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1 赤竜と全力タウント

 俺はどこかも解らない森の中でうつ伏せに横たわっていた。

 森林特有の、濃密な緑と土の臭いが鼻をつく。

 体を起こして周囲を見渡す。辺りには誰もいない。虫と鳥の声だけだ。


 訳がわからない。何だってこんな事になっているのか。

 眠らされている間に拉致でもされたのだろうか? でも誰が何の為に? 考えて見てもさっぱり解らない。

 体に異常が無い事を確かめてから、持ち物を確認する。

 着ているのは学生服と、その上に羽織ったコートとマフラーだ。傍らには俺の鞄も落ちている。中身を確認して見たが、現金なども含め、無くなっている物は無いようだ。だからと言って状況が好転すると言う事もないが。


 携帯は圏外だった。日付は一二月一八日、午後四時を示している。

 何だかな。午後四時にしちゃ太陽が高いような。時計の時刻なんて当てにならない、か?

 誰か居ないのかと叫びたいが、実行に移すのにも勇気がいる。不気味だ。少しの間呆然と立ち尽くしていたが、時間を無駄にしている場合ではないだろう。


 この状況――相当やばくないか?

 例えばこのままサバイバル生活になってしまうとして……役立つようなものはあるだろうか?

 鞄の中には飲みかけのお茶が入ったペットボトル。水筒として役に立つだろう。それから昼に残したケロリーブロックという四角いアレだ。当然満足できるような量ではない。因みにフルーツ味である。

 購買で買ったキャンディが入っていた。キャンディはカロリーが高いので山に行く時は持って行った方が良いとか聞いた事がある。これは心強い。

 ソーラーパネル付き充電器。携帯のライトがあれば夜間は使えるだろう。電波が届く所まで辿り着ければ救助が来る可能性だって十分にある。

 文房具類……カッターナイフとシャーペン。心許ないが武器代わりにはなるだろう。カッターはいつでも使えるようポケットに入れておく。

 折り畳み傘。雨に濡れなくて済むから風邪を引くリスクが減る。夜間冷え込むようならどちらにしろ駄目なんだけれど。

 さて。現時点で役に立ちそうと思える物はこんな所だ。後は携帯ゲーム機と教科書や大学ノートぐらいしか入っていない。……暇潰しと記録ぐらいには使えるかな。


 次。これからどうするか。

 俺の少ない知識から出てくる善後策なんて、山で遭難した時は尾根伝いに下山する、ぐらいのものだ。

 川を探すのは下策らしいが、ここは山ではなく平地の森である。尾根のような指針がない代わりに、川へ向かうのもそれほどリスクが高くないだろう……と思う。

 うん。川を探すか。その途中で人の手が入った道が見つけられれば御の字だ。

 川を目指す理由としては、飲物と食料の確保が急務だからだ。水と魚。その両方が川にはあるのだし。

 油性ペンを取り出し、ある程度の間隔で木に対して同じ方向、同じ高さで矢印を描きながら進む事にした。


 しかし、暖かい陽気だな。この格好じゃ少し暑いぐらい……で?

 んん? 暑い?

 ……そうだよ。何故最初に気がつかなかったんだろう。どう考えてもこれは一二月の気温じゃない。

 少なくとも日本であるならば、かなり緯度の低い場所という事になる。というか植生自体知らない植物ばかりなんだけれど。ここはそもそも日本なのかという、根本的な所に疑問符が付いた。

 異世界じゃね? などという馬鹿げた考えが頭の中にチラつく。参ったな。サバイバル開始早々現実逃避してないか、俺。


 まあ何だ。今いる場所の事はともかく、軽装で体力を消耗して凍死するよりはマシだ、と考える事にしよう。

 マフラーは鞄にしまって背中に負う。コートは腰に巻いておく事にした。持ち物を脇に抱えて、手を塞いだりしてしまうのは拙い。危険な動物と出くわさないとも限らないのだし。


 川の音が聞こえないか気をつけながら歩いていると、木の根元に人が入れるぐらいの大きさの穴を見つけた。

 恐る恐る覗き込んで見る。奥の方は暗くて見えないが、穴は広がっていて、かなり深そうだ。

 洞窟と言って良いのかもしれない。……探索する気にはなれないな。食料確保と森からの脱出が優先だ。

 だが、雨風を凌ぐ場合には丁度いいかも知れない。近くの木にマーカーで目印をつけておこう。


 川探しに戻ろうと再び歩き出し、不意に辺りが暗くなったのはそれからすぐの事だった。

 早速天気が崩れたんじゃないだろうなと頭上を見上げ――俺はポカンと口を開いた。


 まず目に飛び込んできたのはその巨大なシルエットだ。

 岩のような胴体。巨大な翼。大木のような手足。その先端に備わる鋭い鉤爪。

 腹の方は薄い紫色だ。腹以外は煌くような赤い鱗で覆われている。頭部からは白く輝く水晶のような角が二本生えていた。真紅に燃え盛るその目には確固たる意思と知性が宿っている。ただの獣じゃない。


