彼女といじめ
いじめの表現があります。ご注意ください。
私と早稲泉の所属する部活は違う。だから、放課後は別行動になるわけだが、九条霧子はそこを狙ったようだ。
部活を途中で抜け出し、トイレに行く。友人に誘われて入った部活だが、その友人も今ではよそよそしい。もう辞めてしまおうか、なんてことを考えながらトイレに入ると、そこには九条霧子と、名前の知らない二人の女子がいた。
三人は、入ってきた私に振り向く。
一方、私は目の前の光景に驚いていた。
トイレの個室の前に机が置いてあって、扉を閉めている。
その上、二人(以下モブA、モブBとする)が何故かバケツを持っていた。
「? これから掃除するの?」
首をかしげてそんなことを言えば、九条霧子は苛立った様子で、私を睨み、舌打ちする。
「そんなわけないでしょ。あんたはさっさとどっかに行きな」
けれど、『私』は剣呑な空気を読まない。
「? よく分かんないけど、霧ちゃんがこの時間まで学校にいるのって珍しいね」
『私』はこの状況下で、世間話を始める。
「もしかして、みんなでトイレ? だけど、バケツを持ってどうするの? あと、その机って・・・・もしかして、便器にあってはならないものが残ってたり?」
私は顔を青くする。黙ったままの九条霧子に対し、モブAがバケツに水を入れ始める。
その様子に、『私』はやっぱりそうなんだ、とますます狼狽えた。
「え、どの個室?」
そう言ってトイレの個室を覗きこんでいると、モブAがバケツの水を私の頭の上からぶっかけた。
呆然と立ち尽くし、九条霧子たちに振り返る私に、モブAとBが言う。
「うっせぇんだよ。黙れ」「あんた、ウザい」
私は放心したまま自分の姿を見て、自分が水をかけられたことを改めて確認する。
閉じられたトイレの個室から、かすかに早稲泉の声が聞こえた。
私は大きく息を吸う。泣くのか、と九条霧子の顔がニヤついている気がした。
けれど、私の胸の中は喜びで溢れていた。モブ達の愚かな行為に感謝すらした。
あとは、私が行動するだけだ。
私は、精一杯大きな声を上げた。
「きゃー!!いじめだー!」
私は叫んで、九条霧子たちを退けて、その場から走り去る。
後ろから九条霧子たちの慌てた声がしたが、構わず部室まで走る。
走っている間、私はにやけそうになるのを必死にこらえた。
『能天気で平和ボケした天然な私』がいじめを自覚したら、まず大げさに騒ぐ。それが九条霧子たちにとって一番やっかいなこと。
私はざまあみろと嘲る。水をぶっかけられたことも癪だが、これであいつらがこっぴどく怒られ、今まで隠され、見ない振りをされていたことが公になればいい。
本当に、ざまあみろ、だ。
私は部室に着くと、顧問の先生に濡れたまま駆け寄り、
「霧ちゃんが狂った!」
と喚いた。先生は動揺しながらも私に連れられて女子トイレまで来て、そこで個室に閉じ込められて泣いていた早稲泉を見つけた。九条霧子とモブ達は既にいなかった。
私は犯人を知っていると、ありのままのことを先生に告げ、できるだけ騒ぎまわった。
後日、九条霧子とモブの二人は反省文を書かされ、停学となった。
これで、私の学校生活にやっと平穏が訪れた。
早稲泉と久田條二に感謝され、私は照れる。
きっとこのカップルはこういう壁をまだいくつか越えなければいけないだろう。
そんなことを思いながら、私は結局、早稲泉と久田條二との縁を切ることができなかった。私は、この二人の『友人』となっているからだ。できれば面倒事を避けたい私には、これからも巻き込まれることを思うとありがた迷惑な話しだ。
一方、私自身は、物事を断りきれないこの『能天気で平和ボケした天然な私』を演じることに、もはや面倒くささを感じていた。この性格のせいで、私は面倒事に巻き込まれている。
それを、自覚するしかなかった。