ある少女との邂逅
今朝ぶりに見るその少女は、俺の頭の中の混乱を知る由もなく、ただその蒼く澄んだ瞳に俺を映していた。
俺たちの問答にこちらを一瞥した店長が口を開く。
「おや、山井くんの知り合いかな。
どうだい、お客さんも1人だけだ。
2人でお茶でもしたら。
コーヒーとなにか一品、サービスとしてつけよう。」
「えっ、店長マジでいいんですか?」
「わぁ、ありがとうございます!」
「ハハ、若い子たちには楽しんでほしいからね。」
いや、そう言うことじゃ…なくもないけど、この人知り合いってほどの知り合いでもないんです。
今朝会っただけなんです。
あと時給に関わるのかってことも気になる。
「ふふ、蒼介くん、そうと決まれば座って座って♪
蒼介くんのおすすめはなにかな?」
「あぁ、それなら一番人気のチョコレートケーキが…」
「そうじゃなくて、君のおすすめが聞きたいんだよ。
みんなじゃなくて、君だけの。」
「チーズケーキ…ですね。」
「じゃあ私それで。
店長さん、私はチーズケーキでお願いします!」
「ちょっ、そんなので決めていいんですか?」
「いいも何も、私が食べたいんだから。
それで蒼介くんはどうするの?」
「はぁ、じゃあ同じものを。」
この人の表情は面白いほどよく変わる。
そのさまざまな表情を眺めるのはなんだか楽しい。
少女はコーヒーを一口飲んで微笑む。
「ここのコーヒー、ほんとに美味しいね。
私ちょっと感動しちゃったよ。
君が選んでくれたケーキも、コーヒーと合ってすごく美味しい。」
「それは良かったです。
うちのコーヒーは少し苦めなのでミルクを入れるお客さんとかも多いんですけどね。」
「そう?私はこの苦さが良いと思うけど。
ていうか、名前!言ってなかったよね。
自己紹介しよっか。」
「そうですね。
俺は山井蒼介、襄陽の一年です。」
「あはは、君の名前はもう知ってるよ。
私は柊葵、緑山女子の一年生。
最近の趣味はこうして喫茶店巡りかな?
こういう当たり店掘り出したら結構わくわくするよ。」
「そうなんですね。
この店はどんなところがいい感じですかね。」
「味もそうだけど、やっぱり雰囲気だね!
う〜ん、なんていうのかな。
レトロな感じ?がすっごい好き。
私はもっと君のことを知りたいな。
とっても優しいのは知ってるけど。」
「優しい?
それは言われたことないですね。
そもそも特段優しい人間でもないですし。」
「いやいや、蒼介くん見る目ないね。
今朝だって飛行機取ってあげてたじゃん。」
「あれぐらいは誰だってやるでしょう。」
「でもでも、取ってあげた後に優しい言葉もかけてたでしょ。
後君のおすすめを聞いたのにみんなが選ぶメニュー出してきたし。
私に失敗させないためでしょ。
あとはさっきからコーヒーのことや店のことを私に聞いたり教えたり。
お客さんのためか、それとも店長さんのためなのかな?
私が大好きなこの店の雰囲気は、君のおかげもあると思うな。」
そう言ってその少女、柊さんは柔らかい笑みを浮かべた。
甘く、溶かされるような感覚に狂わされる。
あぁ、そっか。
褒められるってこういう感覚だったっけ。
「ねぇ蒼介くん。
君のこと教えてよ。
趣味、特技、好きなもの、嫌いなもの、友達とか?
ね、君のことを教えて?」
俺のこと…。
俺の…こと…。
何を言えばわからない、以前に俺が何者なのかも俺にはわからない。
そんなことは俺が一番わからないのかもしれない。
「す、すいません、俺、自分のこと、あんま知らなくて。」
そう言うと、柊さんは一瞬不思議そうな顔をして、それでもすぐにハッと何かに気づいた顔をして言った。
『いいこと思いついた!』みたいな。
「それならさ、私が見つけてあげる。
私と一緒に見つけて行こう!
どうかな?」
「え、そんなこと…」
「できるよ!
ふふん、私こう見えてもお友達多いから!」
「いや、それとこれとは関係ないんじゃないすか。」
柊さんはバッと顔を赤らめて、
「え、そ、そうかな…。
ま、まぁ、1人じゃ見つからないものも2人なら見つかるから、ね?」
「は、はぁ。
なんで柊さんは俺なんかのことにこんなに親身になってくれるんですか?」
「ダメだよ、『俺なんか』なんて、君が君を蔑むような事言ったら。
私だって悲しくなっちゃうし、何よりも君に失礼だよ。
君はもうちょっと自己評価を上げないとダメだと思うな。」
どういう意味だろう。
俺にはよくわからなかった。
でも、柊さんが精一杯俺を元気づけようとしてくれてるのはよく分かる。
なにか大きな温かいものに包まれているような、守られているような感覚。
これが『思いやり』なのだろうか。
さっき彼女は俺のことを優しいって言ったけど、一番優しいのは柊さんじゃないか。
「柊さん」
「ん、何かな。」
「ありがとう。」
「ふふ、なんで私がお礼言われるの?」
「いや、俺が言いたくなったんです。」
「ふふ、そっか。
ねぇ蒼介くん、携帯出して。」
「はい、どうぞ。」
俺の携帯を受け取った柊さんは何やら操作して、
「よし、これでオッケー。
はい、お返しするね。」
と帰ってきた携帯を見ると、メッセージアプリに『AOI♡』というアカウントが追加されていた。
「私はもっと君とお話ししたいしさ、君も何かあったら連絡してほしいな。」
女子の……連絡先か。
ちょっと気分上がるな。
気がつくと俺も柊さんもコーヒーカップを空にしていた。
「あー、楽しかった。
それじゃあ、今日はもう帰るね。」
途中まで送りましょうか?」
「いいの?迷惑とかにならない?」
「全然大丈夫です。
家この辺なんで。」
「じゃあ、お願いしよっかな。」
帰り道、会話は多くなかったが、柊さんの横顔は俺が今まで見た中で一番綺麗な横顔だった。
「ここでいいよ。
またね、蒼介くん。」
「はい、さようなら。」
『また』があるのか。
残された俺は柄にもなくその一言に心を揺さぶられていた。




