彼女と早稲泉とその彼氏
放課後。
部活が終わった後、私がトイレに向かっていた時だ。
早稲泉が、私の前に現れた。そのことに驚くが、用件は何か、すぐに分かった。
早稲泉は私に謝る。
「ノート、直接返せなくて・・・ごめんなさい!」
私は驚きながらも、いいよいいよと笑顔になる。
「別にいいって。それよりも・・・ノートの絵、見た?」
恥ずかしがる私に、早稲泉は思い出したのか、クスッと笑いをもらす。
「うん。かわいかった」
「ああ!見ちゃったんだ・・・恥ずかしいなぁ」
照れる私に、早稲泉はなぜか、少ししょんぼりとした様子に戻ってしまった。
「本当に、ごめんね。返そうとしたんだけど、その前に九条さんに取り上げられてしまって・・・」
「霧ちゃん、世話焼きだねぇ」
霧ちゃん、と親しげな呼び名を、早稲泉は繰り返す。
私が決して、早稲泉の味方ではないことを実感したのだろう。少し、泣き顔に似た笑みを浮かべる。私はその表情に、少し、罪悪感を覚える。
「ほんと、そうだね」
そう言った彼女に、男の声がかかった。
学校一のイケメンと呼ばれ、早稲泉がいじめれられる原因となった、早稲泉の彼氏。私はこの男の一体どこがいいのだろうと、特に接点もないためつくづく不思議に思う。囃し立てる彼女たちの気が知れない。
彼は早稲泉の元まで走ってくると、彼女といくつか会話した後、こちらに振り向いた。
その目は明らかに警戒していて、大方、私が早稲泉をいじめていたとでも勘違いしているのだろう。その少し吊り上った目も含めて、犬みたいだ。忠犬だ。
大体、彼女のことが本当に好きなら、そして自分の立場を本当に理解しているなら、彼は彼女と別れるべきなのだ。この男の、そういう鈍感なところが、きっと『私』よりずっと性質が悪い。これからもずっと、早稲泉を傷つけるだろうに。
私は、人のいい顔で笑う。何事もないように、彼が何者であるかすら知らないかのように、人懐っこく、笑う。
「こんにちは。泉ちゃんの彼氏?ラブラブだねぇ」
そんな茶化す言葉をかければ、彼は若干毒気が抜かれた様子で、早稲泉は恥ずかしそうに顔を赤くした。
私も照れくさそうに、動揺した様子を見せながら、この場から去ることにした。
「ひゃー、なんかこっちが照れてきた。私、お邪魔かな?もう行くね」
じゃあね~とフレンドリーに手を振って、その場を通り過ぎる。
早稲泉も、じゃあね、と手を振ってきた。その間も、彼氏は疑り深くこちらを見ていた。
ああ本当に、ナイトというにはおこがましい。彼は、飼い主を守ろうとする忠犬そっくりだった。