プロローグ
「エリー、こっちです〜!」
「プティ、待って!」
昼下がりの森に、幼い子供のようなはしゃいだ声と、それを追う少女の声が響く。
森の奥へと続く細い獣道を、小さな影が軽やかに駆け抜ける。羽のようにふわふわと宙を舞いながら、木々の間をすり抜けるのは、小妖精のプティ。彼女のパステルグリーンの体毛は陽光を浴びて若葉のようにきらめき、その輝きが、後を追う少女——エリーにその存在を伝えていた。
エリーは軽く息を弾ませながらも、器用に草木をかき分け、プティを見失わないように足を進める。木漏れ日に揺れる長い影。ブーツが土を踏むたび、小さく落ち葉が舞い上がった。
やがて視界が開ける。
そこには、ひっそりと佇む石造りの遺跡があった。
長い年月を経て、建物の輪郭は苔と蔦に覆われ、ひび割れた石の隙間からは、小さな花々が顔をのぞかせている。静かで、穏やかな風景。しかし、その美しさの裏に、確かな違和感があった。
近づけば、微かに漂う魔力の気配が肌を撫でる。まるで、眠る獣の寝息のように、そこに“何か”が存在していると告げていた。
「本当にダンジョンを見つけたのね……」
エリーが呟く。
「ええっ、疑ってたんですか!? 相棒を信じてくれないなんて!」
プティがぷくっと頬を膨らませ、拗ねたように泣き真似をする。その仕草があまりにも芝居がかっていて、エリーはダンジョンへの不安も忘れ、思わず吹き出してしまった。
「すごいすごい、さすがプティね」
宥めるように笑いかけると、プティは満足そうに胸を張る。
エリーは腰につけたランプを手に取り、慣れた手つきで火を灯した。ゆらりと揺れる橙の光が、遺跡の入口をぼんやりと照らし出す。
ダンジョン目録にも載っていない、まだ誰の手も触れていないであろう、古の静寂に満ちた遺跡。
その奥へと、二人は静かに足を踏み入れた。