彼女と早稲泉
主人公の性格がかなりクズなのでご注意ください。
あと、決して天然という性格を馬鹿にしているわけではありません。天然の解釈が間違っていたらすいません。
私がその現場を見てしまったのは、本当にたまたまだった。
部活の終わりに、教室に忘れ物してしまったことに気付いて、自分の教室に戻ってきたわけだったが、この時ほど自分の行動を後悔したことはない。
私は、早稲泉がいじめられていることを知っていた。知っていたけれど、きっとみんなも知っているけれど、それを話題にすることはない。ただ、誰しも平凡な日常を享受出来ればよかったのだ。それは私も例に漏れない。
だから、彼女が汚された自分のノートを目の前に泣いている姿なんて、見たくなかった。
教室の扉を開けてしまったから、彼女は私の存在に気付いているだろう。
けれど、それを確認するほどの心の余裕がないのか、それとも、そんな姿を誰に見られたのかを知りたくないのか、こちらを見ないまましくしくと泣いていた。
このまま彼女がこちらを見なければ、私は静かに忘れものを取って帰るだろう。けれど、そんな確証はどこにもない。もし彼女に見られたら、私はどんな風に見られるだろう。きっと、泣いている人を放っておく、冷たい人に見えるだろう。
それは、普段の『私』の姿と違った。
普段の『私』は誰とでも仲が良くて、俗に天然と呼ばれる人種で、いじめのことなんて何も知らず、いじめられっ子の早稲泉と話しもするし、もちろんいじめっ子達とも普通に話す。
だから、ここで彼女を無視することは、私の印象を覆すことになるわけで。
ああめんどくさい。本当に、ここに来なければなかった。面倒くさいのが嫌いな私は、”天然”という、何事にも鈍感で、無害な役を演じることで面倒なことから逃げてきたのに。
今の状況は、それが裏目に出たところだ。
『普段の『早川京子』は、泣いている『友人』を無視しない。』
私は静かに早稲泉に近づく。
近くに立った私を、彼女はやっと見た。涙が浮かぶ目に、わずかに驚きが覗く。
そして、慌ててこぼしていた涙を袖で拭き始めた。
部活終わりということもあり、ジャージ姿の今の私は、差し出すべきハンカチも持っていない。
ただ、泣く彼女を前に『アホな天然』を演じるだけなのだ。
「どうしたの?」
見ればわかるのに。彼女はいじめられて、ノートをぼろぼろにされて、泣いていると知っているのに。
『いじめについて何も知らない私』は、彼女に尋ねる。
彼女は赤くなった目元で、無理に笑った。
「なんでもないよ」
そっと濡れたノートを隠す。それを『私』は目ざとく見つけて、驚く。
「あ!ノート、どうしたの!?びちょびちょ!」
彼女は何も言わず、ただ羞恥に頬を赤く染めた。
「これじゃあ、文字読めないねぇ。なんのノート?ノート、貸してあげようか?」
何故濡れているのか、それを尋ねないのが、一番平和な終わり方だ。
彼女は俯けていた顔をそっとこちらに向け、ちょっと笑う。
「いいの?」
「うん、いいよー。えーと、ちょっと待って」
と言って、私は鞄の中を探り、ノートを取り出す。
「はい、次の授業までに返してくれればいいよ!あ!でも、落書きとかしてあるから、恥ずかしいな。あまり気にしないでね」
私は照れ臭そうに笑って、赤くなる。落書きは本当にしてある。だから、この恥ずかしい気持ちは本物だ。
彼女は、照れ恥ずかしがる私を見て、おかしそうに笑った。
「うん、ありがとう」
「じゃあ、また今度ね!じゃあね~」
そう言って、私はその場からあっけなく去っていった。
私は早くこの場から去りたくて仕方なかったのだけれど、どうやら彼女を慰めてしまったようだ。
不本意だ。私は決してそんなつもりはなかったのに。
その上、結局私は忘れ物を持ってくることを忘れていたことに気付き、溜息を吐くこととなった。
本当に、何をしに行ったのだろう。