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Dark to Dark  作者: 神衣舞
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「……」


 すでに視線は文字を追っていない。

 なにしろ三度読み返した。


「ディクワン一等書記官、如何(いかが)しました?」


 紅茶のポットを手に妙齢の女性が声を掛ける。

 かれこれ一時間も同じ姿勢で唸っていれば誰だって気になる。

 周囲の部下達はちらちらと彼の様子を(うかが)っていた。


「何でもない」


 憤然。

 彼がありありとその感情を浮かべて書類をデスクに投げ捨てると、触らぬ神にとばかりに紅茶を置いて女性は退散する。

 机の上のレポート。

 そこには『バール南部における農地開発、並びに防衛施設建設案』と記されている。

 バール南部は詰まるところアイリンとの国境であり、両国にとって重要な戦略拠点である。

 同時に国土の大半が寒冷地帯のバールでは、食料生産の見込める場所であり、重ねられた戦争の本分も南方の肥沃な大地を手にせんがためである。

 故に名立たる軍略家が攻略せんと編み出した妙案は星の数ほど。

 その思いも堅牢無比なデスバレー要塞を足掛かりにされ、繰り返された合戦で苦渋を飲み続けている。

 悉くは近代戦史に燦然と名を輝かす花木蘭の前に崩れ去っていった。

 いつ踏み荒らされてもおかしくない場所を開拓などできない。

 この至上問題は文官武官問わず常に頭の片隅にある腫瘍のようなものになっていた。

 しかも悪性である。

 バールにこの人ありと謳われる者達が悉く失敗したのだ。

 誰が好き好んで手を出すだろう。

 結局は次に生まれる『天才』を待って眠る羽目になっているのである。

 それが今、彼の机の上に転がっている。

 実のところこれは嫌がらせのつもりだった。

 どういう理由で登用されたか知れない自分の娘ほどの少女に対し上からの命令は「何かしら仕事を与えてやれ」との事。

 参謀本部とも呼ばれるここの平均年齢は40を越える。

 歴戦の猛者が豊富な経験を携えてやってくるのがこの部署である。

 頭でっかちの貴族の子弟がそれらしいことを歌う『軍略室』という場所があるが、どう考えてもそっちに送るべきだ。

 人事が配属指示を間違ったのだろうと彼は考えていた。

 しかし命令を無下にしては組織が成立しない。

 また上の間違いを指摘してもまた組織の上で自身を成り立たせる事は出来ない。

 そんなジレンマの果てにできても出来なくても構わない仕事を与える事にした。


「……」


 紅茶を手に、目の前の悪夢を睨む。

 正直理解すら出来ないだろうと高をくくっていた。

 根は真面目そうだから一ヶ月二ヶ月は悩むに違いないと。

 事実最初の数日は書庫に篭りきりになった彼女を見て上手く行ったと思った物である。


「……」


 そこに記されていた地図が脳裏に過ぎる。

 一見なんの役にも立ちそうもない場所に小さな気休め程度の砦を築く。

 彼がただの無能なら一笑に付しただろう。

 しかし、彼はその意味に気付いてしまった。

 小さな砦など敵の拠点になるのがオチである。

 しかしそれはあくまで敵が砦を落とせる場合に限る。

 騎兵というものは実のところかなり融通の利かない兵種である。

 速度を重視するが故に他の兵種はついてくることができないし、貫通力を主とするが故に


「砦を落とす事はできない……」


 ただ、そこに砦がある。

 脅威としてはさほどの物ではないが、しかし最強の『騎兵』には致死の猛毒となる。

 その地図が示す場所は、青が最も侵攻しやすい場所を見抜いている。

 そして建築方法も周到である。


『有志を募り、5年間の無税を約束し村の建設を行なわせる』


 砦を建設していると知れば当然何らかのアクションを起こしてくるだろう。

 しかし村なら話は別だと論じている。何故か?


