はじめに
閲覧ありがとうございます、蛇蝎でございます。
物書きをされている方であるならば、一度はこのハッシュタグを目にしたことがあるのではないでしょうか。
一見すると、とても温かくて、優しいタグに見えるかもしれません。
創作者同士が支え合い、
埋もれがちな作品に光を当て、
少しでも多くの人に読まれる機会を作ろう――
そんな善意から生まれた文化であることは、小生も理解しています。
実際、このタグに救われた作者がいることも、事実でしょう。
PVが伸びた。
初めて感想をもらえた。
「読まれている」という実感に、もう一度筆を取る勇気をもらえた。
そうした声を否定するつもりは毛頭ございません。
しかしそれと同時に。
小生は、このタグを目にする度に小さな違和感が、静かに疼くのです。
それは、本当に「読む」という行為なのか?
それは、作品と向き合っていると言えるのか?
そして何より――
その関係性は、作者と読者の双方を幸せにしているのか?
今回はこの
「#RTした人の小説を読みにいく」
という文化について、
作者として。
読者として。
そして、物語を愛する一人の人間として。
小生なりの視点で、少し踏み込んで語ってみようと思います。




