食欲がありません
お呼びが来た。
わっさわっさ。歩くとそんな感じ。非常に歩きにくい。これがデフォルトなんて、姫は大変ですね。
テーブルにつくと、案の定のフルコース。テーブルにはカトラリーがずらっと並んでいた。侍女さんがサクッと教えてくれたところ、テーブルマナーは同じようだ。よかった。
握りしめていたスマホをそっと膝の上に置いた。これだけは手放しちゃいけない。そんな強迫観念。お守り。元の世界とつながるたったひとつのよすが。
そういえばわたしの服とバッグ、どこにいったかな?
「本日のメインは、牛肉のステーキだそうですよ」
侍女さんが教えてくれたけれども。食欲がない。まったくない。疲れすぎたせいだ。しかもタンタンメンの口になっていたし。
重たいフルコースなんて無理。ずるずるっとすすって終わらせたかったのに。
あれー。わたしもう、タンタンメンが食べられないのかな? この世界にタンタンメンある? コンビニありますかね。
……ないだろうね。
出席者は国王夫妻に王太子、勇者王子、さらにその弟と妹。名前は聞いたけど右から左に流れていった。疲れすぎた耳が拒絶したらしい。
それから宰相閣下。あと国のえらい人が3人ばかり。教会のえらい人たち。勇者パーティ一行。
ふう、眩暈する。
なんか、前菜でもうおなかいっぱい。
「アリーさまのために料理人たちが腕によりをかけたんですよ」
そう言われたら残すわけにもいかず。
だったら、もっとゆるいドレスにしてくれたらよかったのに! 苦しいよ! 食欲がない上にドレスが苦しいよ!
なんの拷問だ。
えらい人たちがなにか話していたようだったけど、上の空だった。たまに話しかけられたものの、なんて答えたのかよく覚えていない。
残しちゃいけないと、ひたすら口を動かし呑みこんだ。
なにがおいしかったかって、途中のソルベが一番おいしかった。料理人さん、ごめんなさい。
食後は「アリーさまはお疲れのようだから早めにお休みいただきましょう」と宰相閣下が言ってくれて、解放された。
よっぽど様子がおかしかったんだろう。白目むいてたかもしれない。
護衛の騎士さんについて部屋に戻ったまでは記憶がある。侍女さんたちがドレスを脱がせてくれたあたりで、ぱったりと記憶がとぎれていた。
……気持ち悪くなって目が覚めた。むかむかする。頭もガンガンする。
あー、ダメかもしれない。吐きそう。
むくりと起き上がった。
あれ? 自分の部屋じゃないな。ああ、そうだ。アレだった。
それよりも、トイレはどこだ? ぐるぐるするのは、具合が悪いせいなのか、情報処理が追いついていないせいなのか。
もそもそとベッドを抜けだして、よろよろと歩き出す。たしかあのドアがトイレだったはず。この部屋はホテルの客室のように、バストイレつきだった。よかった。
おふろにも入らないで倒れるように寝てしまったから、化粧品の匂いがする。
それがまた吐き気を誘った。
晩餐のごちそうは消化できないまま、胃の中でごろごろしていた。
助かったのは月明りでいくらか部屋の中が明るかったことだ。
重い体を引きずるように、やっとの思いでトイレにたどり着いた。そして吐いた。
あー、最悪だ。
それからまどろんでは吐き、まどろんでは吐き、を3回繰り返した。2回目から後は苦い胃液だった。
3回目にベッドにもどったときには、眠ったのか意識をなくしたのか、わからなかった。