聖女の力(笑)
そんなわたしの思いは、ほんの微々たるもの。出発に向けての準備は着々と進んでいく。
まずは「聖女の力」の使い方。
聖女の力ってなに?
聖女の力はふたつ。
ひとつは瘴気を払うこと。あのぶよぶよのぶるぶるを消したヤツね。
もうひとつは治癒。指を生やしたヤツね。
あのときは、なんとなーくやったらできちゃったけど、いざ封印の旅本番になったら、なんとなーくできるかな、ではすまないわけ。
でっかい瘴気の塊があったら、すぐに消さないと当てられちゃうからね。うかうかしてたら全滅する。
出たら即やらないと。
自由自在に瘴気を消す訓練ですな。
それと、魔物に出くわしたら戦闘になるから、怪我も多くなる。もしかすると重傷になるかもしれない。毒を持った魔物もいるようだし。
だから「治癒」と一口に言っても、傷や打撲、もしかしたら骨折、それに加えて解毒。
この辺は、魔法使いもできるらしいので、負担は減る。
長旅だから、病気の恐れもある。オールアウトドアだから、おなかとか壊しそう。虫刺されとか。マラリアなんてないよね。こわ。
毒ヘビもいるかもしれないしね。
軽い怪我や病気は、王宮の人々や兵士さんたちで練習した。
コツをつかんだらあまり力まなくてもできるようになった。手をかざしてひとこと「治癒」と言う。簡単。うん、よかった。
みなさんにも感謝された。うん、よかった。お礼を言われるとモチベが上がるよね。ハゲ上司もお礼のひとことでも言えたら、もうちょっとマシだったのにな。
問題は瘴気の払いかた。中庭にこの前と同じ金属の箱がずらりと並んでいる。
ぶよぶよが入っているんですか。やだな。
「手を振れば払えるんじゃありませんかね」
宰相閣下、適当だな。使用人さんが思いっきりしかめっ面で箱を持って来る。目いっぱい腕を伸ばして箱を持ち上げる。
やっぱりケージの中にぶよぶよ。うへえ、ぶるぶるとふるえてるよ。もわーんとどす黒い煙が出ている。きも。
「さあ、アリーさま。さっさとしないと瘴気が蔓延しますよ!」
煙を払うように手を左右に振った。消えた。消えるには消えたが、これじゃあ効率が悪いな。まさか、ずっと手を振りながら歩いていくわけにもいくまい。
もっと派手に、ぱーっと一瞬で広範囲を払いたい。
「なにか道具を使いますか」
ハンディファンとかあればいいのに、と思った。残念ながらこの世界、魔法はあるが電気はない。
じゃあ、代わりにあおぐものと言ったら?
「うちわか扇かな?」
「そうですね」
宰相閣下も同意して、使用人さんに持ってこさせた。
うちわ、ぱたぱた。うーん。ビールと枝豆がほしくなるな。手よりはずっと風の勢いがあるけど。
なんかー、ヴィジュアルもイマイチだな。どこにしまうの? 腰に差す?(笑)
お祭りかウナギ屋か焼き鳥屋か。
扇。
「王妃さまのを借りてきました」
え? おそれおおくない?
きれいな花柄でレースがついて、ふんわりとバラの香りがします。
これでぶよぶよ払っていいんですか。
「どうぞ。しゃっとやっちゃってください、しゃっと」
宰相、不敬だと言われたらあんたが責任取りなさいよ。
しゅっと振るとパッと開く。うん、これはカッコいい。風の勢いもいい。持ち歩くにも便利だよね。
ひらひらと振ってみる。ジュリアナ? あのメロディにあわせて踊ってみる。瘴気の消え方も早い気がする(笑)。
「なんですか、その踊り。南国の踊り子のようですね」
宰相閣下が怪訝な顔をした。
ジュリアナの舞(笑)。
「もうちょっと大きいともっと威力が出ますかね?」
「そうですね、では急いで作らせましょう。壊れることもあるでしょうから、何本かまとめて作りましょうね」
あれはどうですかね。クジャクの羽根のヤツ。諸葛孔明みたいな。
「言っておきます」
楽しみだな。
勇者パーティの面々とは2回ばかり会った。みんな自分の仕事のかたわら、個々に準備はしているようだ。
旅の行程のミーティングというか打ち合わせというか。
宰相閣下の仕切りなのだが、どうにもノリが悪い。
しかたないっちゃ、しかたない。王子はともかく、マリア姫や軍の兵士が打ち合わせなんてしないだろうからね。
閣下がしゃべって、たまに王子とわたしが質問するかんじ。それに閣下とレジ―が答える。
まあ、わたしの質問なんて初歩中の初歩。今聞くなや、レベル。今しか聞く時間がないから勘弁してよね。
ジャックは行きあたりばったりでも力業でなんとかなりそう。
けれど、獣人なんてはじめて会ったし、どうなの? こわいの? やさしいの? いきなりぶち切れるとかあるのかな。
ちょっとわかんない。すべてがなぞ。
レイラは言われたらやるかんじ。斥候しているくらいだから、気は利くんだろうけど。
「特殊な育ち」と宰相閣下は言ったけれど、そのせいなのかどうにもギャル臭がする。ことば使いもそうだけど、しぐさがね。
どすん! とすわっていきなり足を組むとか。
わたしもお上品なつもりはさらさらないけど、さすがに社会人としてのマナーはあるからね。
相手が不快になることはしませんよ。
軍なんて、気の荒いところに居たらそうなるのかもしれないけれど。
教えたら直るんですかね。
ああ、いけない。メンター根性が出てしまった。しまったほうがいいな。
マリア姫は、どうなんだろう。王さまに命令されたからしかたなく参加しているんですかね。やる気というものが、まったく感じられないんだけど。
王子がいなかったら、絶対来ない気がする。
いつだって、「ほほほ」とうすい笑みを浮かべてすましている。貴族のお嬢さまって、気軽におしゃべりなんてしないのかな。
常にすんっとした侍女がふたりついている。ドアの近くに、おなかのところで手を組んで、身じろぎひとつせずにずっと立って待っている。
そういう仕事といえばそれまでだが、じっと立ってるのって辛くない? 足踏みのひとつもしたいでしょうに。首のひとつもゴキッとしたいでしょうに。
こわ。
この侍女たち、旅にもついてくるのかな。まさかね。はは。
だいたいみんな10才も下の子どもたちだもんね。話が合うわけない。それを抜いても、異世界なんて話が合わないどころじゃない。
ほんとにこの面々、だいじょうぶかな。うまく連携取ってやっていけるんだろうか。