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養殖天然の彼女  作者: 天川
本編
9/26

彼女の本性

R15です。性的、暴力的描写があります。レイ○(未遂)の表現があります。ご注意ください。

平穏だと感じた日常は未だ仮初に過ぎず、九条霧子は、早稲泉と久田條二を諦めていなかった。

しかも、恨みを買ってしまったようで、そこに私も入っているようで。

面倒くさいことに、九条霧子は最悪な方法に、手を出してしまった。


九条霧子は、顔がいい。強気な性格が顔に出ていて、それは自信と美貌となって現れる。そして、偉そうな分、女王の風格とでもいうのだろうか、人を従えるのがうまい。

それは、男にも例外がないようで、彼女は二人の男をひきつれて、待ち合わせをしていた私と早稲泉を、人気のない場所に連れて行った。

ドラマで見たことがあるような、そんな唐突な出来事に私たちは何も抵抗できないまま、使われない廃屋に放り出される。


早稲泉はおびえた表情で、私は、どんな表情でいればいいのか分からなくて、ただ九条霧子をじっと見つめた。

彼女は言う。


「あんたたちの好きにしていいわよ」


どうやら本当に、九条霧子は狂ってしまったようだ。

鼻息を荒くした男たちは、年齢相応に、何かしら溜まっているのだろう。

床に、ごちそうのごとく転がる私たちに圧し掛かる。

けれど、これでひるむ私じゃない。貞操の危機に、演じているほどの余裕は私にはなかった。

少なくとも、『能天気で平和ボケした天然の私』は消えていた。


圧し掛かってきた男に、私は思いっきり頭突きをくらわせた。予想していなかった反撃に、男はひるみ、頭を押さえる。

私はその隙に男の下から這い出て、完全に怯えきってしまった早稲泉の上に乗っかる男を蹴飛ばした。足は男に直撃し、男は早稲泉から離れる。そして、なんとか逃げ出そうと、早稲泉を起こそうとしたら、頭突きをされた男が私を殴った。

凄まじい痛みと衝撃に襲われ、身体が浮く感覚を味わいながら床に打ちのめされる。

意識が朦朧とし、視界が真っ黒になる。けれど、男は物足りないのか、私の体を飽きずに蹴っ飛ばした。

早稲泉が泣き叫ぶ声が聞こえた。私の中で一瞬意識が途絶えた。


ピクリとも動かなくなった私を、気絶したとでも思ったのか、彼は私に興味をなくし、代わって早稲泉の元に行った。

私は気絶していなかった。ただ、痛みに体が動かなかったのだ。

私は痛みに耐えながら、男達が早稲泉の両手首を抑え、制服の下に手を入れ、性急に体の感触を味わっているのを見る。

そして、男たちが早稲泉に夢中であることをいいことに、私は近くに転がっている開けっ放しのカバンの中に、そっと手を入れた。

九条霧子は興奮した様子で、離れた場所から早稲泉が襲われているのを傍観している。こちらには見向きもしない。好都合だった。

私は筆箱を開け、中からカッターを取り出した。早稲泉の叫び声が聞こえる。

もう、私は『平和ボケした天然な私』ではなかった。友人の悲痛な叫び声を聞いても、冷静でいられる私であった。

きっと、もう、『私』には戻らないだろう。だって、こんな面倒なことになるなんて、本当に思っていなかったから。


私は瞬時に起きだし、九条霧子の元へ、痛む身体を駆使して走った。

夢中になっていた九条霧子は私に気付くのが遅く、ましてや私が反撃するなんて思いもしなかったのだろう。彼女は小さな叫び声をあげて、私に捕まった。

男たちは行為を止めて、九条霧子と、彼女を後ろから拘束する私を見る。

私は九条霧子の首に片腕を回して、彼女の首を絞めつけていた。言葉が出ない程度に押さえ付けているつもりだが、きっと満足に息もできないだろう。彼女は暴れながら、私の腕を外そうと暴れる。

私は、カッターを九条霧子の”目の前”に突きつけた。私がカッターを引けば、九条霧子の目は切れて見えなくなるだろう。文字通りの”目の前”の恐怖に、九条霧子がすくむのが分かった。

