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養殖天然の彼女  作者: 天川
大学生活編
21/26

彼女と話し合い

「まず、話し合おう」


しばらく時間をおいた後、バイトを終えた葛城涼はそう言った。

確かにそうだ。私だって最初はそれを望んでいた。

頷き返す私に対して、顔を俯けて全てを拒絶する通山加奈子の態度に困ったのか、助けを求めるように葛城涼はこちらに話題を振ってきた。


「あの・・・まず早川さんはこの方とお知り合いなんですか?」


私は、その言葉に頷きたくなかった。

正直、私から見た彼女は『付きまとってくる人』でしかなかったし、出来れば無関係でありたかった。

そもそも新しい人間関係を築くつもりは毛頭なく、だから私は彼女を無視することで『関わりたくない』という意思表示をしてきたつもりだった。が、こんなことになってしまった今では全て無駄だったようだ。

不本意に顔を顰めながらも確かに頷いた私に、葛城涼はなんともいえない表情を浮かべる。


「じゃあ、ええと・・・二人の間で何かあったんですね?」


言外に喧嘩かよ、という葛城涼の呆れが覗くが、今はそれを無視する。

静かに視線を下げながら「まあ」と、小さく頷き返す。

それから止まってしまった会話に、葛城涼は頭を掻き毟った。


「ああもう!じゃあ、僕にもわかるようにまず事のあらましをお願いします」


どうやら、説明しなきゃいけないらしい。

どうして自分から面倒事に足を突っ込むのかと心底不思議に思いながら、嫌だと言える雰囲気でもない。

かといって通山加奈子が話そうとする様子もないので、仕方なく話し始めることにした。


「事の原因は、目の前の彼女、通山加奈子の逆恨みによるものです」


その言葉に当人の通山加奈子は顔を上げ、目を見開いた。

「はぁ!?」と心底驚いたとばかりの表情と反応を無感情に見返す。


「な、何言ってんの?あ、あんたが、あんたが約束破ったからでしょ!」


「約束?」


やっと話し出した通山加奈子の言葉に、葛城涼は首をかしげた。

通山加奈子はいきり立った感情に身を任せて立ち上がり、私を指差しながら力説する。


「そうよ!コイツ、合コンに行くっていう私との約束破ったのよ」


「や、約束破っただけ?」


彼女の言葉に戸惑いを見せると、通山加奈子は葛城涼に視線をキッと睨み付けるが、その呆れたとばかりの視線にすぐに怯んでしまう。

しかしすぐに気を取り直して、私に向かって威圧的に叫んだ。


「そ、そうだけど、メールの一つぐらい寄越しなさいよ!」


私はそんな必死の形相の彼女に、そっけなく、


「私は約束していない」


と返す。


「はぁ!?」と一段と大きい声で通山加奈子は叫んだ。

愕然とした表情で、開けた口が塞がらないようだ。

葛城涼はもう訳が分からないと眉尻を下げて混乱している。

説明を促すように、助けを求める目を向けられ、私は渋々また話し出した。


「私は、『行く』とは一言も言ってない」


彼女は私を見下ろしながら、記憶を辿っているのか、しどろもどろに、


「で、でも、あの時確かに、『分かった』って」


「『何も言わないと出る予定にする』と言ったことに『分かった』とは言った。『行く』とは言っていない」


彼女の顔が青ざめる。

けれど、言葉だけは相変わらず強気に、


「でも、私何度も言ったじゃない。合コンの日にちとか恰好とか。それで合コンに一緒に行くつもりだったこと、分かってたでしょ?だったら、どうして、そう言ってくれなかったの?」