『花木蘭は非道を嫌い、アイリン軍はその思想をスタンダードとしてしまった』


 アイリンの英雄花木蘭。

 神に見初められし員数外の聖騎士。

 彼女は何度も奇策と速度を用いて戦い続けて来た。

 だが、このレポートは余りにも豪胆に指摘する。

 その策の中には残虐性が余りにもない。

 まるでヒロイックサーガの英雄のように、最後には称えられるべき勝利だけを残していると。


「無害な村人をカモフラージュとし、資材を搬入。

 一気に砦を建築する……」


 建設に適した土地とされている場所の大半は林に面している。

 カモフラージュと共に林は馬が迂回せざるを得ない場所の一つである。

 迂回するための最短ルートは沿うように走ること。

 その先に砦が待ち構える。


『徹底的に青の進軍を叩く。

 青の壊滅はアイリン軍の壊滅に等しい』


 常勝将軍が率いた常勝の兵団。

 故に壊滅は戦局を揺るがして有り余る。

 無論、青以外に攻められれば落ちるという愚かな配置ではない。

 砦と砦の間隔や、臨時の指令部となるべき大砦の位置や建設時期が事細やかに計算され尽くしている。

 木蘭が最後に残した青の陣形にカランビットと呼ばれる物がある。

 もし彼女がこの配置を見ればそれを連想しただろうか。

 密集と散開。

 もしこの構想が成熟し、軍隊がそれを思うがままに行なえるということは脅威である。

 集合すれば一網打尽の危険があり、散開すれば各個撃破の危険がある。

 何を行なうにせよ人数が増えれば行動が遅くなる軍にとって、適した陣形を採る速度は重要な課題の一つである。

 その判断を大砦という司令部が行い、散開密集は己の担当する砦単位で行なう事で広い範囲での対応を補助する。


『アイリン軍はその突進力を緩やかに受け止められると脆弱である』


 幾重にも張り巡らされた見えざる防波堤。

 広い国境を最少の労力で守り、なおかつ生産力を確保する。


『100年続く守りではないが、50年持てば代償は恩恵へと変わる』


 代償。

 開拓民は生贄である。

 アイリンの国風に心変わりがあればあっさりと血に塗れる肉の壁。

 たかだか5年という無税褒賞でその命を買い上げ盾とする。

 上手く行けば防衛線の構築と共に食品生産量の増加となり、失敗したところでどうせ手のつけられなかった土地だ。

 何ら痛手はない。

 むしろ蹂躙すれば、逆に身内から批難の声が挙がるだろう。

 気が付けば、カップの中は空になっていた。

 彼は静かにカップを置くと、一つ息を吐き瞑目。

 読み解く程に裏の思惑が滲み出る。

 そしておもむろに彼はそのレポートを引き出しの深い所に仕舞い込む。

 認めるわけには行かない。

 彼は決して無能とは言えない人材である。

 故に『そこまで』読み解いてしまう。

 選定皇制度を末はこの国を試している。

 つまりこの案はそう言う意味だ。


「彼女は?」

「スティアロウ嬢ですか?」


 近くに座る二級書記官が苦味の走った顔を一瞬浮かべる。


「資料庫に行くと言っていましたが」

「……」


 レポートの内容はさておき、一番問題にすべきはこの内容をたかだか三日で書き上げた事である。

 それはたった三日で国にとって最重要機密である地理を完全に把握されてしまったという意味。

 分析する。

 あの少女はお節介で世渡りが下手で、そして恐ろしいほどに意思の力が強い。


「ミトラス二級書記官」

「……はい」


 先ほど応じた男の前に座る男がかすれるような返事をする。


「頼む」

「……畏まりました」


 その一言で通じる。

 誰も口を挟まない。

 男は目の前の書類を束ねると部屋を出ていく。


「……」


 深く吐息。

 あの少女は試している。

 何よりも、直属の目付け役となった自身を。

 まるで目前に刃を突きつけるかのように。反撃か己の心臓を捕らえる可能性を認識しながらも恐れる事なく。

 彼女は意志の力が強い。

 だが、それがどうしても自傷行為にしか見えない。


「己と世界が釣りあうと思うか。

 小娘ごときが」


 献身と捨て身は意味が違う。

