1話
カツン、カツン――。
ランプの灯りを頼りに、二人は所々ひび割れた石畳の通路を進んでいく。
壁に取り付けられた古びた燭台には、とうの昔に燃え尽きた蝋燭の残骸だけが残り、天井に張りついた蔦が長く垂れ下がっている。埃っぽい空気が鼻をつき、微かに湿った風が足元を撫でた。
静寂。
ただそれだけが、この空間を支配している。
「ダンジョンなのに魔物が出ないなんて……」
「変です〜」
プティが小さな体をさらに縮こまらせ、エリーの肩にしがみつく。彼女の小さな手がエリーの服をぎゅっと握りしめる感触が伝わってきた。
(攻略された後? それとも、そもそもダンジョンじゃなかった?)
いくつもの仮説が頭を巡る。しかし、壁から微かに漂う魔力の気配が、それらを否定していた。これがただの遺跡なわけがない。
「エリー! 道の先から強い魔力を感じます!」
プティの言葉を受けても、エリーには何も感じ取れなかった。
だが、まだ幼いとはいえ、妖精族のプティの魔力感知は一流だ。もう少し先へ進めば、何かがあるのかもしれない。
警戒を強め、剣の柄を握り直すと、エリーは一歩足を踏み出した。
――その瞬間。
「え?」
ぶわりと、全身の毛穴が逆立つ。
さっきまで微塵も感知できなかった強大な魔力が、突然、空間を満たし、身体を包み込んだ。
何これ――。
圧倒的な魔力に、心が塗りつぶされるような感覚。理屈ではない、純粋な“恐怖”が、エリーの背骨を這い上がる。この先には危険だと理性が告げる。
なのに。
胸の奥には、奇妙な確信が湧き上がっていた。
この先へ行かねばならない。
「エ、エリー? これ絶対やべ〜です! このまま帰った方がいいです!」
「プティは戻っていいわ」
「え!?」
エリーは肩からプティを降ろし、迷いなく魔力の発生源へと歩みを進める。
「エリー!」
離れていく相棒の背に、プティは慌てふためく。しかし、すぐにギュッと小さな手を握りしめ、前を向いた。
「……もう! こんなとこに置いてくなです〜!」
鼓舞するように声を上げ、震えながらも、一歩、また一歩とエリーの後を追う。
近づくほどに強まる魔力に、鼓動が速まっていくのを感じながら――。