彼女の後悔
早稲泉と久田條二から距離を置くようになり、『私』の友人に対して結局素の私に戻れないままの日常。
それは私が『私』である頃、早稲泉と関わりを持つ前と何も変わらなかった。
いや、全てが同じと言う訳ではない。けれど、私の周囲に対する態度は、何も変わっていない。
でもそれはそれで、何の面倒事もなく、平穏な日々だった。
けれど、そう思っていたのは、私だけだったようだ。
早稲泉は、泣いていた。
「京子ちゃん、私のこと嫌いになった?」
なぜそう思ったのか。
しばらく一緒にいなかったため、何が彼女をそう思わせる要因になったのか分からない。
混乱する私に、早稲泉はますます涙をボロボロと零す。
彼女の涙が零れれば零れるほど、焦って、言葉が出て来なくなる。
今にも彼女の忠犬が駆けて来そうだと辺りを見回すが、彼の姿は見当たらない。どうせなら今すぐここに来て、どうしてこうなったのかを冷静に説明してほしい。どうして奴は来ない。奴は本当に彼女の彼氏か。
私のせいで彼女が泣いたことはあったが、二人のことが好きだと自覚してからはそんなことがないようにしたいと思っていた。
けれど、結局何が悪いのかも分からないまま彼女を泣かせてしまった。
そのことに強いショックを受け、こんなことなら、本当にあの時離れるべきだったと後悔する。
私は尋ねた。
「なんで、そう思ったの?」
「だって、京子ちゃん、私たちを避けるようになったじゃない」
責める言葉。
まさかそんなことが原因だったとは。私の感覚を基準としてはいけなかったようだ。
これは、素直に話した方がいいだろう。彼女は誤解している。
「だって私がいると、二人ともどこかぎこちないじゃない?常に緊張してる感じで。
だから、私は一緒に居ない方がいいかなって」
できるだけ、諭すように、穏やかな口調で言ってみる。
けれど、彼女はますます泣くだけだった。
いや、確かに泣いているけれど、彼女は怒っていた。
「そんなっ、そう思ったならどうして言ってくれないの!?」
彼女はますます私を責めてくる。
しかし、彼女が感情的になるほど、私は困惑も消えて冷静になれた。
「言ったところで、どうするの?」
自分が責められるほどの悪いことした覚えがないが、これはきっと私が悪いのだろう。
けれど、私には悪いことをしたという認識があっても、自覚がなかった。
その点において、私は自分の協調性のなさを、改めて自覚しなければならなかった。
それと同時に、やはり一緒にいない方が彼女にとってよかったのではないかとも思う。
「仮に言っても、ぎこちなさを直すことなんて、できないんじゃない?
私がいることで二人がそんな風になってしまうなら、一緒に居ない方がいいと思う」
そう言えば、早稲泉の泣き顔は青ざめた。
そして言い訳がましく、話し始める。
「・・・私、京子ちゃんに嫌われたくなかったの。
でも、どうしたら嫌われずにいられるか分かんなくて、だから、せめて面倒くさいと思われないようにしたかったんだけど、それすらどうしたらいいのか分かんなくて。
だから、ぎこちなくなっちゃって・・・・京子ちゃん、全部お見通しだね」
彼女はポツリポツリとそう暴露した。
「こんなめんどくさい奴、嫌だよね。ごめんね」
彼女の言うことにはいくつか間違った点がある。
まず、彼女が謝る必要はない。
どう考えても私の人間的欠点が今回の原因であったというのに、彼女はさも自分が悪いかのように言う。
二つ目、確かに彼女は面倒事を呼び寄せる天才であったが、彼女自身を面倒くさいとは思ってはいない。
確かに昔は思ったこともあったかもしれないが、人の記憶など曖昧なものだし、感情だって移ろうものだ。
「違う。私が悪かったんだ。
勝手に離れてってごめん。
人の気持ちも考えず、自分勝手だった」
三つ目、私は彼女のことが嫌いではない。
むしろ、
「でも私は、前にも言ったけど、二人のことが好きだから一緒に居るんだよ
笑っている二人が見れるなら、面倒くさいことなんて気にしない。嫌いにもならない」
笑ってくれたらもっと好きだ。
私の性格のせいで、二人に負担をかけた。
だから離れたのだけれど、どうも逆効果だったようだ。
私は二人のことが好きだが、二人も同じくらい、私のことが好きなのかもしれない。
そう自覚すると、思わず頬が上がってしまうほど、幸せだ。
「だから、これからは一緒に居ても、笑ってくれる?いつも通りでいてくれる?」
そう言えば、彼女の呆然とした顔は次第に喜びにあふれた。血の気が戻った顔で頷く。
「うんっ・・・よそよそしくして、ごめんね」
だから、なんで彼女が謝るのだろう。
それを言うのは私の方だ。
私の性格のせいで二人に気を使わせた。私の自分勝手な行動で、早稲泉を不安にさせた。
この性格は今更矯正しようがないだろうし、今になっても面倒事は嫌いだと思う。
けれど、人間関係の面倒臭さは前に知ったはずだ。
知ったうえで、一緒にいることを選んだのだから、私も人間関係の面倒臭さを嫌うのはもうやめよう。
自分勝手な行動を止めて、もっと相手のことを考えて、話してみよう。
そうしないとまた、彼女が泣いてしまうだろうから。
「もう。
ほら、笑って」
幼い子を慰めるように、私は自分の頬を掴み、伸ばす。これ以外に、泣き止ます方法なんて知らない。
けれど単純ながらも彼女は、こんな拙い言葉にも、笑ってくれるのだ。
終わり。