 蛮勇を勇気を褒め称えられない。

 何時かは壊れる試金石。

 試すは世界とそれに触れる者。

 つまりは王やそれに繋がる者。


「……スティアロウ・メリル・《ファルスアレン》か」


 その名は鬼姫を阻んだ巨石の一つ。

 まさか本名ではないだろうが、バールに登用されるために用いるものでは決してない。


「早々に消すべきか」




「いいんですかねぇ」


 溜息交じりに美青年がぼやく。


「いいのよ」


 ぴしゃりと一蹴するのは、まさしく『令嬢』然した声。


「私達の目的はバールの改善活動じゃない。

 膿出しだもの」

「いや私達って、私は巻き込まれただけ……」

「別に暇でしょ?」

「一応暇じゃなかったんですが」


 酒場で忙しく給仕に励んでいた魔人はぼそりと呻く。


「いいわよ。どうせ木蘭の道楽なんだから」

「ぶっちゃけすぎですよ!?」


 全否定できる要素はないものの、あまりの言い様に思わず声が高くなる。


「だいたい何所の世に牛頭魔人をシェフに据える店があるのよ?」

「てか、その命令下したのあんたでしょっ!?」


 牛頭魔人ことゴズは思いっきり突っ込んで大きく溜息。


「いいじゃない。

 『正しい使い方』を折角してあげてるんだから」

「いろいろ理不尽ですけどね」


 話しながら少女────スティアロウは辞書ほどもある本を読み終える。


「それにしても。

 どうしていつもの口調じゃないんですか?」

「別に深い意味はないんだけどね」


 厳密に言えばこの口調はティアロットの物であり、スティアロウの物ではない。

 記憶喪失が別った二つの記憶。

 その片方の口調。


「いろいろ複雑なのよ」

「……はぁ?」


 別にそれを朗々と語る必要もない。

 今の自分はスティアロウだがティアロットなのだ。

 だからスティアロウとしてある時は自分の口調に戻している。

 それだけの話。


「それに今回は別に悪目立ちする必要はないわけだし」

「いや充分目立ってますって」


 容赦ないツッコミに「むぅ」と口を尖らす。


「仕方ないじゃない。

 変身リングはばれた時に信頼ガタ落ちだし、暗殺者やスパイを常に警戒するこういう場所じゃ堂々としたほうが立ち回りやすいものよ」

「その割には毎晩客が絶えないっすね」

「……半分は私狙いじゃないわ」


 流石にこの時期に選定皇候補の暗殺などやらかしはしないだろうことは彼にだってわかる。

 もちろん彼に分かる事にこの少女が気付かないわけがない。

 重苦しい沈黙を演出してみるとページを捲る音がそれをかき乱すように早く流れる。


「で、どうするんですか?」

「様子見よ。

 流石に仕官して国の人間になっちゃえば例の牙は様子見を決め込むとは思ってたけど、時間の問題でもあるのよね」

「矛盾してません?」

「釣果を焦ってはずれを釣っても餌の無駄だもの」


 罪人を裁くには罪の証拠があればいい。


「でも、地位のある人間を吊り上げるにはそれ相応の舞台が必要よ」

「はぁ……」


 牛頭は頭を捻る。

 彼女がわざわざ自分を持ち出してきたのは『牙』に対抗するためのはずである。


「『群れ』に手を出されて『主』は私に気付いた。

 でも、私が狙う釣果はそこじゃない」


 もはや十年以上誰の手も触れらず埃を被り朽ちるだけの書物が流れるように知識を語る中で、少女は朗々と謳う。


「私は一人でも多くの人が笑って暮らせる世界を見てみたい」


 それは求めれば求める程に『人間』という救いたい存在から忌み嫌われる思想。


「神は世界を管理しない。

 人の業は世界を安定させない」


 望みは全ての者に等しくない。

 そして欲望は敵対しあう。


「最大人数による最大幸福。

 それはきっと人間から人間を奪う行為でしょうね」

「……壮大すぎて私にはさっぱり」


 普通に考えれば妄言もいいところである。

 しかし今までの少女の歩みを見る者が見ればどうだろうか。

 不意に背中が重くなる。

 慣れた感覚は器用に頭まで登り鎮座する。


「行ったみたいね」

「そうっすね」


 本当に静謐に包まれた資料庫で少女は吐息を漏らす。