私は出来るだけ低い声で、男たちに言う。


「早稲泉から離れろ」


男たちは目くばせをすると、ゆっくり早稲泉から起き上がった。

早稲泉は目じりから涙を流しながら、それを呆然と眺める。きっと、彼女の中で何かが壊れてしまったのだろう。乱れた着衣を正すことなく、ただ涙を流す。私は、こちらを向いて動き出した男たちに言った。


「動くな」


その時、かすかに動いたカッターの刃が九条霧子の頬骨をこすって、切れた。わざとではなかったが、九条霧子の恐怖心を煽るには十分な効果をもたらした。


「きゃあああいやああ!」


早稲泉に負けない程の声で、彼女は叫んだ。私はもう一度カッターを”目の前”に持ってくる。途端に、その場が緊張に包まれる。男も、完全に動きを止め、こちらを凝視していた。

好都合だ、と思った。


「お前ら、もうこのまま帰れ。・・誰にも言わないから」


私がそう言えば、今にも人を切り殺してしまいそうな雰囲気に耐えかねたのか、関わりたくないとばかりに二人は逃げて行った。それを、九条霧子が泣いて呼び止めようとする。喉を抑えつけられた叫び声は、まるで断末魔のようだ。

彼らはその声にますます恐怖心を煽られ、たちまち姿は見えなくなった。

九条霧子は、頬から血を流し、声を枯らして呆然としていた。これではまるで、私が悪者のようだ。

早稲泉は、男たちがいなくなったことで、やっと嗚咽交じりに泣きだし、体を起こした。

私は、非常に怒っていた。


「ねぇ、九条霧子。あんたのせいで、こんなに面倒なことになった」


そう言って、のど元の大事な血管がある場所に、カッターの刃を移動する。

彼女は、体を震わせる。


「殺したい」


私がそう囁けば、彼女は震えながら「いや」と、はっきり言った。


「こんなことになった原因の九条霧子を、私は殺してしまいたい。殺してしまえば、もうこんなことは起こらないでしょう?」


その声は、早稲泉にも聞こえていた。彼女は涙をこぼす目で、私を驚きの満ちた目で見つめる。


「やめて!」


早稲泉が、そう叫ぶ。乱れた衣服を、いい加減直して欲しい。

私は、早稲泉に淡々とそれを告げる。

彼女は慌てて衣服を直したかと思うと、また言った。


「京子ちゃん!やめて!」


私は首をかしげる。


「でもさぁ、泉ちゃんはこいつのせいで散々な目にあったんだよ?私も面倒なことに巻き込まれて、ほんと、九条霧子さえいなければなぁ」


私は『能天気で平和ボケした天然な私』を演じ続けれたのに。

ああ、でも、それでも、この面倒事は巡ってきたのだ。じゃあ、別にいいか。

喉を絞めていた腕を緩めると、九条霧子が震える声で言った。


「・・・あ、あんた誰?」


その問いは、もっともだ。だって、今の私はみんなの知る『早川京子』とはかけ離れている。面倒事が嫌いで、冷淡で薄情な私など、誰も知らない。


「早川京子だよ」


九条霧子の問いには、その答えしかない。

私は、『嘘の私』を含めて、早川京子なのだ。

そこで、一人分の足音が近づいてきた。それは、久田條二だった。今日は、彼と早稲泉と私で、帰るつもりだったのだ。きっと、探し回ったのだろう。どうやってここまでたどり着いたのか知らないが、汗が滴っている。彼は早稲泉に駆けより、私と九条霧子を仰ぐ。



「早川!」


「何?」


「・・・九条を、離してやれ」


・・・分からない。こいつは、面倒ばかり起こす、早稲泉をいじめていた張本人なのに。

私は、ふざけてそう言う。


「でも、こいつが、早稲泉をいじめていた張本人なんだよ?どうでしょうか、いっそ、ここで処分してしまえば」


こいつ、嫌いでしょう?


