アッシュに乗せたり歩いてもらったりを繰り返しながら進む事にしよう。私? 私は街道に出てからずっと歩きだ。歩いて体力をつけるべきなのだ。


 ああ。悪目立ちすると言えば私の格好もドレスなんだった。でもこのドレス、優秀なんだよね。断章の種類が増えれば増えるほど自動で防御力が上がるなんて機能を持ってるから。

 ゲームバランスの兼ね合いもあるのか、適正レベルのモンスター相手には結構簡単に抜かれる程度の防御力なんだけど。

 と言うわけでこのドレスは脱がない方が良い気がする。アバター調整で地味めなデザインに変えておく事にしよう。


「ん、帰還については解ったわ。ところで、グリモワールの中にいる時って暇だったりしない? そうだったとしたら申し訳ないって思うんだけれど」

「そんな事ぁないですぜ。箱庭(あっち)の不満といや、姐御のお手伝いが出来ない事ぐらいでさぁ」


 リュイスは笑い、彼らは断章となってグリモワールの中へと戻っていった。


 箱庭。つまりグリモワールの中のお話。

 各々の心象と原風景に合わせた千差万別の楽園の夢、だったか。要するに自分にとって都合の良い、心地の良い夢を見ている事が出来るらしい。

 ……何でだろうな。何もかもが満たされたそれを、作り物めいた欺瞞なんじゃないかと思ってしまうのは。

 モンスターを留めておく為に必要なものだったのだろうかとか、そんな風に考えてしまうのは穿った見方なのだろうか?

 考えていた事が顔に出ていたのだろう。クローベルが少しだけ歩調を落として隣にやって来る。


「ご安心を、マスター」

「え?」

「道具が製作者の思ったように使われるとは限らないという事です。あのぬるま湯が嫌な者、飽きた者はそれぞれ勝手に集まって訓練していますよ」


 集まって訓練って。そんな事出来るの?

 箱庭では肉体的影響がないはずだから、普通の訓練のように身体能力が向上するわけではないのだろうけど……経験だけ増えてく感じになるのか?


「不満があれば、私達はそれをあなたに伝える事が出来る。召喚主と被使役者は本当の意味での対等になる事は出来ませんが、公正(フェア)であろうとする事は可能なはずです」

「それは……努力のし甲斐があるわね」


 責任重大だ。ほんとに。彼らが満たされているかどうかは結局私次第って事なのだから。

 うん。頑張ろう。皆に愛想を尽かされるなんて、御免だ。




 街道は森と違って行くべき方向が明確だし、視界も開けているので歩きやすい。モンスターの襲撃を過剰に警戒する必要もない。

 当然国の中央に近いほどよく整備されているものなのだが、私から見るとちゃんと整備されているのかどうかの基準が明確ではないので、程度がよく分からない。色々比較できれば見えてくるものもあると思うのだけれど。

 ただ、石畳の道がずっと続いている所を見ると、比較的中央か都市部に近い場所なのではないかと思う。

 となると町に辿り着くのも時間の問題と言えた。

 地方はその限りでもないけれど、ネフテレカでは街道沿いに一定の間隔で町を置いている。


 この世界の物通の主戦力になるのは陸路、運送手段は馬車だ。馬車馬を休ませる為の拠点が必要だからこそ、朝出発して日暮れには着くような位置関係で拠点が点在している。

 馬を充分に休ませる為には飲み水と安全が確保されていなければならず、そこには兵士達が派遣される。安全が確保されているのならば人が行き来する場所なのだから、商いだって行われるだろう。

 そうやって人が集まる場所であるなら宿泊の為の施設も求められ……そうやって街道に沿って発展した拠点は、宿場町と言われる。


 つまり、ある程度の大きさの街道ならそれ程長い距離を歩かずとも、やがて拠点にぶつかる、と言う事だ。

 私の考えを裏付けるかのように更に大きな街道へ出た。往来している人も目についてきたので、シルヴィアとアッシュはグリモワールに戻す事にした。

 人里で私のボディーガード役になれるのはクローベルだけだろうけれど、クローベルほど頼もしい護衛もいないだろう。いずれにしても、行き来する人がいるというのは良い。それだけで安心感がある。


 更に歩いていくと、やがて長閑なばかりだった景色の中に人工的な構造物が見えてきた。宿場町だ。

 町の入口と出口に物見櫓と兵士達の詰め所があるが……ああいった宿場町は何か事件でもない限り、割とフリーに通る事が出来たはずだ。

 当然有事には宿場町は関所に早変わりするし、犯罪者の素通りを許す程甘くはない。人相書きのチェックぐらいはしているだろう。

 とは言え、ネフテレカは割と延び延びとした気風の国なのである。兵士達の意識としては夜盗やモンスターの類への警戒に向いている。

 幌馬車に乗った商人達もいれば、帯剣して鎧をまとった男や杖を手にしたローブの男も目についた。……様々な人達が行き来している。


 町に入る際、兵士達にジロジロ見られてやや緊張したが……特に何も言われなかった。

 宿場町は交通、物流の利便性を高める為に、街道を中心とした町の作りになっている。

 街道脇に並んでいる建物自体は……やはり判断基準が私なので自信を持って言えるわけではないが、簡素な木造のものが多いように見える。とりあえず適当に話を聞いて情報収集をしてみる事にしよう。