「ってか、今の話題はセーフなんですか?」

「妄言の類でしょ。

 なんだか知らないけど夢一杯の未来に向けてかんばる女の子?」

「……ってか、いつもの『なになにじゃ~』って言ってる人とキャラ完全に違いません?」


 そう? と小首を傾げる少女だが、普段冗談や軽口を叩いてる姿を見ていないが故に違和感ばかりがある。


「なんにせよ。

 まずはあの阿呆の件を片付けないと」


 彼女がなんの躊躇いもなく阿呆と言い放つ人物は基本的に一人しかいない。

 阿呆と言う言葉から真逆の存在と称えられる魔術師ギルドの総本山世界塔の長、オリフィック・フウザーのことである。

 そんな人物に大それたとも思えるが、それなりの理由は存在する。

 原因はフウザーの2つの悪癖。

 1つは女にだらしない事。

 そしてもう一つは力の扱いに無頓着なこと。

 潔癖症の彼女にとって、誰構わず女に声を掛けるような軽い男は基本的に受け付けない。

 だからと言ってそれだけならそこまで悪くは言わない。

 問題はもう一つの悪癖である。

 彼が気軽に教えた物理魔法により起きた騒ぎは数知れず、適当に作って適当に管理していたマジックアイテムが騒ぎを起こした事数知れず。

 魔術師としての才に溢れる事は今更否定しない。

 しかし力を扱う者の心構えとしては最悪の部類というのが彼女の評価である。

 そしてそれが不当評価とは言い難い被害を出しているのも事実である。


「それにしても、どうやってその魔道書を見つけ出すつもりですか?」

「別に見つけなくてもいいんだけどね」


 魔道書。

 それこそが今回のもう一つの厄介ごと。


「いくら解読したからって結局扱えるのは魔術師ギルドで言う所のソーサラー級以上よ。

 最悪それを全て叩けば良いわ」

「いや、無理ですから、それ!?」

「そうでもないと思うけど」


 世間一般的な見地からすれば牛頭の評価が圧倒的に正しい。

 ソーサラー級と呼ばれる魔術師はそれ一つが攻城兵器に等しい。

 アイシクルランスの一撃は城門を砕き、スリープクラウドは範囲内の兵士をたちどころに眠らせ死に近づけるだろう。

 普通の感性を持っていればソーサーラーと呼ばれる者をまともに相手しようとは思わない。

 しかし、自分から挑むのであればこの少女はソーサラーごときに負けるなど欠片も考えてない。

 否、負ける可能性を完全排除し、確実な方法で討滅する自信がある。

 事実人の身では抗うも愚かな存在にあらゆる手段を駆使して戦い抜いた経験が小さな体にひしめいている。


「だいたい、バールのウィザード、その大半は魔術封印をされているわ。

 残るのは良識派とソーサラーくらいなものよ。

 だから魔術師ギルドはそれほど気にする必要はない。

 問題は『牙』だけ」


 アイリンの青、ルーンのルーンナイトと言うように各国には世に名高い精鋭軍団が存在する。

 その中で最も闇に近しい存在。


「闇に潜むルーンナイトだからね。

 戦闘経験も豊富だし一筋縄では行かないわ。

 この前やりあった時も3人は持っていくつもりだったのに逃げられたし」


 女神亭で容赦なく神滅ぼしを使おうとした『牙』。

 バールにのうのうと潜り込んだ少女を無視しているとは思えない。

 もっとも、以前セムリナの大聖堂で出くわした『封印されたはずのウィザード』の存在もある。

 とてもではないが油断できる余裕はない。


「それにしても、木蘭は十二系統魔法や竜語魔法がこの世に残してはいけない魔術って言うけど、個人的にはある程度の実力さえあれば要塞ごと消滅させられる物理魔法の方がよっぽど存在させちゃいけない魔法だと思うわ」

「まぁ、どっちもどっちっすね」


 魔術には詳しくない魔人は率直なコメントだけに留める。

 その回答にやや不満げな顔をしつつそれを消すと


「どうせカーン家の思い通りにならなければ牙は動き出す。

 それまではせいぜい泳がされるとするわ」


 吐き捨てるように言い放ち、次の資料を開く。


「はぁ、いつまでここに居るんすかねぇ」

「そう長くはないわ」


 さらりと一言。


「見たでしょ?

