2話
「……ここは……」
「神殿、です?」
ダンジョンの最奥。
そこに広がっていたのは、厳かな空気をたたえる石造りの祭壇だった。
しかし、何よりも目を引いたのは、崩れた天井から漏れる光によって照らされたガラスの棺。
祭壇の上に安置されたそれの中には、一人の青年が横たわっていた。
赤い髪。
静かに閉じられた瞳。
年の頃はエリーより少し上——十八歳ほどに見える。
陽の光に照らされ、神秘的な温もりを湛えたその空間で、彼だけが冷たく、異質な存在感を放っていた。
エリーの胸に、確信が生まれる。
――この青年こそが、強大な魔力の発生源だ。
慎重に、棺へと歩み寄る。
「プティ、何か罠だと思う?」
「わからないです。でも……魔法は仕掛けられてないみたいです!」
「そう……」
警戒しつつ、そっとガラスに手を伸ばした――その瞬間。
――ガシャンッ!!
鋭い破裂音とともに、棺が砕け散った。
思わず顔を庇い、身をすくめるエリーとプティ。だが、いつまで経っても痛みは訪れない。恐る恐る目を開けると、無数のガラスの破片がキラキラと宙を舞い、やがて光の粒となって静かに消えていった。
破片が消え去った後も、青年は変わらず祭壇の上に横たわっていた。
まるで何も起こらなかったかのように、ただ穏やかに眠っているようだ。
それはあまりにも静かで、神聖で、美しい光景だった。
血の気の失せた顔、上下しない胸。
それらに裏付けられた、彼がすでに亡くなっているという事実を除けば。
エリーの肩にしがみついていたプティも、言葉を忘れてそこに立ち尽くしていた。
どれほどの時間が過ぎたのか。
エリーは、導かれるままにそろりと青年の首筋へ手を伸ばした。
そこに魂がないことを確かめるために。
青年の亡骸から冷たい感触が返ってくると思っていたエリーの手にそれがやってくることはなかった。
代わりに指先に返ってきたのは、とくり、とくり、と命を伝える鼓動。
それは陽の光の温もりにも似た、穏やかで確かな生命の証。
「……え?」
驚いて手を引っ込めた瞬間、青年の肌に生気が戻っていく。
青白かった顔はみるみるうちに赤みを帯び、かすかに胸が上下し始めた。
――彼は生きている。
なぜかなんて分からない。
だが、ダンジョンには不思議なことや未知の存在が溢れている。
これもそのひとつなのかもしれない。
「彼、どうしましょう……」
青年の安定した呼吸を感じながら、エリーとプティは顔を見合わせると、戸惑いを隠すことなく深くため息をついた。