召喚(笑)
王宮の地下深くにある秘密の礼拝堂。ろうそくの炎が揺れるのとともに、人々の影も不気味に揺れる。
広いホールの真ん中、冷たい石の床には、丸く複雑な魔法陣が描かれている。
その魔法陣を囲むように10人の魔導士が立っていた。黒いマントで頭からつま先まですっぽりと纏った様は、まるで悪魔に仕えるもののようである。
そして、さらにその外側を取り囲む人々。
聞こえるのは魔導士たちの唱える魔法の呪文。幾重にも重なり、低いはずの声は音の波のように礼拝堂に満ちていく。
やがて魔法陣の中心が白く光りはじめた。小さな光の一点は、次第に広がっていく。突然ぱあっと、目もくらむような光が炸裂した。
ある者は両手で顔を覆い、ある者は顔をそむけた。
一瞬の後、あたりは元のようにろうそくの光だけが揺らいでいた。
そして、魔法陣の真ん中にはひとりの若い女がすわり込んでいた。
「召喚は成功です」
魔導士のひとりが言った。
おおーっ! と歓声が起こった。
「すばらしい! 聖女さま、ようこそいらっしゃいました。われらフレイザー王国の一同は歓迎いたします」
なにが起きたのかなにも理解できていないような、呆然とした彼女に宰相は話しかけた。
いやいや。いやいやいやいや。
あんた誰よ。聖女さまって誰よ。
わたしはコンビニに入るところだったのよ? それがなんで、こんなところに?
仕事が終わって、帰る途中だったんだ。駅を出て、駅と自宅マンションのちょうど中間にある、とっても便利なコンビニに入るところだったのよ。
いつもどおりだったのよ。それなのに、ピカッと光ったと思ったら、いきなり足元が無くなって落ちたのよ。
えーーー?
いやいやいや。気味悪いって。なんでこんなに暗いの? ろうそく? 電気つけなさいよ。陰気くさい。
コツコツと靴音を鳴らして、おじさんが近づいてくる。
こわ。
わたしは持っていた通勤かばんをギュッと抱きしめた。
そうだ! 110番だ!
かばんからスマホを取りだした。
……圏外?
なんで。
あっ、きっと拉致られたんだ。一瞬意識が飛んだもの。ヤバい薬を嗅がされて、意識を失ったところをどっかに連れてこられたんだ。
えー、なにー?
ヤバい宗教? コスプレ集団?
だってみんな変な服着てるもん。中世ヨーロッパ? チャールズ国王が着てるようなヤツ。
たくさんのおじさんに囲まれているー。
ヤバイ、こわい。
借金のカタに臓器でも取られるんだろうか。いや、わたし借金はないぞ。
はっ、親か? 投資詐欺に引っかかったか。それで有り金全部取られた上に借金か。
池上さんと森永さんのアカウントは、なりすましだから気をつけろって、あれほど言ったのに。
コツコツ。おじさんが近寄ってくる。
ひい。わたしはずりずりとずり下がった。
「聖女さま」
ひい! しゃべった。
「ようこそいらっしゃいました。われらフレイザー王国の一同は歓迎いたします」
わからんわからんわからん。
わたしはコンビニで冷凍タンタンメンを買うのだ。電車の中でそう決めたのに。
「ささ、こちらへ。温かいところでお茶でも飲みながらご説明いたしますよ」
おじさんは手を差しのべた。そういえば床が冷たい。固くて冷たい石の床だ。
いまどき石ってなんだよ。奇をてらったおしゃれカフェか。
すっかり足とおしりが冷えていた。おじさんの手は無視して立ちあがろうとしたら、よろけてしまった。
「おっと、あぶない」
おじさんが肩にをかけた。ひい!
「ささささ、さわらないで」
「これは失礼。だいじょうぶですか? 歩けます?」
バカにすんなや。歩けるもん。わたしは、ふんっと腹筋に力を入れて踏んばった。毎日電車でやっているから慣れてるし。
「だいじょうぶですぅ。歩けますぅ」
精一杯にらんだのに、おじさんはふっと軽くほほ笑んだ。
くっそ、バカにしてんな?
「ささ、こちらへ」
手荒なことはされないようなのでついていくことにした。とりあえずここから出たい。こんな狭い暗い怖いところにいたくない。
階段を上り、階段を上り、階段を上り。3階分くらいの階段を上ると、やっと明るい廊下に出た。
地下だったんかい。どうりで暗いはずだ。
改めて通されたのは、打って変わってゴージャスなお部屋。応接室?
白い壁、シャンデリア、深紅のじゅうたん、同じく深紅のビロードのソファ、ネコ足のローテーブル。
「どうぞどうぞ、おすわりください」
さっきのおじさんが勧めるとおりに、ソファに腰をおろした。向かいにはそのおじさんともうひとりのおじさんがすわった。
……おじさんAとおじさんBだな。