 あの呆れるほどの神官の出入り」

「……はぁ」


 聞くところによれば神聖術の最高位とも言われるリザレクションを絶え間なく掛け続けいるという。

 だが、少しでも神聖術に通じていればその行いがいかに愚かしいか察するに難くない。


「斬り飛ばされたばかりなら腕でもくっつけてしまうリザレクションを絶え間なく掛け続ける……

 それを不慮の事故で苦しむ人たちにやってあげればどれほどの人が救われるんでしょうね」


 リザレクションで癒えぬ傷。

 それはもはや死の定めが確定し、神の奇蹟を持ってもこの世に留まることを否定された者。

 この瞬間にも止まろうとする生命を無理やり生かし続ける。


「昔にどこかの魔術師が研究してたわ。

 回復魔法における人体への影響」


 人間には寿命がある。

 傷を癒すという行為は様々な方法はあれど纏めると先の命を今に持ってきているだけだと言う。

 例外は体まるまるひとつを再構成してしまう方法と時間を逆流させる方法だが、これについては世間で認知されていない。

 十三系統魔法に措ける『創造魔術』と『時間魔術』。

 共に他の系統とは一線を画した高位魔術と位置付けられている。

 無限とも言える魔力を有したファルスアレンでも高位とされる術を今、この世で行使するのはほぼ不可能だろう。


「血の継承を尊きとする貴族がホムンクルスへの移植なんてことを考えるとも思えないしね」


 世に三つあると言う賢者の石を持ってくれば見込みはあるかもしれないが、そんな条件でしか使えない魔術を研究している者などまず居ないだろう。


「大体前程からおかしいのよ。

 選定皇制度はその性質故にそのチャンスがあるなら是が否でも皇帝に就任する事を狙うものよ。

 それがその最有力候補が揃って他家を推している」

「まぁ、変と言えば変ですね」

「これが揃って第三者を推しているなら脅迫ってことも考えられるけどね」

「確か互いに推し合って、自分はその補佐をするって言ってるんですよね?」

「ええ」


 正直この国の歴史を完膚なまでに否定するようなやりとりである。

 現国王の無謀な延命など他五家の連名で辞めさせるべきである。

 そして今このタイミングは相手を落としこそすれ持ち上げる時期ではない。

 カーン家に至っては準備ができていないとすれば延命には賛成だろうが、ネヴィーア家など真っ先に噛み付いてしかるべきである。

 深く息を吐いて瞑目。


「まぁ、なんにせよ今の私達は目障りになるようにするだけ。

 相手が動かない間にのんびりバールを丸裸にさせてもらうわ」


 秘されている部分から逆に見当をつけ、脳内に展開したバールの地図に書き込んでいく。

 将来必ず必要になる知識故に。


「それにしても」

「はい?」


 頭の整理が追いつかない魔人の空返事を気にせず少女は自分の髪を手櫛で梳いて一言。


「ここで大立ち回りすると世界制覇ね」

「……はぁ?」


 フウザーのことを迷惑千番と言っておきながら、自身もなかなかに厄介な存在であるという自覚はあるらしい。




 闇に己を溶かし静かに夜を行く。

 前を行く少女は己に気付く事なく宿泊先へ歩いている。

 同行者は優男が一人。

 殺ろうと思えば殺れる。

 仕込みナイフには毒。

 なくとも二人くらいなら真正面からでも問題はない。

 だが、残念ながら今日の任務は追跡である。

 故にただ己を殺し、行く。

 彼の表の顔はなんのことはない文官である。

 今日も追跡する少女と普通に顔を遭わせている。

 話したことはないが自分の顔は知っているだろう。

 間もなく宿に着く。不審な様子はなく、誰とも会わない。

 空振りか、そもそもこの行為が不毛か。

 その判断は彼の主人の仕事である。

 ただ宿に入るところを見送り、室内を覗き込むだけでいい。

 二人が外部の何者かと接触していないか。

 その確認だけが任務である。


 とす


 体に音が響く。

 声は出ない。


 闇が静かに闇に溶け行く。

 石畳に屍を晒す闇よりも深淵に近い闇が去る。




 その日。

 ディクワン一等書記官は机で調べ者をしている少女の姿をまず見つけた。

 レポートの提出から早三日。

 何はともあれそろそろ何かしらアクションを起こさねばならない時期ではある。

 部下からの「彼女は妙な理想を掲げている」という報告を思い返し自分のディスクに就く。


「スティアロウ君」

「はい?」


 幼さが残るものの明朗な声が応じる。


「ヨークス村でかなりの数のゴブリンが発生していて、軍に応援要請が出ているんだがね。

 これの取りまとめをお願いして良いかな?」


 部屋が静寂に包まれる。その空気を完全無視して彼女は2秒考える。


「シンランの森を包囲掃討するには1個中隊では余るでしょう。

 1個中隊で森を包囲して、傭兵にて森狩りを実行。

 その辺りを根城とする『鼻高鷲』が数としても適当かと思います。

 恐らくあちらも依頼が来ると思って用意しているでしょうし」


 澱みなく応えて


「費用は大雑把に計算して金貨千枚ほどでしょうか」


 と締める。

 一拍の間。

 彼は事もなげに一言。


「使う傭兵は『銀糸蝶』だ」

「ではプラス金貨200枚ですね。

 人数が多いですし、移動の経費が掛かりますから」


 沈黙に周囲の緊張が混じるが、渦中の二人は涼しい顔である。


「経費の無駄かね?」

「私にはわかりかねます」


 澱みない『回答』に表情が崩れた。