「すみません、ちょっと良いですか?」

「ん? どうしたの?」


 宿屋から出てきた若い女性に声をかけてみると、愛想よく応じてくれた。頭に三角巾を被っているのでここの従業員さんか何かだと踏んだのだけれど。客商売を仕事にしている人ならそうそう邪険にされないだろうし。

 目を付けた宿屋は他の建物に比べると、やや立派な作りをした建物だ。

 一階部分は食堂兼酒場で、二階部分が宿になっているというプリグリでは割合スタンダードな作りをしている。店の外にもオープンカフェのような感じでテラスが出ていて、そこで食事をとっている人もいた。見た感じの雰囲気は悪くないし、お客もそれなりに入っているようである。


「この辺りは初めてなんですが、この街道の先ってどうなっていますか?」

「ザルナックに行けるわよ。大人の足なら一日もあれば着くかしらね」


 おおっ、方向はこっちで合っていたか。逆方向に戻らずに済んだ。


 次に……ゴブリンの襲撃事件の事も聞いてみよう。

 正直な所、私自身の事はそれほど急いでいないのだ。ここはプリグリ世界に密接に関係しているのだから分かっている事も多いし、ザルナックの図書館に行けば情報も集まるだろう。


「あの。もうひとつ聞きたいんですが、この辺でゴブリンの襲撃があって、村の子供が攫われたっていう話を聞いたんですが」

「……ああ。あの事件」

 

 女の人は眉を顰めた。一年ほど前に起きた事件になるらしい。

 ソフィーの叔母がいた村は、この宿場町から二日程行った場所にある開拓地だったらしいが、その後人が去って行き廃村になってしまったそうだ。『赤晶竜の領地』とその近隣の森に隣接する土地であったから、それなりに無理を承知で入植したらしいが、それでもシャーマンの率いる群れによる襲撃が実際にあったというのはかなりの衝撃であったのだろう。


「ザルナックから来ていた仕立て屋のバンハートさんを知っていますか? その娘さんも攫われたらしいんですが」

「バンハートさんなら知っているけど……最近見ないわね。詳しい事までは解らないわ。あたしが聞いたのだって人の噂で――って……あれ!? あんたバンハートさんの娘さんじゃないの!?」


 そこでその人は私と手を繋いでいる少女がソフィーだと気付いたらしい。

 いきなり詰め寄られたソフィーは驚いたように私の影に隠れた。


「ああっ、ごめんっ! ごめんね、驚かせるつもりは……! でも、え? いや、何で?」

「実はゴブリンの巣穴から逃げ出してきた所を私達と出会った次第でして。出来れば彼女を家族の所に送り届けてあげたいと」


 赤竜改め赤晶竜に追いかけられて迷い込んだゴブリンの巣穴で助け出して無双してきた、とか。ちょっと荒唐無稽過ぎて話せるもんじゃない。

 普通私のような女の子に出来る事じゃないからな。その点クローベルも同様だ。今はフードを被っているから顔は解らないけれど、フードから覗く口元だけでももう美人の雰囲気が滲み出ているし、長身痩躯の彼女が荒事に向いているようにはとても見えない。 


「そう……そうだったの。 ほんとに、良く無事で……そうだ! もう宿は決まってるの? うちの宿に泊まっていかない?」

「いえ、生憎持ち合わせが」


 何せ見事に無一文なのだ。何かしら合成術式で作って売るかななどと考えていたが……。 


「いいよいいよそんなの! あたしが父さんを説得するし!」

「でもただで泊めてもらうのは……」


 私はともかくソフィーやクローベルは、可能なら屋根のある場所で寝泊りさせてあげたいとは思うのだが……この娘さんの考えが宿の亭主の考えと合致するとは限らない。

 一方的な借りになってしまうのも気に入らないし、最初から私がただで泊めてもらう気満々というわけには行かないだろう。


 うーん。何かしら交換条件を提示出来ると良いのだけれど。

 そんな事を考えていると、目の前の女性はまた予想外の事を言い出した。


「それじゃウェイトレスの格好で呼び込みでもやってみる? あなたってほら、とっても美人だし、きっと父さんも納得してくれると思うわよ?」

「――へっ?」




 何の気の迷いか。

 中々悪くないんじゃないかな、なんて思ってしまった。

 ああ、ええと。ウェイトレスや呼び込みをしたいってわけじゃなく、グリモワールの力借りずにクローベルやソフィーを宿に泊まらせてあげられるっていう部分に惹かれた。


 クローベルには反対された。当然ながら。

 マスターにそんな事をさせるぐらいなら私が! と袖を捲くっていたが、私としては私が働く事でソフィーやクローベルを宿に泊まらせてあげられるならやらせて欲しいと、そう言ったら納得したのか引き下がってくれた。


