彼と早稲泉とその彼氏
~お礼編~
部活が終わり、さっさと帰ろうと校内を歩いていたら、思わぬものに捕まった。
「す、すいません!」
急いで駆けてくるそれに、ゲッと顔をひそめてしまう。
しかし彼女はそんな俺に気付かないのか、息を切らし、頬を赤くして、そして立ち止まったかと思うと、思いっきり頭を下げてきた。
「あ!あの、ありがとうございました」
頭を上げ、しかし視線は恥ずかしげに下を向いている。
俺はそんな彼女に、とぼけることにした。
「は?なんのこと」
たちまち彼女の表情が驚きに固まり、視線が俺に向く。
「え?」
「俺、あんたと関わったことあったっけ?」
あえて、柄悪く絡んでみる。
これ以上、彼女と関わりたくなかった。あれは必要最低限の交流にすぎなかったし、打算的な行動だったのだから彼女に感謝を言われる筋合いもない。
彼女は戸惑いながらも、ああ忘れてしまったのかとぎこちない笑みを張り付けながら、言う。
「あ、あの、この前、放課後に、たまたま教室で会って、それで飴くれて」
なんとか思い出してほしいようだ。
俺はうんざりとばかりに、顔をひそめた。
「あのさぁ、それきっと俺じゃないよ」
全く身に覚えがないと、否定の態度を取る。
すると、彼女を見るからに最初の高揚も消え、項垂れてしまった。
「そう・・・なんだ。ごめん、なさい。勘違い、しちゃったかも・・・」
自分を納得させるように、自分に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で彼女はそう呟く。
そこで少し、嫌な予感がした。
しかし、既に遅かった。
「泉!」
駆けてくる足音と必死な声が聞こえてきて、反射的に振り返る。
その人物に、思いっきり顔をしかめてしまったのはご愛嬌だ。
まさか、いじめの原因になっている、俺が毛嫌いしている本人が登場してくるとは思っていなかった。
久田條二は俺と早稲泉の間に入ってくると、思いっきり俺を睨みつけてくる。
明らかな警戒心に、うわ、めんどうくせぇ、と感じるのはどうしようもなく仕方ないことだった。
大方俺が早稲泉にちょっかいでもだしたと思っているのだろう。濡れ衣もいいところだ。
だから俺は久田條二が何か言い出す前に、早稲泉に告げた。
さっきまでの不機嫌な様子を一ミリも出さず、あくまで爽やかな一面を装って、
「ま、お前も頑張れよ」
と、慣れない励ましの言葉をまた言って、その場をごまかして、逃げた。




