心のオアシス
乗馬の訓練、と聞いたのに、今目の前にいるのはトリさんです。ダチョウみたいなでっかいトリです。
「……馬は?」
と聞いたら
「馬は砂漠を歩けないので、このトリで行きます」
とコンラートさんが教えてくれた。そう、乗馬を教えてくれるのはコンラートさんです。
やったぁー。イケメンが手取り足取り個人レッスンしてくれるなら、モチベも上がるというもの。
わくわくしちゃった。えへ。
今日は、わさわさのドレスではなく乗馬服だ。シャツにジャケット。パンツにロングブーツ。久しぶりに動きやすい服で、テンションが上る。スキップでもしたいくらい。
「砂漠ドリといいます」
コンラートさんが説明する。そのまんまだな。……うん、砂漠ね。あったね、どーんと真ん中に。
ちょっと前にドラマで見たよ。ラクダに乗って砂漠を越えて、逃げるヤツ。這う這うの体、ってヤツだよね。死なない? だいじょうぶ?
聖女の力は砂漠で役に立つのか?
トリの背中はわたしの肩くらいの高さ。でっかいね。足も長くて首も長い。頭は小さくてまさしくダチョウ体型。
足は馬並みに太くて三本指に太い鉤づめ。たしかに砂漠でも走れそう。
幅広のくちばしにその両端にちょこんと乗ったつぶらな瞳。ばさばさのまつげ。
ちょっととぼけたかんじでかわいい。正面に行くと突っつかれますよ。とコンラートさんが言った。
そうか、少し後ろに下がった。
「真後ろに行くと蹴られますよ」
横にしかいられないじゃん。
背中には鞍がついていてすっぽりとおしりがはまるようになっている。手綱、鐙と乗り方は馬と同じ。
ちなみに翼はあるが、飛べないトリだ。はばたくとスピードアップするらしい。ターボ機能。
「さあ、乗ってみましょう」
コンラートさんが、手綱を持ってくれている。
だけどね、高いのよ。全体的に。鐙に足がとどかないんですけど。と思ったら、トリ係さんが踏み台を持ってきてくれた。
その踏み台に乗って、やっと足がとどくくらい。コンラートさんは足が長いから、そんな心配はいらないんでしょうね。
わたしが乗ると、トリ係さんは踏み台をさっと外す。
封印の旅に、トリ係さんもついてくるの?
「旅先ではジャックが乗せてくれますよ」
ああ、そうか。ジャックなら軽々持ち上げるでしょうね。安心しました。
……ジャックはトリさんに乗れるの?
「獣人用の超大型砂漠ドリがいますよ」
そうなんですね。
っていうか、思ったより高い。ちょっとビビる。
コンラートさんは手綱を引きながらゆっくりと歩きはじめた。
前後に、軽く規則正しく揺れる。
あ、ちょっと気持ちいい。眠くなるヤツだ。
「だいじょうぶですか?」
コンラートさんが聞いてくる。
「はい、だいじょうぶです。気持ちいいですねぇ」
「そうですか、よかった」
彼はそう言って笑った。
ぎゃ! 笑った! イケメンの笑顔ヤバい。萌え死ぬ。
「では、少し早くします」
コンラートさんは軽く走りはじめる。それにつれて、トリさんも小走りになる。とっとっとっ。揺れが小刻みになる。あー、眠りを誘う心地よい揺れだー。
わたし、途中で寝ちゃうんじゃないかな。
「寝ないでくださいよ!」
はっ!
「寝てしまって、文字通り寝落ちするヤツがいるんですよ」
「はいっ! 目が覚めました!」
コンラートさんは、ははっと笑った。
トリさんとわたしは相性がよかったようで、すぐにひとりでも乗れるようになった。楽しい。
コンラートさんとふたり並んで、馬場を歩いたり走ったりする。楽しい。
「明日は馬場を出て、少し遠出しましょう」
「はい! ハイキングですね!」
ちがいますね。わかっています。
てっきり一日がかりのハイキングだと思っていたのに、実際は午後の半日だけだった。そりゃ、そうよね。コンラートさんだってヒマじゃない。
お城を出て、貴族の大邸宅がならぶ通りを抜け、小高い丘を登るとそこは見晴らしのいい公園だった。
ええ、もちろん石畳の整備された道路です。
馬に乗った護衛が5人ほど。3人の侍女はその後ろから馬車に乗ってついてきた。そこまでしてついてくるか。
「呑み込みが早いですね。よかった。街道は整備されていますから、これくらい乗れれば十分ですよ」
「はい、ありがとうございます。問題は川を渡った先ですよね」
「ええ、正直なところ川から先は我々も行ったことがないので、状況がわかりません。様子を見ながら進むことになりますから、条件はみんな同じです」
「そうですか。うまく連携が取れるといいんですけどね」
不安はある。
「はっきり言ってしまえば、寄せ集めの部隊ですからね」
そうですね。
「アリーさまのいた世界は想像もつきませんが、こんなふうに馬やトリに乗って外に出ることはありましたか」
なんて答えればいいんですかね。キャンプってわかるかな。
「海や山に遊びに行くことはありましたよ。馬やトリには乗りませんが。火を起こして、肉や魚を焼いて食べたりしましたね」
「……それが遊びなんですか?」
不思議ですかね。
「はい、デイキャンプといいます。それにしても、みんな子どもですもんね。うまくまとまってくれればいいんだけど。ちょっと不安がありますよねぇ。あ、ジャックって何才なんでしょう」
「ジャックはたしか19才ですよ」
若かった。アラサーだと思ったよ。あれだ、引率に間違われる高校生だ。
「やっぱり子どもの集まりじゃないですか。あまり我を張られるといやだなー」
コンラートさんはちょっと不思議そうに間を瞬いた。
「アリーさまも同年代でしょう?」
「え? わたし27才ですよ」
「え?!」
コンラートさんだけでなく、侍女たちも護衛たちも声をあげた。