一時中断
おでこに冷たい感覚があって、目が覚めた。
「アリーさま。ご気分はいかがですか?」
だれ?
なんか、ずいぶんりっぱな部屋だ。
ああ、召喚されたんだっけ?
夢じゃなかったんだ。夢だったよかったのに。
絶望して現実逃避するように、また目を閉じた。
うつらうつらとしているときに、口の中に苦い液体が流れ込んでくる。
「お薬ですよ」
侍女の声がする。
「聖女なのに、自分で治せないのかしらね」
聞こえていないと思ったんだろうか。
盛大にむせた。
なんだ。みんながみんな、歓迎しているわけじゃないんだ。
何回かそんなことをくり返した気がする。
「なにか食べたいものはありますか?」
侍女にそう聞かれて
「ウィダー」
と答えた。
「……それはどんなものですか」
「冷たくてちゅるちゅるで、グレープフルーツ味」
次に目を覚ましたとき
「さあ、うぃだーですよ」
と侍女が出してくれた。スプーンですくって口の中に入れてくれる。
……ウィダーではないな。近いけども。
これはこれでおいしいですが。
なんか柑橘系のゆるめのゼリーだ。熱っぽい体にしみていく。
「料理長が作ってくれましたよ」
そうか、それは申し訳なかったな。いきなり「冷たくてちゅるちゅるで」なんて注文つけられたら、さぞや面食らっただろう。
「おいしいです」
と言ったら侍女はにっこり笑った。この笑顔、なんか怖い。
いろいろと限界だったんだ。情報量が多すぎて脳のキャパシティを超えてしまった。もともと抱えていたストレスもあったからね。ハゲ上司のこととか、転職のこととか。不眠気味だったし。
はっきりと目が覚めたのは3日目だった。
おおー、そんなに寝たのか。まだ胃のあたりはぎゅっとするけれど。
起きるとふらふらする。
「なんにも召し上がっていないからですよ」
侍女がそう言って、にっこりとほほ笑む。
いやー、怖いなぁ。
消化のよさそうなおかゆみたいなやつとか、ポタージュスープとか、そんなものから食事が再開された。
顔を洗い、歯を磨き、体を拭いたところでボヘミアンズがやって来た。
「ご気分はいかがですかな?」
宰相閣下が言った。
「はあ、なんとか」
「お疲れになったのでしょう。戸惑うことも多かったでしょうから」
そうですね。
「調子を見ながら、訓練と勉強をはじめましょうね」
そうでしたね。そんなのがありました。
「でも無理は禁物ですよ。先は長いのですからね」
そうですね。
スマホの充電は切れてしまって、うんともすんとも言わなくなっていた。
元の世界とつながる、かすかな希望すら失ってしまった。
面接の結果、どうなったんだろうな。
無断欠勤して、会社で騒ぎになっていないだろうか。
親のところへも連絡は行っただろうか。
みんな、心配してるかな。
もう、受け入れざるを得ないのだ。あきらめるしかないのだ。
そうは思っても、どうしてもあきらめきれない。
なんでわたしが、こんな目に。
被害者意識がむくむくと湧いてくる。
しかたないだろう。だって拉致された被害者なんだから。
たぶん、この世界にわたしを理解してくれる味方はいない。
わたしは、ひとりぼっちだ。