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幻域の祓い手  作者: AIce*
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第一話

 



 それから数日、桜子は歩き続けた。一人の旅は静かだった。


 森を抜け、丘を越え、川の流れる音を聞く。

 夜になれば、星を眺めながら木の根元で眠った。


 師匠と暮らしていた家を出るのは初めてだったが、不安はなかった。

 むしろ、どこか馴染みのある感覚すらあった。


 ——昔も、こうして歩いていた気がする。


 鬼に家族を奪われ、彷徨っていた幼い頃の記憶。

 そのとき、手を差し伸べてくれたのが師匠だった。


「おいで、桜子」


 彼の穏やかな声が、ふと耳の奥でよみがえる。

 けれど、もう後ろを振り返ることはしない。


 ——師匠がくれたものを、今度は自分の手で証明する。


 桜子は前を見据え、ひたすら歩いた。


 そして旅を始めて五日目の夕方。

「鬼が出る」と噂される村へと、桜子はたどり着いた。





 村の入り口は霧がうっすらとかかっていた。太陽はまだ高く昇りきらず、森の中から鳥の鳴き声が響いている。


 桜子は静かに歩みを進めながら、村の様子を伺っていた。道端には人気がなく、家の扉や窓は固く閉ざされている。誰かが覗いている気配はあるが、警戒心が強いのか、すぐにカーテンの隙間から視線が消えた。


(……やっぱり、怖がってる)


 村人たちの怯え方を見れば、ここに鬼がいるのは確実だった。桜子は肩にかけた巾着袋をぎゅっと握りしめ、ゆっくりと歩みを進める。


 そのときだった。


「おい、お前——」


 低く落ち着いた声が、後ろから響いた。


 振り向くと、道の真ん中に一人の青年が立っていた。


 黒髪に、深い緑の瞳。右耳に金のピアスが光る。 端正な顔立ちをしていたが、その眼差しは真剣で鋭い。腰には刀を差し、黒を基調とした鬼狩りの装束を身にまとっている。


 (……鬼狩りだ)


 桜子は何も言わず、じっと彼を見つめた。


「お前、何者だ?」


 青年は警戒するようにこちらを見据えている。しかしそれは敵意から来るものではなく、桜子を心配するような色合いが見えた。


「この村には鬼が出る。部外者なら、関わらないほうがいい」

「……鬼を狩るの?」


 桜子が静かに問い返すと、青年は肯定するように頷いた。


「そうだ。俺は鬼狩りだ。

 ……お前も、鬼を討ちに来たのか?」


 桜子は一拍おいて、首を横に振った。


「違う。鬼を祓いに来たの」


 そこで青年の表情が変わった。


「……鬼を、祓う?」

「うん」


 短く答えると、青年はしばらく沈黙し、それから苦笑した。


「……悪いが、それは甘い考えだな」


 彼は刀の柄に手をかけながら、どこか呆れたように言った。


「鬼は人を喰らう化け物だ。祓うなんて生ぬるいことを言ってると、食われるぞ」

「……そう?」


 桜子は無表情のまま、少し首を傾げた。


「でも、私は今まで一度も食われたことないけど」


 淡々とした口調で、どこか本気とも冗談ともつかない言葉を返す。


 青年は一瞬、言葉に詰まり、それから小さく息をついた。


「……お前、変わってるな」

「よく言われる」


 桜子は特に気にした様子もなく、ふわりとした歩調で青年の横をすり抜ける。


「貴方の邪魔はしないよ。私は私のやり方でやるから」

「……」


 青年は去っていく彼女の背中を見つめながら、わずかに眉を寄せた。


 (鬼を……祓う?)


 それは彼の中にある「鬼とは討つべきものだ」という価値観を揺るがせる言葉だった。

 だが、彼はまだそれを理解するには至っていなかった。





 村に足を踏み入れると、やはり異常なまでに沈んでいた。


 扉も窓も固く閉ざされ、人気はほとんどない。道を歩くのは、せいぜい荷車を引く老人と、早足で通り過ぎる女たちくらい。


 桜子はひとまず、一軒の家の前で立ち止まった。


 (恐らくここが鬼が出る村……どこに現れるのか知りたい)


 少しでも情報を得ようと静かに戸を叩く。

 しばらくして、僅かに扉が開き、中から老婆が顔を出した。


「……どちら様だね?」

「私は旅の者。この村のことを知りたくて」


 桜子は落ち着いた声で答えるが、老婆は途端に顔をしかめる。


「旅人……? 今はそんな余裕はないよ。悪いが、余所者と話してる暇はないんだ」


 ピシャリ、と扉が閉まる音がした。


 (……ダメか)


 しかし初対面の人と話が弾んだことなどないので、このくらいは慣れている。

 桜子は気にするでもなく、別の家へと足を向けた。


 ——しかし、その結果はどこも同じだった。


 住民は皆、警戒心を露わにし、まともに取り合ってくれない。

 彼女の物静かな雰囲気がかえって不審がられているのかもしれなかった。


 (……どうしようかな)


 考えながら、細い路地を進んでいると、またもや背後から声をかけられた。


「お前、人に話を聞くのが下手だな」


 振り向くと、鬼狩りの青年がいた。

 黒髪が風に揺れ、緑の瞳がこちらを見ている。右耳の金のピアスが夕陽に反射して光っていた。


「……ついてきたの?」

「いや、ちょうど同じ場所を回ってただけだ」


 桜子は無表情のまま、じっと彼を見つめる。


「つまり、ついてきたんでしょ」

「……違う」


 青年はそっぽを向いて、無駄に咳払いをする。冷静な態度が常だと思ったが、存外嘘をつくのが下手くそだ。


 桜子は何も言わず、再び歩き出そうとした。

 しかし、そのとき。


「鬼狩り様……!」


 桜子に対してあれほど冷たかった村人たちが、一斉に青年の方を向いた。


「まさか、本当に来てくださるとは……!」

「どうか、どうか助けてください!」


 老人がすがるように蒼葉の手を取る。若い女たちも、不安げに彼の周りに集まってくる。

 そして桜子が散々苦労したのが嘘のように、村人たちは次々と情報を話し始めた。


 ——鬼狩りという肩書きがあるだけで、こんなに違うのか。


 桜子は少しだけ目を細めた。


 国の試験に合格した「鬼狩り」たちは本部からの命を受けて、各地に出没する鬼を退治して、人々に感謝され敬われる。

 数が少なく素性の知れない「鬼祓い」とは、まるきり違う存在。


 気付かぬうちに桜子の視線が足元に落ちた。

 そんな彼女に、人混みの向こうから青年の声がかけられた。


「おい、お前。話聞かなくていいのか」


 顔を上げると、そこには当然のようにこちらを見る青年がいた。

 桜子は目を丸くして、小さな歩幅で青年に近付く。


「……助かる」


 ぽつりと呟くと、青年は目を丸くした。


「意外だな。お前、素直に礼を言うんだ」

「別に」


 桜子は無表情のまま答えると、そのまま青年の顔を見上げた。


「貴方、名前は?」

「え?……蒼葉だけど」

「私は桜子。よろしく」


 戸惑う青年ーー蒼葉を置いて、桜子は今にも話したくてうずうずしている村人たちに目を向けた。


「で、どこに鬼が出るの?」


 口々に話す彼らの話を二人がかりで聞く。

 そうして日は沈み、そのままの流れで二人は共に鬼の出る場所へ向かうことになった。





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