 生まれたのは失笑。


「では個人的にはどう思うかね?」

「『高鼻鷲』はその近辺でよく騒ぎを起こしているようですし、水をかけるには良い機会ではないでしょうか」

「妨害の可能性は考慮したのかね?」

「だから『銀糸蝶』かと思いましたが?」


 そして沈黙。

 ディクワンは深く息を吐き、立ち上がる。


「その回答の意味、理解しているようだね」

「はい。

 ですが、あまり変わりませんので」


 答える事ができず、彼の視線は彼女の後ろ、部下が座っているはずの場所へ注がれる。

 その椅子は今日から空席であると先ほど告げられた。

 深く息を吐いて、彼は少女を見る。


「……君は何者だ?」


 彼の部下は昨夜通り魔に殺害された。

 遺体は損壊が激しくまだ家族も見ていないと言う。

 だがそれは嘘だと知っている。

 『通り魔』に殺されるような暗殺者など居やしない。


「スティアロウ・メリル・ファルスアレンです」


 少女は歌うように言う。


「何者かと問われても難しいですね」


 少女は己の事に僅かな思慮の時間を取り、「強いて言えば二年前まではただの記憶喪失の放浪者でした」と続ける。


「冗談かね?」


 側近の死がためか、僅かに怒りが刺す。

 しかし彼女は長い髪を揺らしながら首を振ると「事実です」と応じる。

 その声音に冗談は見受けられない。


「では、その名前は本名だと?」

「はい」

「では」


 男は一瞬躊躇い、周囲の視線を改めて感じる。

 問うべき問いか。

 軍略家としての彼が自身に問いかけをしてくる。


「関連はあります」


 一瞬の躊躇いを少女の涼やかな声が断ち切る。

 それは彼が問わんとした問いの応え。


「あれは発案者の名前を無断借用した結果ですから」


 これを理解できない者はここには居ない。

 歴史を紐解いてもこれほど大規模な埋服の毒計はあるまい。

 そんな大事件を知らずしてここで働くなどできない。

 鬼姫の敷いたアイリン包囲網。

 その一端を打ち砕いた巨石『ファルスアレン』王国。

 僅か数ヶ月だけの国は見事にアイリンと、そしてドイルを守った。

 ちなみに出鼻を挫かれた挙句『病気に臥せった』アラート王子は、復帰するや否やアイリンに襲い掛かることになる。

 それが餌と罠で木蘭とミルヴィアネスに招待されたとも知らずに。

 結果ドイルは世界一の生産量を誇る領土を荒らさぬままに維持し、アイリンは多大な賠償金とレアメタルの輸送路を強固にすることになったのである。

 多くが注目するのは、やはり国境での決戦、防御を一切捨ててバールと相対した木蘭の采配だが、もしドイルとセムリナに対し憂いが残っていればこの方法は如何程のものか。


「発案者の、かね?」

「ええ。何食わぬ顔で。

 百年生きた梟より狡猾とは良く言ったものだと思います」


 僅かな渋面は明らかにこの場の空気を見ずに『梟』へと憤る。

 周囲は喉が枯れるほどの緊張感だけが占めている。


「拝領したばかりの土地を纏め上げ、戦後に澱みなくアイリンに復帰した手並みは賞賛に値すると思いますが」

「つまり君は─────」


 ディクワン一等書記官は改めて周囲を見る。

 皆すでに確信しているのだろう。この少女が何者かを。


「『花木蘭の秘蔵っ子』か」

「好きな呼ばれ方ではないのですけど」


 何のためらいも見せない。

 ただ肯定し苦笑する。


「本名と言うのは嘘かね?」

「いいえ、これが親に頂いた名です」


 やり取りは淡々と。

 少女の表情は僅かに心情を表し、しかしその目だけは相手を見据えて引くことはない。


「先ほどの仇名は木蘭が適当な事を言って触れ回ったものですので、そんな大層なものじゃありません。

 先に述べた通り、私は何の肩書きもない、ただの根無し草です」


 如何なる国の名士でなく、如何なる組織の者でもない。

 それ故に不可思議な交友を持つ隠者。彼女の篭る森は社会その物。


「ではその根無し草がバールに根を張り何をするつもりだ」

「バールで何かをするつもりはありませんでした」


 ようやく表情を崩し、少女が浮かべるのは本当に嫌そうな渋面。


「ただこの地を見て回りたかっただけです」


 後ろめたさはなく、疲労をも思わせる口ぶりに眉根が寄せられる。


「……ならば、仕官する必要はあるまい」


 渋面の意味を暗に問う。

 それを察せぬ彼女ではないが、深い嘆息がある。


「2つ目的ができてしまいましたので」


 含む物言い。

 今まで余りにすらすらと回答を述べていた故に必然と興味が湧く。


「一つは備え。

 今のバールの状況ははっきり言って異常です」


 先んじて放たれるのは即座に捕縛されてもおかしくない毒。


「選定皇制度のため、どの国よりも貴族の概念が強く、未だに奴隷制度の残るこの国でアシュルかネヴィーラが皇帝になった場合……

 ほぼ間違いなく懐古主義者の反感を買うでしょう」


 当然の予想。

 それを疑わない者は居ないが、しかし一度皇帝に決まり、なおかつその対立候補であるべき家が共に歩むと宣言すればその立場は揺るぎないのもまた事実。


「しかし今、皇位の譲り合いというあるまじき状況になっています」


 この発言はどう捉えても国家批判だ。

 過去にもそして先にも、少なくともこの場では口にされるはずのない言葉が踊る。


「国は巨大なストーンゴーレムのような物です。

 その一撃は確かに重く、頑丈。

 しかしその自重故に走ることは出来ない」