久田條二は、早稲泉と同じように、驚きに目を見開いた。そして、苦々しげに、九条霧子を睨む。

対して、九条霧子は、泣いていた。しきりにごめんなさいと呟いているのが、うっとしい。あまり、おもしろいものではなかった。

久田條二は、顔を顰めてもなお、告げた。


「・・・離してやれ・・・早川」


結局は、そうなるのだ。なんだ、と若干落胆しながら、私は九条霧子を拘束していた腕を離す。彼女は、悲鳴を上げて、この場から転がるように逃げて行った。


その姿を、私はぼんやりと見送る。そして、早稲泉と、久田條二に向き直った。


「行っちゃったね」


そう言うと、二人の警戒が強まった。二人の目が疑いと警戒に満ちたまま、まっすぐ私に向けられている。

私はカッターを出したままなのがだめなのかと思い、カチカチと音を鳴らして、カッターの刃をしまった。

そして、何事もなかったかのように、歩を進め、落ちているカバンを拾い、カッターを筆箱の中にしまった。

その間、二人はずっと警戒していた。カッターを片づけたのに警戒しているということは、やっぱり私を警戒しているのか。

二人の友人という立場は、いつか面倒事に巻き込まれるだろうと、ありがた迷惑な話だと思っていたのに、思っていたより早く、別れの時が来たようだ。潮時だ。

私は、二人に向き直る。

黙ったままの二人に、私は告げた。


「もうこんな面倒くさいのに巻き込まれるのは御免。だから、もう関わらないでね」


そう言って、その場を去ろうと、踏み出す。

どこか名残惜しいのに、体と口は、あべこべのことをする。けれど、私の性根からすれば、当然の行動だった。


「ちょっと待て」


久田條二が呼び止める。


「お前、本当に早川京子なのか?」


私はそんなことかと、ゆるく笑った。けれど、当然だ。今まで一緒にいたのだから。


「うん。私、早川京子だよ。でも、みんなが知ってる早川京子じゃないの。私、本当はあんな性格してないの。ごめんね、今まで騙してて」


二人の驚いたような、傷ついたような、顔。

ああ、どうしようか、また、『私』になろうか。けれど、いくら偽ったって、もう戻れない。もう、どうしたらいいのか、よく分からない。


早稲泉が、久田條二に支えられながら、言う。腰が抜けたのだと今頃気付いた。


「あの・・もう一緒に居れないの?」


「うん」


「私達と一緒にいるの、めんどくさいって思ったの?」


「・・・・うん」


そこで、早稲泉が顔を俯けて、何も言わなくなる。泣いているのかと、罪悪感を覚える。だったら、嘘でも「そんなことない」と言えばよかったけれど、私はもうこの二人と離れるのだ。

だったら、嘘を吐く必要もない。いっそ、嫌ってくれれば、私の不安定な心にも、踏ん切りがつく。


「私、早稲泉がいじめられていたことも、九条霧子がいじめていたことも知っていたよ。だからと言ってどちらの味方になるつもりもなかったし、その原因になった久田條二と、さっさと別れればいいって思ってた」


その言葉に、二人はますます傷ついた顔をする。それもそうだ。今まで友達と思っていた奴に、言われるんだから。本当の私だったら、二人と友達になることもなかったんだ。


「あんたたち二人といて、本当に面倒なことばっかりだった。正直、迷惑だった。私、面倒くさいこと嫌いなのに」


「そうだったんだ・・・今まで、気づかなくてごめんね」


早稲泉の呆然とした声。

彼女を傷つけた。ありありと伝わってくるその事実に、胸が苦しくなる。

そんなに傷つくぐらいならいっそ、嫌ってくれればいい。そして、私の心と決別させてくれ。

そう思うのに、


「でも、一緒にいてくれてありがとう」


早稲泉は、そんなことを言い出す。

なんで、そんなことが言えるんだろう。私は、二人の悪態しか言っていないのに。襲われて、それでも有難いと、頭がおかしくなってしまったのだろうか。驚いて目を丸くする私に、早稲泉は泣き顔を上げて告げる。



「私、京子ちゃんと一緒にいて、救われてた。京子ちゃんが何て思っていようと、一緒に居てくれたことに、救われていたの」


だから、ありがとう。今まで、迷惑ばかりかけててごめん。


彼女はそう言った。

最後に笑って、泣いて、彼女の嗚咽が響く。


私は、ただ驚いていた。そんな風に思われていたなんて、これっぽっちも考えていなかったから。『私』という、嘘で成り立った存在が、彼女を救っていたなんて、思わなかったから。

