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養殖天然の彼女  作者: 天川
偽善者の彼
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彼といじめ

~いじめ編~

あれからというもの、いつもと変わらない日常が続いた。

友人と程よく絡んで、そしていつものようにさっさと帰ろうとしていた時のことだった。


一瞬、幽霊でも見たかと思って身がすくんだ。

トイレの近くに立つ制服を着た女は全身濡れていて、茫然と立つ姿は生気を感じさせず、この世のものに感じさせなかったから。

しかし、しばらく経っても消えずに、体が少し震えていることに気付いた時、ようやくそれが早稲泉だと気付いた。

そのあられもない姿に愕然とするが、すぐに体が動いた。

ほぼ考えなしの行動だったが、近づいてきた人の気配に早稲泉はビクッと体を震わし、そして水が滴る黒髪の間から俺を見る。たちまち驚きに彩られるその目を、俺は険しく見返しながら、すぐ隣の男子トイレに連れ込んだ。

男子トイレの個室を使う奴なんて、そうそういない。

見慣れないだろう小便用トイレから目を逸らす彼女は俺に引っ張られるままに連れられ、そしてそのままトイレの個室に閉じ込められた。

すると、トイレの個室にはトラウマでもあるのか、すぐに扉がたたかれる。もちろん、押さえているため開きはしないが。


「出してください!」


さっきまでとは打って変わった必死な声が聞こえてくる。

しかし俺はそれを無視して、心底呆れたとばかりに彼女に言った。


「お前、馬鹿か?」


そう言った途端、叩かれる音が止む。

俺は静かになったのをいいことに、話を続けた。


「どうして自分がこんな目に合ってるのか、分かってんだろ?だったら、どうして別れない」


彼女は個室から、震える声で答えた。


「わ、私が好きで、付き合っているんです」


その答えに、ため息を吐く。

こいつも、やはり理解できない。


「あんなやつのどこがいいんだ?俺にはちっとも理解できないし、そもそも『好き』だとか、そういう許容を越えてるだろ」


「り、理解してもらわなくてもけっこうです」


震えているが、強気な言葉。


「そ、それなら、私だって早川くんのこと全然わかりません。優しくしてくれたと思ったら、知らないふりをするし。い、今だって、どうして私を閉じ込めているんですか」


彼女の言葉に気付く。

どうして、俺はこんなことをやっているんだろう。

別に、あの茫然自失した早稲泉なら、あのまま素通りしたって俺に気付かなかっただろう。なのに、わざわざトイレの個室に閉じ込めてまで、詰問めいたことをして。


最初は、ただの打算だった。自分のための行動だった。

なのに、今は彼女のために動いているようだ。


不可解な行動に、自分自身でイライラする。


「しらねーよ!」


八つ当たりにそう言って、扉を強くたたき返してやった。

彼女がたたいたものよりも何倍も大きな音を立て、中から「きゃっ」と怯えた悲鳴があがった。


「お前が懲りずにいつまでも馬鹿なことしてるから、見てるこっちまでイライラするんだよ」


言いがかりだ。


「な、なら、放っておいてください。私は好きで、彼と居るんです。だから、放って、おいて」


泣きそうな彼女の声に、同じ言葉を繰り返す。


「だから、それが馬鹿なんじゃねーかって言ってんだよ。現にいろんな奴に嫉妬されて、いじめられて、それでまだ『放っておいて』なんていう希望論、よく言えるな。てゆうか、よくまだ好きでいられるな」


思ったことをそのまま曝け出す。

体裁だとか、そんなものを今は気にしている余裕がなかった。本当に、イライラする。


「・・・じゃ、じゃあ、どうしてあなたは、私に飴をくれたり、今だって、説得するみたいに、話すんですか?イライラするって言ったけど、やっぱりそ、それは、早川君の優しさでしょ?私も、すごく嫌になるときもあるけど、やっぱり彼のことがずっと好きで・・・」


「はぁ?優しさ?」


思わぬ言葉に鼻で笑ってしまう。

本当に頭がお花畑なんだと思った。


「俺は、俺の体裁を気にして話しかけただけだし、今だって、お前の馬鹿さ加減にイライラして、呆れているところだよ」


それのどこに優しさなんてものがあるんだ。


やっぱり馬鹿だこいつと再認識しながら、彼女が息を飲む音を聞いた。

そしてひっそりと、微かに、けれど確かに、頼りない声が聞こえてきた。


「でも、やっぱり、それでも、私は好きなの」


人の感情とは、実に不可解だ。

俺にはとても理解できないし、共感もできない。

ただ一つ分かるのは、決してこの状況に屈しない早稲泉こいつはとても馬鹿で、でも、俺には無いものを持っているということだ。


何故か毒気が抜かれてしまった気分で、閉じ込めていた早稲泉をあっさりと解放する。

涙を浮かべてこちらを見つめる早稲泉に、思わず、


「お前って本当に馬鹿なんだな」


としみじみと言ってしまえば、彼女は顔も体もびちゃびちゃに濡れたまま、少し誇らしげに笑みを浮かべた。


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