 走れば膝関節が崩壊し、そのまま自分の重さが力になり崩れ去る。


「そして正しい思考を有していれば、『頭』は走り出そうとする足を許しはしない」


 その号令一つで万の兵を動かせても、指揮するその身はやはり人間である。

 そして人間であるが故に多少の性能差に目をつぶればいくらでも替わりは存在する。


「どんなに新皇を心酔しようとも、この国に生まれ育ったが故に余りにも早すぎる変化には恐怖を抱くでしょう。

 自分はこの国を変えているのではなく、壊しているのではないかと」


 そうやって、己だけが信じ前に進んだ結果、同じ未来を見通せなかった部下に裏切られた例など数多ある。


「ネヴィーラとアシュル。共にその行動は異質です。

 異質な頭に体はしかるべき手段を以って応じるでしょう」


 予言。

 当たるとは言わない。しかし可能性が0%だとは誰も思わない。


「君は確か、アシュル公に登用されたのだったね」

「はい」

「どうして投獄されるような事を言う」

「その方が安全ですから。

 少なくとも、次の皇帝が決まるまでは」


 彼女が何者であれ、『今』は国の一部としての立場を持った。

 言動には相応のルールがある。


「君の行為は充分死罪に値するが?」

「そうなることはありませんね」


 そう、ありえない。

 かといって全てがリセットされるわけではない。

 特に天衣無縫の常勝将軍はこの娘が害されたと知れば何をしでかすかわからない。

 折角バール最大の脅威が眠りについたというのに無為に叩き起こすのは愚策の極みである。

 そしてその可能性を暴き立てたのはディクワン自身。

 決して少女が語ったわけでなく、自らの知識が暴き立てたのだ。

 今更知りませんでしたでは通らない。

 他の国ならこの場の全てを闇に葬る事も罷り通るだろう。

 けれどもここはバール。

 六の意思が錯綜する国。

 この場の文官も決して一枚岩ではない。

 それどころか複雑すぎる断層のようなもので、どこから地震が発生するか知れたものではない。

 花木蘭などという特大の外交カードに繋がるネタを見逃しはしない。


「だが、君自身がアイリンとの外交の道具になる。

 それで結局君は何を得る?」

「それは秘密です。

 あと、私は外交の道具にはなり得ません。

 実の所木蘭にはそういうことがあっても権力を動かさないように言っています。

 まぁ、木蘭の場合そんなこと簡単に忘れそうですけど」


 やや呆れ気味に言い放って無造作に歩く。

 自分に割り当てられたディスクから一枚のレポートを引っ張り出すとそれをディクワンへ差し出す。


「一週間後、私は牢から出されるでしょう。

 その間、せいぜい私が暗殺されないように気をつけてください」

「……暗殺だと」


 部下の死が脳裏を過ぎる。

 それを見透かすように翠の瞳が穏やかに見上げる。


「ああ、できれば本でも差し入れしてくれると嬉しいです」


 優雅に微笑む少女。

 そして手渡されたレポート。

 不気味な存在に圧迫されながら、ディクワンは背中に冷たい物を感じていた。




「意外と物が分かるのね」


 スティアロウが連行されたのは牢ではなく郊外の洋館であった。

 結局この少女は虜囚としても扱い難いのである。

 微妙すぎる立場の上、正体はどうであれ見た目は年端も行かぬ少女だ。

 投獄という判断は躊躇われたと言う事か。

 その代わり、一人の女性が傍らに座っていた。

 ローブに記されたのはソーサラーの証。

 つまりバール魔術師ギルドから呼び出された監視というところだろう。

 スティアロウはふむと一つ鼻を鳴らすとおもむろに髪留めを解いた。


「で? ぬし、名は?」

「え?」


 年は20に達しているように見えない。

 ソーサラーとしては異例の若さの少女は驚きに目を白黒させて「マルティナ・ユークです」と応えた。


「マルティナのぅ。

 その年でソーサラーとは珍しい」


「……はぁ、どうも」


 愛想が悪いと言うより「ソーサラーが監視に狩りだされるような相手」に警戒をしているのだろう。

 そのあたりの詮索は不要とばかりに少女は目を細める。


「ときにぬし、サン・ジェルマンを知っておるか?」


 応じるは沈黙。

 偉大なる先代魔術師ギルド長。彼の名を知らぬギルド員などそうそう居まい。

 そしてここバールでは別の意味を孕む。


「……もちろんです」


 神妙な面持ち。

 それを確認して少女は静かに微笑む。


「……?」


 怪訝。

 10歳くらいの子供の不思議な言動に思考が追いついてないらしい。


「良い事を教えてやろう」

「……はぁ?」


 すっと指を外へ。

 釣られて見るが何もない。


「敵はわしでない。

 じきに外からわんさか来るであろうよ」

「…………はぁ」


 きょとんとした顔が面白くて少女は静かに笑う。

 おそらくあれがアシュルに渡るまで3日。

 それから動き出すまで4日。


「それまでにこの屋敷、原型をとどめておるかのぅ」


 物騒というには有り余る言葉を混乱した表情で見る娘は、殆ど何も知らされていないのだろう。

 ソーサラーの位を得るほどの女魔術師は最早何も言えずに、ただ自分の任務を行うことにした。




 それから4日後。

 深夜 ───────────


 もぞりと、毛布の中で動く気配に少女は目を覚ます。


「来たかえ」


 感覚が魔法知覚であるスライムはいかに気配を殺そうとも騙しきれる相手ではない。