声も唇も体も、怯えるように、怒りを抑えるように震えていた。

けれど、彼女が何を思おうが、私には関係ない。

だって、


「そっちが勝手に勘違いしただけだから」


それを言った瞬間、頬に衝撃が走った。

次にじわりと熱と痛みがやってきて、叩かれたことに気づく。

前を向くのが億劫で、とりあえず視線だけ彼女に向けた。


彼女は泣いていた。

驚いたような、信じられないような、呆気にとられたような表情で。

私はそれを見て、驚いてしまった。

さっきも泣いていたが、それとは違う、傷ついた表情。

彼女は力なく座り込む。

声もなくポロポロと涙を零す姿は、罪悪感を呼ぶには十分だった。


こういうとき、自分の欠陥をありありと実感する。

確かに私は自分勝手で面倒くさいことが嫌いな人間だけれど、人を泣かせたいと思ったことは一度もないし、傷つけたいと思ったこともない。

それでも、早稲泉の時もそうだったが、私の基準で考えると、どうやら人を傷つけてしまうようだ。

そもそも人間とは自分本位の生き物だから、私がやっていることだって間違っているわけじゃない。

けれど、意図せず彼女を泣かせてしまったのは、泣かせてしまうことが分からなかったのは、


ただ単純に、自分本位にしか人と接してこなかったから、人の気持ちが分からないのだ。


沈黙した場に、彼女の小さな声が響く。


「ひどい、ひどいよ。友達だと思ってたのに」


その言葉に、少なからず驚く。

私たちの一体どこが友達だと言えるのだろう。

せいぜい知り合い程度だろうし、会話らしい会話だってしたことがない。

それに彼女の言う『友達』では、土下座を強要してもいいのだろうか。

そんな疑問が浮かぶと同時に、葛城涼が居づらそうに、やはり困った顔でこちらを見ていた。


「え、え~と、これまでの話をまとめると、通山さんが約束を勘違いして、早川さんはそれを分かっていながら指摘しなかった、ということですね」


私がコクリと頷けば、彼は更に首をひねる。


「そうですか・・・だとしたら、なんで早川さんから通山さんに、その、向かって行ったんですか?逆ならまだわかりますけど」


彼の言葉に、頭の片隅に追いやられていた本題を思い出す。

そういえば、嫌がらせの件について彼女を問い正していなかった。

肝心の彼女を見れば、今度は顔を俯かせ、怯えるように肩身を寄せている。


別に、今言ってもいい。


逆に言ってしまえば、別に今でなくともいいのだ。


「いや、まぁ、いろいろ・・・」


彼女を見つめながら、わざと言葉を濁す。

彼女を傷つけてしまった手前、言い出しづらかったのもある。

けれど、


「色々あったんですけど、別にもう、いいです」


もうどうでもよくなってきた。

それにもう嫌がらせも起きない気もする。

だから私は通山加奈子に一方的に告げた。


「すいませんでした」


きちんと頭を下げ、謝る。

顔を上げれば彼女は驚いていて、私を見つめていた。

泣き止んだ様子に私は満足して、席を立つ。

驚く二人を尻目に荷物を持ち、帰る準備をした。


「ちょっと、早川さん?」


キョトンと見上げてくる葛城涼に振り返り、一礼。


「葛城さんも、こんな夜遅くまで付き合ってもらって申し訳ありませんでした。一応解決したので、もう帰ってもらっても大丈夫です」


ある意味尊敬の念の込めてそう言えば、葛城涼は「え」と気の抜けた言葉を漏らし、


「全然すっきりしないんだけど・・・」


そんなことは知ったことではない。

時計を見れば時刻は22時を回っている。

本来ならばもう帰っている時間だし、わざわざ仲介役に入った葛城涼の気前の良さ、いや、世話焼き好きにも感心してしまう。


「彼女を家まで送っていきますので」


「めちゃくちゃ不安なんだけど」


「大丈夫です。もう問題は解決したので、あとは仲直りするつもりです」


そう言って誤魔化せば、彼女はまた驚いた顔をして、けれど体は正直に立ち上がる。


「では」


取り残されてポカンとする葛城涼にそう告げ、私は通山加奈子と共に店を出た。


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