パワハラハゲ上司
そう、わたしは転職活動真っ最中。数打ちゃ当たる方式で打ちまくった結果、やっと一社、面接にこぎつけたのだ。
これを逃したら、辞められなくなる。生贄のようにあの会社に残らなくてはいけなくなるのだ。
去年からすでに3人辞めた。そして残っている者たちも辞める機会をうかがっている。
みんなあのパワハラハゲ上司のせいだ。
見た目は小太りの頭のうっすい中年だ。が、性格が悪い。最悪。いばる。どなる。バカにする。
「そんなこともわからへんのか。最近の若いもんは困ったもんやな」
腹の立つ関西弁。
「おれが新入社員のころはな……」
はいはい、でました若いころの武勇伝。何十回も聞きました。
なにをやってもケチをつける。どこをどう直せ、なんて指示はひとつもない。これじゃあダメだと突き返す。
「どこがダメなんですか」
腹の立つのを呑みこんで、こっちが折れて聞いてるのに
「そんなこともわからへんのか」
と言いやがる。
「わかりませーん」
「これだから今の若いもんは……」
くどくどと中身のない説教がはじまる。10分20分無駄にして、なんにも解決しない。わたしの時間を返せ。
そのくせ、自分より上の人にはへーこらする。それがあからさま。見ているこっちが恥ずかしくなるんですが。
そして一番悪いのは、部下の成果を横取りすること。
さもさも自分がやったかのようにでっち上げる。
さいてー。
文句を言った高橋君は、意味のないコピー取りばかりやらされたあげく「楽な仕事で羨ましいわ」などと小ばかにされて、「ふざけんじゃねえよ、クソハゲが!」と啖呵を切って、辞めていった。
できる人だったのに。
「まあまあいいところに転職できたんだよ」
高橋君はわたしたちにだけ、こっそり言った。できる高橋君は、文句を言った時点でこの会社を見限っていたのだ。
それからだ。みんなの転職活動に火が付いたのは。
ヤバい。もたもたしていたら取り残される。
どうしてそんな上司が注意も受けずに堂々としているのか。
実績があるからだ。ヒット商品を開発している。日本人なら誰でも知っているあんな商品やこんな商品。しかも三つも。
この新社屋の半分は、この上司が建てた、と言われている。
くさっても武勇伝。それだけの功労者に、社長でさえ口出ししにくい状況。
社内規定は一応ある、という程度の中堅企業。それほどコンプラも徹底していない。むしろこの上司のせいで、コンプラ自体がうやむやになっている始末。
その結果の増長。辞めていく若手。悪循環。
しかも今年になってからメンターまで任された。
今どきの若いもんは、と今度はわたしが言っている。5才しか違わないのに、もう理解ができない世代。
「今日、有給使います」
朝、会社に来てからラインがくる。え? ラインで連絡?
っていうか、あなたまだ有給ついていませんよ。欠勤になりますが。説明あったでしょ。
そう思って電話をかければ出ない。
ええー? マジありえないんだけどー。
ハゲ上司に報告すれば
「はあ? なんやねん、その若造。出るまで電話しろや」
なんでわたしに怒鳴りますか。
昭和世代とZ世代の板挟み。
世知辛い世の中ですな。
後になればなるほど、辞められなくなるんですよ。それは非常に困る。生贄にはなりたくない。
この機会を絶対に逃したくない!
だから帰る! 指も生やしたし!
「いやいや。突然召喚したことは申し訳ない。だけどもう来ちゃったんだもの。しょうがないですよねぇ」
王さままで「ねぇ」なんて言ってるし。
はっ! まさか!
「帰る方法がない、なんて言わないですよね」
「…………」
「まさかね」
「…………」
「うそでしょ」
「行って帰ってくる間に見つけておきますから」
マジか。帰れないのか。ずっと握りしめていたスマホに目をやる。
圏外。
絶望。