 夜番のために窓辺においていたGスラがベッドに潜り込んで来たのを察して体を起こす。

 敵は暗殺者。

 しかも並大抵の相手ではない。

 だが、負けるとも思っていない。

 彼らは強大な力を手に入れたが故にそれに頼りすぎる。

 もぞりと、Gスラが身をよじる。

 合図だ。


「問いは果に 智は我に 万象皆我が物となせ 神託」


 願う。

 少女の抱く余りにも強大な願い。

 それに野心の神は応じる。

 定まれば一瞬──────────


「意思持て舞え魔竜の牙 貫け」


 爆発的に高まる魔力に闇の徒は身を翻し ────

 しかし、彼女の見たのは発動までの2秒。

 その後の位置。


「竜牙!」


 三つの牙がうなりを上げて進撃。

 一度捕らえれば逃がさない。

 それは魔法の防御を食い破り三つの命を消し去る。


「な、何ですか!?」


 泡を食って飛び込んできたマルティナをのんびり見やって彼女はベッドから抜け出る。


「今凄い魔力がっ!?」

「気のせいじゃろ」


これを気のせいと思うなら魔法使いを廃業したほうがいい。


「あなた、一体────」

「まずいのぅ」


 たかだか自分ひとりにそう何人も来るとは思っていなかったが、買いかぶられたものだ。


「断絶の陣 不可侵なるは 天意の衣 神鎧」


 防御の魔術を纏い、魔力の動きに目を細める。


「逃げよ」

「え?」


 少女は大きく息を吸う。

 その小柄な体に不釣合いなほどの呼吸


『ぐぅぅぅぅぅううううううるうるるうるうううううううううううぅうおおおおおおおおおお!!』


 体に痺れが走るほどの、世界を揺るがす咆哮。


「な、な!?」


 世闇に少女の目が怪しく輝く。

 金の瞳。

 縦に割れたそれはまるで爬虫類のものだ。


「我が干渉は 万物を支配する 浮舟」


 魔力が膨れ上がる。


「魔力の白翼よ 我が身に宿れ 天翼」


 更に纏う魔力。

 そして


「天地等しく狭間に道有り 今ひと時我に示せ 天移」

「て、転移ま────」


 娘の声が掻き消える。

 否、自分が夜闇に放り出された。

 不意に虚空に現れたそれを闇の使徒は見失わない。

 魔術的才能があれば当たり前のように、明確な時空の歪みを見逃しはしない。

 だが次の一手を制するように構成される魔術は────


「!?」


 発動を前にして少女の姿が消える。

 転移ではない。

 闇夜に紛れた姿に用意した魔術の矛先を探す暗殺者は、風の唸りを聞き、身を翻す。


「ふむ」


 背に触れるだけの手。

 しかし対する一撃は彼女の防御結界を貫くことはできない。


 どぉぉぉおん!!


 轟音。

 触れただけの手が力を解き放つ。

 無詠唱魔法『掌破』。

 防御壁に護られてもそのベクトルまでは殺せない。

 巨人に殴られたような勢いで地面に叩きつけられる闇。

 だが、闇はそれで尽きはしない。

 少女は見る。

 5つの闇が少女に殺意を向ける様を。

 構成されるは破壊の光。

 その魔術の名は『ホーミングレーザー』。

 少女の纏う防御では太刀打ちなどできない。


「・・・・・・」


 一切の動きを止めた少女はただ、空を見上げ、風に銀の髪をなびかせる。

 諦めか──────

 銀嶺が美しく、少女を照らす。

 深夜の幻想に無粋な光が大蛇の動きで迫り来る。


「《偏向》」


 その全てが少女を彩るようにその傍らを走り抜ける。

 黒のフリルドレスが熱に、風に踊り、銀の髪が美しく舞い開く。


「!」


 闇は同時に驚愕し、五条の光が容赦なくその体を食い破る。


「はわ、お嬢様お怪我は?」

「ないわ。

 ありがとう」


 まるで幽霊のように傍らに浮かぶのはメイド服に身を包んだ少女。


「あらあら、それにしてもよく私が居た事に気付きましたね」


 微笑のままでは感心しているのか皮肉っているのかいまいち分かり辛いが、少女はなにやら疲れた溜息を零す。


「ミスカ、あんた気付かないほうが難しいわよ……」

「はわ?」


 他に人が居ないはずなのに朝の準備やベッドメイキングがなされていれば大体の予想はつく。


「はわわ……」


 何故か照れ笑いをするミスカ。


「さて。

 ミスカ」

「はい?」

「ぬしはもう帰れ」

「……はわ、そうですね」


 彼女は少し残念そうに、しかし疑問を返さない。


「しかしお嬢様。

 ここで私を使って良かったのですか?」


 問いに疑問はない。

 しかし師の問いに少女はゆっくり応える。


「次で最後じゃろうて。

 さすればそれは衆目を覚悟せねばならぬ。

 今より他がなきとすらば、《応報》を隠すが筋じゃろうて」

「よく出来ました」


 微笑み、少し距離を取る。


「じゃあそろそろフェルミアース君も困ってるみたいだし、帰りますか」

「……公が?

 何かあったのかえ?」

「うふふ。

 ジュダーク君が結婚拒否してるみたいなのです」

「……平和じゃなぁ」


 思わず苦笑いして走り寄る音に振り向く。


「では、お嬢様。お気をつけて」

「うむ」


 闇夜に溶けるように消えてくミスカを見送る事もなく、ティアロットはソーサラーの女性をどう煙に巻くかゆっくり思案を始める。




 その翌日。

 一人の使者が訪れ彼女は解放されることになる。

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