彼女と九条霧子
数日後、早稲泉に貸したはずのノートは、予想外なことにいじめっ子の手によって私の元に返ってきた。
いじめっ子は意地の悪い顔をして、私にノートを差し出す。
「早稲がノート返すって」
私は、不思議な顔をして、ノートを受け取る。
「直接返してくれればいいのに」
そう零して、早稲泉を見れば、彼女は申し訳なさそうにこちらをこっそり覗いていた。
私はそのことに気付かないふりをする。
いじめっ子、もとい九条霧子が腰に手をあて、偉ぶった様子で言った。
「ていうか、あんた、あいつにノート貸したの?」
その言葉に、素直に頷く。
「うん。前にね、忘れ物を取りに行ったら泉ちゃん、ノート濡らしちゃったみたいで、貸してあげたの」
いじめも知らないアホな『私』は、無邪気に笑う。
九条霧子も、呆れたようで、「あ、そう」と言った。
「うん。ノート届けてくれて、ありがとうね。霧ちゃん。でも、直接返してくれればいいのになぁ」
私がそう零すと
「早稲は、あんたと話したくないんだって」
嘘だ。そんなのは、嘘だと分かっている。大方、扱いづらい私を早稲泉から引き離す嘘だろう。
けれど、『私』はその嘘に気付かない。その嘘を、信じるのだ。
「え!・・・・私、なんかやっちゃったかなぁ。あ、ノートの落書きがあまりにへたくそだったから、とか?」
予想外な方向に話を持っていく私に、九条霧子は辟易したようで、苦笑いを残し去って行った。もうそろそろ授業が始まる時間だ。
さっきから早稲泉がこちらを見ていることに最後まで気付かないふりをして、私はノートを片づけた。