彼女の逃避
本編のその後
面倒くさいことは嫌いだ。
それは私の行動を決める根本的思考であると同時に、人間性において欠点とも呼べる。
故に、私が私であることから生まれる面倒事から逃げるために、私は『能天気で平和ボケした天然の私』を演じてきた。
何故この性格を選んだのかと言えば、大体の人は普通から少しずれた答えや行動からは、距離を取りたがるためだ。
「ああ、こいつはこういう奴なんだ。それなら仕方ないな」そう思わせてしまえば、こちらの勝ちだ。面倒事がやってこようと素知らぬ顔で無視する。話を別の方向へ向ける。
そうやって、私は面倒事から逃げてきた。
しかし、例外もある。
キャラ作りに専念しすぎたのか、それとも自身が作り上げたキャラクターに縛られてしまったせいなのか、おそらく二つとも原因だと思われるが、面倒くさいことが起きると分かりきっていたのに、私はいじめられっ子の早稲泉と一緒にいることを選ぶ羽目になった。
それを頼んだのは、早稲泉の彼氏で、学校一のイケメンと認めれている久田條二だ。
どう考えても面倒事が起きると分かりきっている二人なのに、実際いろんな面倒事が起きることになったわけだが、私は未だ彼らと共にいる。
いつもの私なら今すぐにでも縁を切りたがっただろう。
しかし、自分でも知らない内に、私は面倒事だらけの二人のことが好きになっていた。
自分の変化と矛盾に自分自身、不思議だと思っている。
きっと私は自分でも驚くほどに、二人のことを気に入ってるに違いない。
さて、素の私を見せてからも私は二人と一緒にいること、また、もう『私』を演じないことを決めたのだが、現在、困っていることがある。
結局『私』を演じていても面倒事はやってくることを思い知り、私に戻ることにしたのだが、そこに問題があった。
それは、私に戻ることで今まで以上の面倒事がやってくるということだ。
今まで『私』と親しくしていた友人、部活の先輩後輩との接し方が私ではガラリと変わるのだ。
彼女たちはたいそう驚くことになるだろう。そして私の心配をするなりからかうなり悪口を言うなり遠くから窺うように見るようになったり、だ。
想像するだけで気が散る。面倒だ。
その事実に、早くも私の決断は散ろうとしていた。
実際に、現在進行形の部活終わりの雑談の中、私は心底困っていた。
汗のしみ込んだシャツを脱ぎ、肌を拭きながら、彼女たちは高い声ではしゃぎ合う。
「そういえばさぁ、最近チョコレート専門店が近くにできたのって知ってる?」
「へー、知らなかった。どこにできたの?」
「ほら、駅前のビル。あそこの5階にできたらしくてさぁ」
「マジで!?えー、行ってみたい」
「じゃあ、行こうよ!一人で行くのも寂しいし」
「一人で行くとか」目の前の二人は笑う。
「ねぇ、京子も一緒に行こうよ」
笑っている二人は突然こちらを向いて、そう言った。
観察しながら会話を聞いていた私は完全に蚊帳の外の心地で、いきなり話題を振られたことに内心驚いてしまった。
いや、『私』なら多少驚きつつも、にっこり笑って「いいねぇ!行こうかな!」と返していただろう。
けれど、『私』ではない私の場合「面倒くさいからやだ」の一言だ。
のど元まで出かかったその一言を飲み込む。
仮に言ったとして、彼女たちは驚くとともに「京子、どうかした?」などと軽蔑するか心配するかだろう。面倒くさい彼女たちの反応が更に面倒くさいことを招きよせることは分かりきっている。
再三言うが、私は面倒事が嫌いだ。
故に、私は逡巡した。
「え、ん~と、どうしようかな・・・」
笑みにもならぬ半笑いでそう返せば、二人が納得するはずもなく、まだ着替え途中の恰好で私に迫った。
「えー行こうよ!京子!」
「チョコレートだよ!試食食べ放題だよ!」
試食は食べ放題ではない。
彼女たちの誤った認識に脳内で突っ込む。決して言葉には出さない。
なぜなら『私』は正しいことを言ったりツッコんだりするタイプではないからである。
そう、私が今心底困っているのは未だ『私』から抜け出せないことだ。
分かりきっている面倒事にわざわざ自分から突っ込んでいく気はない。
正直、チョコレートなんて板チョコで十分である。
板チョコは安いし、チョコレートの味など大して変わらない、いや、わざわざ値の張るチョコレートを食べたところでその違いなど私には分からないだろう。
そんな考えを最後に、私は思考することすら面倒になってきて、最終的に考えることを止めた。
「うん、行こうかな」
結局、未だ私は『私』から抜け出せないままである。