 何故そんな事が言えるのかって……見上げて呆然としている俺と視線が合ったかと思うと――ソイツがにい、と笑ったからだ。俺どころか馬さえ丸呑みに出来そうな口の端を吊り上げて、杭のような牙を見せて。

 信じられない。空飛ぶ巨大なトカゲが笑ってやがる。

 しかもおよそ友好的じゃない笑みだ。

 あれは俺を気軽に摘んで食えるホットスナックか何かと思ってやがるような、そんな目だ。


 やばい、と思った時には、俺はトカゲに背を向けて全速力で逃げ出していた。

 トカゲ、何ていう表現で自分を誤魔化すのは止めよう。

 (ドラゴン) 。あれは(ドラゴン) だ。

 すぐ使えるようにカッターナイフを忍ばせておく? 危険な動物に遭遇したら?

 馬鹿じゃねえか? あんなもの埒の外だ。


 後ろの方で地響きがした。肩越し振り返ると竜は地上に降りてきて、木を薙ぎ倒しながら俺を追いかけてきている所だった。

 最悪、だ。しかも笑ってやがる。愉しそうに。

 上空から俺を掻っ攫おうとしないのは木が飛行の邪魔になるのか、それとも狩りで遊ぶつもりなのか。ふざけやがって。クソッ、クソが!


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッアッ!!」


 竜が吼えた。ただそれだけで物理的な衝撃を伴う波となって、俺の身体はゴロゴロと無様に転がった。台風の前の木切れと同じ。それぐらいスケールに差があるって事だ。

 だがまだ俺は諦めちゃいない。望みを捨てちゃいない。抵抗なんか到底無理だが、あのクソの思うようにはさせない。

 あちこちぶつけて痛む身体を無理やり起こして更に走る。見えてきた。さっきの洞窟だ。あそこに逃げ込みさえすれば、助かる、かもしれない。


 背後からはまだ木をへし折る音が聞こえてくる。段々近付いてくる。

 洞窟の入り口まで後十数メートル、という所で、破砕音が止まった。

 諦めたのか。確認している暇があったら一気に駆け込むべき。そう思っていたが、猛烈に嫌な悪寒に襲われ、俺は再び振り返った。


 そこで見たのは、大きく胸を膨らませて上体を仰け反らせる竜の姿。

 ……いや、それは――ちょ、やばッ!?

 竜が何をしようとしているのか瞬間的に察して、全力で俺は横に飛んだ。直後、轟音と共に俺のいた場所を青白い光の帯が薙いでいった。地面を抉り、木を二つに切り裂き――視界の遥か先の先まで――森を叩き斬るようなとんでもない一撃。

 今のは、竜の吐息(ブレス)って奴か? 吐息というかレーザーみたいな一撃だった。

 とんでもない熱量だ。切り裂かれた地面がガラス質になっている。


「は、ははっ」


 笑いが漏れた。上手く避けられたのはほとんど偶然みたいなものだったが、ともあれ、その一撃を回避したのだ。俺が洞窟に逃げ込みそうだったから遊びを止める事にしたってか?

 俺はそのまま走って洞窟の入り口まで辿り着くと、竜に向かって振り返って、躁的な笑みを浮かべたまま中指を立てる下品なジェスチャーをかましてやった。


「当てが外れたなクソトカゲが!」


 やはり竜は高い知性を持っているようだ。言葉が通じるとも思えないが、取るに足らない食い物から馬鹿にされた事は正確に察してくれたらしい。

 その時の竜の表情と来たら。こう、なんというか。一瞬呆気に取られたようなポカンとした表情になって、その後牙を剥き出しにして咆哮すると、こちらに向かって怒りも露に迫ってくる。


「うわはははっ! やべっ! やっべーっ!」


 多少なりともやり返してやれたような気分になったので、俺はゲラゲラ笑いながら洞窟の中に飛び込んだ。

 これで……すぐ行き止まりになってしまって食われる運命だとしてもだ。

 吠え面かかせてやれただけ上出来だ。

 普通あんなのに絡まれて生きてるのがおかしいぐらいだからな。

 勿論、このまま逃げ切れたら言う事はない。上手くいったらお慰みって奴だ。

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