けれど、これからはその『私』はいない。面倒事が大嫌いで、薄情な、二人から離れていく私が存在するだけだ。

きっと、これからは何があっても、彼女を救うことなどできないだろう。

彼女が望む『私』ではもういられないのだから。

その考えが私の中を支配して、やはり二人から離れることを選ぼうとする。


今まで黙っていた久田條二が、私に言う。


「早川、俺からも、ありがとう。どんなお前であれ、泉を救ってくれたことに変わりはないんだからな」


あんなことを、別れればいいと言ったのに、久田條二までそんなことを言う。本当にもう、なんだろうこの二人は。私の予想外のことを、やってのける。そんなに私を巻き込みたいのか。もう、私は救えないのに。


私は内心動揺しながら、冷静を装って二人に告げる。


「そう、なんだ。全然気づかなかった。でも、もう『私』は私に戻るから。もう、救えないから」


さようなら、と言う前に、早稲泉は、「そんなことない」と笑った。

言葉が止まる。彼女が何を言っているのか分からない。今までのように救ってくれるとでも考えているのだろうか。お門違いだ。

けれど、彼女が言ったのは、それを覆す言葉だった。本当に、彼女は予想外のことをやってくれる。


「京子ちゃんは、また救ってくれたよ。今度は、本当に私を助けてくれたの」


ありがとう。本当に、ありがとう。


彼女の言葉が、私の中で響く。

ああ、そうだったんだ。また、気づかなかった。

私、今、早稲泉を助けたんだ。救うことができたんだ。

私でも、できたんだ。

どうしよう。そのことが、こんなにも、うれしいなんて。

胸の内から湧き上がってくる感情に、私は揺さぶられる。不安定な心がますます不安定になって、夢のようなことを考えてしまう。

このまま、一緒にいたいなんて。

面倒なことだっていっぱいあるだろうに、それでも、願ってしまうのは。


私は、そっと二人の元に、歩み寄った。

早稲泉と久田條二を見下ろして、不器用ながらも、溢れそうな思いを、言葉に乗せる。


「私、二人のこと、好きだよ」


そうだったんだ、と言ってみて実感した。好きだから、こんなに一緒にいたいんだ。

面倒事ばかりでも、私が邪魔者だと分かっていても、二人と一緒に居たいと願ってしまった。

それほど、私は二人が、二人と居る空間が好きなんだ。だから、二人と別れるのが名残惜しかったんだ。


二人の驚いた顔が目に映る。そして、早稲泉がまたぽろぽろと泣き出した。けれど、それはさっきまでのとは違う。悲しみなんてなくて、あるのは驚きと、喜びの色。


「私も好きだよ」


早稲泉は、泣きながら、ぽつりとそう言った。

その言葉が、たったそれだけの言葉なのに、私はうれしくて、思わず頬が緩んで笑ってしまう。


そんな私たちに、久田條二が、


「なぁ、お前は本当に俺たちと関わらないつもりか?本当に、それを望んでいるのか?」


そんなことを問うから、


「本当は、一緒にいたいよ」


と、素直に答えてしまった。


久田條二はそれにうれしそうに笑う。


「じゃあ、一緒にいればいいじゃないか。確かに、面倒事ばかりかもしれないが」


「それでも一緒に居たいと、思ってしまったの。自分でもびっくりしてるぐらい」


その言葉に、早稲泉と久田條二の笑みが深まる。


私は、もう二人を救えないかもしれない。もしかしたら救えるかもしれない。

けれど、どちらにしろ、二人が、私のことを友人だと、好きだと言ってくれるなら、私は一緒に居たいと思う。たとえ、どんなに面倒事に巻き込まれたとしても、構わないと思うほどに。

私は、こんな私を知ってもなお、一緒に居て笑ってくれる二人が好きで、そんな二人といる空間が好きなのだ。

だから、そんな二人が私を望んでくれることがどれだけ有難くて、嬉しいことか。

一緒にいることを望んでくれたことに思わず「ありがとう」なんて言えば、二人はおかしそうに笑う。

その度、私はますます二人を好きになっていくのだ。





以上で、養殖天然の彼女は終わりです。読んでくださりありがとうございました。

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