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『目指すなら、錬金術師がいい。だって素敵なハーブティーの魔法がかけられる』


 離婚調停から移動先を決めるまでの隠遁生活状態のイリスにとって、ほとんど外出の機会を作らないホテル暮らし。そのいろどりとなったのは、心と体に優しい【魔法のハーブティー】だ。錬金術でのみ作ることが出来る回復系のハーブティーは、イリスの頑なになっていた心を徐々に溶かしていった。


(自分がやりたいこと、いろいろ検討したけど。今からでも手に職をつけていけば、生まれ変わることが出来る! ホテル暮らしの時に私の体調を治してくれたのは、錬金術で作られた魔法ハーブティー。それなりの稼ぎにもなるし、錬金術師を目指そう!)


 人生の再スタートの目標は、学歴問わず受験可能な初級錬金術師試験に合格すること。観光をしながらゆっくりと列車で乗り継ぐ旅は、気を揉む巡礼とは違って初めてのプライベートな旅行だ。


「家族連れが多いわね。そうよね……思い出作りに休暇を使うのは当たり前だわ。綺麗な花がたくさん咲いているんだもの。私、巡礼で旅ばかりしているつもりだったけど、実は素敵な観光地を見落としていたのね。ん……いい香り」


 まるで天国を彷彿とさせる広大な花畑には、自由に咲き誇る花々を愉しむ家族連れの姿。一人きりになってしまったイリスにとって、家族連れの姿は胸が痛むものがあったが、それ以上に景観は美しかった。


 花畑を歩いていくと、目の前に自分とよく似た水色のワンピースを着た女性の後ろ姿が目に留まり、思わず立ち止まる。よく見ると髪は真っ黒ではなく焦茶で、ウェーブがかったハーフアップはイリスと似て日なるものだ。


「あの人、私にそっくりだわ。まさか、ドッペルゲンガーとか。それともここは本当に天国なの?」


 偶然とはいえこんな天国のような場所で、ドッペルゲンガーのように似ている人物を見かけると思わなかったイリスは息を呑む。


『ふふっ貴女、私に似ているわね。これからご縁が出来るのかしら。あーあ、私ももっと生きているうちに、夫と思い出を作りたかったな』

「生きているうちに……それって、貴女は……」


 謎の女性は曖昧な笑顔を浮かべて、イリスのおでこに指を当てて『まだ秘密よ』と囁いた。


 一筋の光が、イリスの頭上を差す。だが、まだ全てを知るには時期が早いようで、イリスの意識が遠のいた。



「ん……私、眠っていたの?」


 次に目が覚めると花畑でしばらくの間眠っていたことに気づく。ふわふわとミツバチが青い花の蜜を吸っていて、イリスはそろそろ宿に戻らなくてはいけないと正気になった。



 * * *



 二ヶ月ほどかけて自国の人気名所を一通り廻ったのち、隣国の主要都市である西の都へと辿り着いた。穏やかな旅の果てに、ようやく始まった住居探し。二十八年間住んでいた領地とは違い、忙しそうに人々が行き交うターミナルを抜けて不動産屋へ。


「ようこそいらっしゃいませ。お嬢さん、今日は賃貸住宅をお探しで?」


 この十二年間、メサイア夫人と呼ばれていたため、お世辞でもお嬢さんと呼ばれるのはくすぐったい気がした。けれど、世間一般では二十八歳という年頃はまだ独身者も多く、お嬢さん扱いされることもあるのだろう。


「はい。錬金術師を目指して魔法の専門学校に入校する予定なんですが、通学しやすくて良心的な賃料マンションを探しているんです。格安であれば思い切って、中古住宅を購入しても良いのだけれど……まだこの辺りに詳しく無いし」

「なるほど、資格取得を目指されるんですね。学生さんとなると家賃の方は、アルバイトか何かで?」

「実は……十代の時に嫁いだんですが、最近離縁されてしまって。慰謝料で二年分の家賃をまとめて支払おうと思うんです。通帳の預金額をお見せすれば、職がなくても借りられると聞いたのですが」


 ほぼ追放と呼んでも過言ではない状況で、限られた慰謝料の中から今後の生活費をやり繰りしなくてはいけない。出来ればアルバイトもしたいが、実は預金額が充分であれば職がなくとも賃貸物件を借りることは可能だ。不動産屋の男性は、チラッとイリスの顔を確認してから通帳の預金額を見て、次第に目がまん丸くなっていく。


「いやぁ! 随分と大金持ちの方と結婚されていたんですなぁ。普通のマンションなら、二年と言わず二十年から三十年くらい余裕で暮らせるでしょうが。錬金系の資格学校は、なにぶん高いですから。勉強にかかる費用を考えて、節約するに越したことはない。もちろん、手頃な物件を紹介出来ますよ。イリスさんの新しい門出を是非、応援させてください」

「あぁ……本当に、ありがとうございます。家さえ見つかれば、安心して勉強に専念出来ます!」



 * * *



 好条件の物件を幾つか内覧させてもらったのち、大型図書館近くの賃貸物件に決めることにした。五月初旬に離婚してからすでに、半年ほどの歳月が過ぎようとしていた。秋の気候は慣れない土地でも過ごしやすく、読書欲を大いに促してくれる。


(家賃10万ゴールドの賃貸マンションは2LDKで、一人暮らしには充分なサイズ。たくさんのお店が近くにあるし、自炊に挑戦したい私にはピッタリ)


 役場で住民票の手続きを済ませて早速、図書カードを作ろうと受付で待っていると、ある素敵な男性に話しかけられる。


「セリカ、セリカなのかっ?」

「えっ……ごめんなさい、どなたと間違えているのかしら」


 不思議な縁で、私は新たな恋の相手に導かれていくのであった。


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