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短編まとめ

人魚姫は始まらない

作者: よもぎ

ラミはその日、朝一番の日課で砂浜を散歩していたのだが、波打ち際で倒れている男性に気付いてしまった。

ひとまず死体かどうかはさておいて、波が被らないようにある程度引きずり上げたところで顔をビシバシはたいて生きているかどうかを確かめる。

唸り声が小さく聞こえたので生きているものとして、家にいる男手を呼び寄せて彼を保護した。

なぜって、男性は見るからに貴族様な豪奢な服を着ていたからだ。

その辺によくいるオッサンだったら適当に扱っていいかもしれないが、貴族を見殺しにしたとなれば村ごと浄化されかねない。

なのでラミ一家は領主に手紙を送りつつ、彼の看病をした。


のだが。


聞けば彼は王子で、恩人であるラミを嫁にしたいなどと言い出した。

しかしそれは出来ない。



「あのですね、王子様。あたし既婚者なんです。

 もう結婚してるんですよ。

 十五の歳に結婚して、妊娠四か月なんです。

 だから散歩して運動ちょっとでもして安産にしようとしてたわけで。

 ほらこっちが夫のミリアム。いい男でしょう? 

 あたしのタイプってこういうのなのでそういう意味でも無理ですよ」



ラミの夫は筋骨隆々、いかにも海の男というタイプの漁師である。

よく日に焼けた肌で、働き者で、実際稼ぎもよくて嫁を大事にする最高の男である。

村一番の美少女であるラミと、村一番のナイスガイであるミリアムが結婚したのはある種当然の話であった。

そして平民は十五歳で結婚はけして珍しい話ではない。

早い人はもっと早い。

逆に遅い場合もあるので一概にこうとは言えないが。


王子はそれでもゴニョゴニョ言っていたが、ラミがそれから看病から外れたことで問題は大体解決してしまった。

そもそも身重だし。

そういう問題があるのならと同居しているミリアムの妹や母がラミに代わって対応するようになったのもある。

妹も既に嫁ぎ先が決まっているし、母は若い方だがそれでも三十路である。

王子は色ボケすることもなく、領主の迎えの馬車が来るまでには体調を戻し、去っていった。


ラミ一家には、王子を救出したということで報奨金を与えられ、その金でオンボロだった仕事用の船を新調でき、余ったお金は少額だったのでちょっとした贅沢を一年ほど月に一度するくらいで終わった。

ちょうどよかったわねえなどと笑いながら、話題に上がっていたのは半年頃まで。

ラミが出産する頃には王子の事など村の子供でさえ覚えておらず、平穏な日常が続いていったのであった。





人魚の姫、マーガレッタは人間に憧れていた。

過去形である。

ある夜、嵐により沈没した船よりまだ辛うじて生きている王子を助けたことがある。

他は沈没する船のあれこれに巻き込まれて既に死んでいたが、王子は辛うじて、本当に幸いなことに無傷だったのだ。

それを助けた時に感じたのは


人間ってめんどくさ。


だった。

水中で息が出来ないのは勿論分かっていたが、春の温かな海水の中でも体が冷えるのか小便を漏らしやがったりした。

それが生暖かくて気色悪くて、それだけでマーガレッタは憧れが一気に冷めるのを感じたのだ。

意識もない人間に尿意を我慢しろと言うのは酷なのかもしれないが、マーガレッタは乙女の年頃である。

異性?の失禁姿を見た挙句ひっかけられてスルーできる年齢ではなかった。


それで陸地まで運んでいって、水を吐かせてやって、そこまでしたところで愛想がつきてマーガレッタは早々に海の奥底にある自らの国に帰った。

そして、憧れから集めていた人間グッズを捨てた。


姉姫たちはマーガレッタの行動に「あの子も大人になろうとしてるのね」と微笑ましいものを見る目をしていたが、マーガレッタ的には黒歴史処分市である。

もちろんマーガレッタとて、人間がそんなしょっちゅうひっかけてくるとは思っていない。

しかし人が助けてやったのに抱かれた状態のまま温かい尿をぶっかけてきやがったことを看過出来はしなかったのだ。

その怒りから、彼女は一夜にして人間アンチになった。

いや、アンチというか、嫌いになったというか。

とにかく、きったねぇ生き物だから関わりたくないと、以前なら観察したりしに浅瀬までいっていたのをやめるようになった。



かくして二人の乙女はおとぎ話を始めなかった。

その後の王子の展望は、杳として知れない。

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