 水場に行って旅の汚れを洗い流してから給仕の服に着替えて来てねと宿の娘のハンナさんに言われたので、水場に来て見たが……うん。衝立があって外から見えないようにはなっているが、問題は覗きとかじゃなく私自身の事なんだ。


 何て言うのか……コーデリアへの罪悪感がね。森の中じゃあまり考えないように思考を麻痺させていたし、余裕も無かったというのが正しいのだけれど。

 ぼちぼち慣れていかないといけないのは解るんだけど。三日四日じゃ、まだまだだなぁ。日常の色んな場面で戸惑う事が多い。……特に、トイレ関係の事とか。


 それに、だ。


 水を汲んだ桶を覗き込む。

 ……奇跡の産物がそこにはあった。

 菫色の大きな瞳は宝石のようで、見ていると吸い込まれそうだ。とりあえずピューラーも使っていないだろうに長くカールした睫毛は反則だと思う。

 通った鼻筋のラインはどの角度から見てもおよそ理想的な曲線を描いている。唇はふっくらとしていて桜色。艶やかで瑞々しい。そんな精緻な芸術品じみたパーツの数々が、新雪のような白いキャンバスに理想的な大きさとバランスで配置されていた。


 これだもの。「自分の顔」なのに暫く慣れられそうにないぞこれは。宿場町に着いた所でもがんがん人目を集めていた。


 余り考えないようにしていたが予想は付いていた事だ。

 プリンセスグリモワールの公式から出される主人公のアバター絵はどんなものであれ基本的に美女、美少女に描かれていたからなぁ。

 もし現実化したらこういう事になるのは、解りきっていた話ではあるのだろう。


 これほどの美少女、今まで見た事が無い程とは言わない。身近にいる。

 そう。クローベルだ。フードを外した彼女と一緒に並んだら、さぞかし壮観なのだろう。私も彼女みたいにフードを被っていた方がいいのか?


 けどフード集団っていうのも壮絶に怪しいしなぁ。

 注目は浴びても騒ぎにはなっていないから、今のところ私がコーデリアであるとは気付かれてはいないようだ。TVやインターネットがあるわけでもなし、こんなものなのかも知れない。

 左手の紋章が目立たないよう包帯を巻いておけば大丈夫だろう。


 しかし、これからウェイトレスの格好で呼び込みである。

 ……少し早まったかな。貸し出されたのはメイドっぽいエプロンドレスだ。実用一辺倒なデザインで、露出も低めだから許容範囲だと思ったのだけれど。今更前言撤回というのもな。腹を括ろう。


 あれ? どうやって着るんだこれ。背中の紐が結べない。

 四苦八苦していたらクローベルがやってきて着換えを手伝ってくれた。お手数おかけします。

 ……というかクローベルも給仕の服を着ていた。


「いや、クローベルに手伝ってもらうわけには……」

「いえいえ、私の仕事はマスターの護衛ですよ。この格好でいれば人込みの中にいても何時でもお傍でお守り出来ますので」

「……そうね」


 そう言われてしまえば私には反論の手立てがない。

 さぞかし壮観なのだろうなどと言っていたら、即現実の事になってしまったな。


 明るい所でフードを外した彼女の素顔を見ると、改めて見るまでも無くとんでもない美少女だった。

 年の頃は一六、七ぐらい。長身痩躯。手足も細くて長いので、何を着ても絵になるだろう。

 艶やかな黒い髪と肌の白さのコンストラストが、彼女のいるその場所だけをモノクロームに落とし込んだようだ。世俗と隔絶した雰囲気がある。

 歩く姿には何となく猫科の猛獣を連想させるしなやかさがあった。


 こんな風に観察していると見惚れてしまってキリがない。頭を小さく振って思考を切り替える。

 私がするべき準備はまだあるのだ。

 私がこれからもコーデリアである為にどうしても必要な物。習得しておかなければならない。


 コモン ランク10 淑女の作法

『淑女というのは修行僧に似ている。自らを理想の形に近づける為ならば如何なる艱難辛苦も厭わないのだから』


 コルセットを締めに締めて苦しそうにしている女の人のイラストである。

 女の子としてどこに行っても恥ずかしくない礼儀作法や身のこなしを身に着ける事が出来る……らしい。これも蛮族出身の姫には必須なカードなのだろう。

 消費SE一〇〇。やや重いけれど仕方が無い。コーデリアやそれに従う皆に、いらない恥をかかせられないからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