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07


 図書館で突然話しかけてきた男は、『セリカ』という女性とイリスを人違いしているようだった。


「……イリスさーん。図書カード出来ましたよ」


 受付からタイミングよく呼ばれて、顔写真付きの図書カードを受取る。まださっきの男性はイリスを凝視していて、セリカという女性か否かで迷っているように見えた。誤解を解くため、仕方なしに出来上がったばかりの図書カードを見せる。


「これ、さっき出来た私の図書カードです。名前の欄に、イリスって書いてあるでしょう?」

「イリスさん、そうだよな……セリカであるはずがない」


 すると、ようやくイリスがセリカでは無いことが理解できた様子。自分に言い聞かせるように、セリカではないことを何度も反証する姿は、違和感すら覚えた。ガックリしている男性をお人好しの一面を持つイリスは放っておけなくて、何か対策を提案することに。


(きっと彼にとって、セリカさんという女性はとても大切な人なのね)


「もし、セリカさんという方をお探しであれば、人探しの音声案内をしてもらうとかはどうでしょう? 確か、依頼コーナーがあのカウンターに」

「いや、それは無意味なことなので、やめておきましょう。実はセリカというのは、亡き妻の名前なんです。この世にいるはずがないのに、あなたがあまりにも似ていたからつい。お詫びと言ってはなんですが、ランチをご馳走しますよ」


 金色の髪を揺らして、どこか寂しそうに優しく微笑む男性をイリスは無碍に断ることなど出来なかった。


(多分、私も彼と同じく心が寂しいんだわ。それにしても私に似た人物がいたなんて。あの花畑で見た夢が現実になったかのような……)


 この国に辿り着くまでに観光した場所で一番印象に残った天国のような花畑、そこで出会った女性は確かにイリスと瓜二つだった。彼女は『生きているうちに、もっと夫と思い出を作りたかった』と呟いていたことを思い出す。

 彼女がセリカなのか、否か……夢の続きを探るようにイリスはラッセルに誘われていく。



 * * *



 戸惑うイリスが連れてこられたのは、図書館に併設された小洒落たパスタ料理のお店。世間知らずのイリスとて、初めて会った人といきなり食事なんて……と戸惑いもあった。が、向こうも常識を考えて、図書館内での移動で終わるように配慮してくれたのだ。


「先ほどは、突然お声掛けしてしまい申し訳ありませんでした。自分でも亡くなった妻がここに居るはずがないと分かっているのに。駄目ですね」

「いえラッセルさん、こちらこそ。こんな美味しいパスタをご馳走になってしまって、良かったのかしら?」

「ふふっ。喜んでもらえたみたいで、嬉しいです。妻の好物だったジェノベーゼ、すみません……未練につき合わせたみたいで」


 彼の名はラッセルと言い、今日はお仕事の資料を探しにこの大型図書館へ訪れたのだという。

 ラッセルの年齢は三十四歳で、イリスよりも六歳年上だった。亡くなったセリカは、生きていればイリスと同い年くらいだったらしく随分と短命だったのだとイリスは同情する。


(もっと思い出を夫と作りたかったと呟いていたあの幽霊の女性が、仮にセリカさんだとして。私なんかが、代わりにラッセルさんと思い出を作っても良いのかしら? けど、初対面のラッセルさんに、自分とよく似た女性の幽霊と出会ったなんて言えないし)


 せめて何かフォローを……と思ったイリスは、せりかの気持ちを代弁するように言葉を紡ぐ。


「でもセリカさんは、ラッセルさんにすごく愛されていて、生前は幸せだったと思うわ。きっと短くても素敵な結婚生活で、羨ましいくらい。私なんて、異母妹に夫をとられて離縁されてしまったのに」

「僕だったら……決してそんなことはしないっ! いや、つい感情的になってしまった。イリスさん、この西の都に来てそれほど日が経っていないんですよね。よろしければ、これからもたまにこうして一緒にお話をしたり、食事をしませんか。セリカの代わりではなく、まずは友達として……もし、あなたさえ良ければ、いずれはもっと親しく」


 孤独な新しい暮らしに訪れたささやかなひととき。恋と呼ぶには早すぎるけど、ただの友達と呼ぶには少し期待を含んだ言い回し。


(本当にいいのかしら。似ているというだけで、セリカさんの意思を引き継ぐかのようなことをしても。けど、あの幽霊の女性は私達が縁があると言っていたわ。もし、縁があるとしたら……)


「ええ。私なんかで……セリカさんが赦してくださるなら、喜んで」


 花畑で見た希望の一筋の光が、ラッセルを通してようやくイリスの心に差し込み始めた。


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