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02


 そして、話は序章冒頭に戻る。

 セリカ嬢とアルテ王太子の婚約披露の夜会にて、セリカの母イリスとアルテ王太子の母ハンナとの確執がついに暴露された。

 本当は母親同士の因縁はさらに闇が深いのだが、よくここまで捏造されたものだとセリカは感心していた。


 聖女リカコが神殿の権力を用いて、隠されていた過去を歪めた内容で広め出したのである。


「聴いてくださいな、アルテ王太子様。セリカ様のお母上は実はアルテ王太子のお母上のことを恨んで、アルテ様を殺すために娘のセリカ様を嫁がせようとしてるんです!」


 祝いのためにシャンパンで乾杯をする直前、騒ぎ出したリカコに出席者は目を丸くする。興を削がれたという雰囲気だが、リカコの剣幕は止まらない。


(バカな聖女。お母様はアルテ王太子のお父様と一時期夫婦だったのだから、本当は関わりたくなかったに決まってるじゃない!)


 事実を知っているようで何も知らないらしい聖女リカコに呆れつつ、仕方なくセリカが彼女の言い分に対抗する発言をするようになった。


「いい加減なこと言わないで! 私のお母様は、アルテ王太子が生まれた時に自分が錬金した宝石鉱石の細工をプレゼントしてるのよ。養子縁組が無くなって、姉妹ではなくなったから誤解している人が多いだけで。お母様同士は不仲ではないわ!」

「ふんっ。どうだか。確かにオレとセリカのお母様達は姉妹同然で育ったという割に、まともな会話をしているのを見たことがないな。せいぜい無言で会釈がやっとか、しかも遠巻きでな」


 養子縁組でイリスが入っていたことは捏造されたらしく、姉妹同然で育ったという内容に変えられている。


(息子のアルテ王太子にすら話していなかったとは、母親同士の確執の本当の内容が世間に漏れなかった理由が分かった気がするわ)


「まさか、アーカディア公爵夫人とメサイア国王妃が不仲だったとは」

「てっきり、実の姉妹のように育てられていたから、本当の家族になるためにご令息とご令嬢を結婚させるものだとばかり。まさか、王太子の命を奪うためにセリカ嬢を?」

「しかし。セリカ様のお名前はイリス様の死に別れた双子の姉にあやかったと、資料に記載してありました。そんな大切なご令嬢を手駒として使うかどうか……」


 聖女リカコが必死に騒いでいるのを王家の関係者が誰も止めないのを、この騒ぎもメサイア王家の本意なのだと来場者も薄々勘付き始めている。


 あまりの出来事に、もう婚約破棄なのだろうかとざわつき始める夜会の場。せっかくの料理は覚めていき、酒をぐいっと一気に飲み干す者も。これ以上この場にいて妙なトラブルに巻き込まれるのもごめんだと。無言で、会場を後にする者まで現れ出した。


 お膳立てが済んだ頃合いを見計らい、アルテ王太子がセリカを冷酷な目で見下ろした。婚約者であるセリカに、最後通告を宣言するためだ。


「えぇいっ! オレは聖女リカコとの真実の愛に目覚めたのだっ。セリカとの婚約は破棄。我が国の滞在ビザも取り上げろっ。セリカ・アーカディア嬢、今日をもって我がメサイア国から追放だっ」

「捕えろ! セリカ嬢を国外へっ」

「きゃはは! 国外追放、おめでとう! けど、果たして標本の檻から逃げられるかなぁ? セリカさまぁ」



 取り囲まれたセリカはすぐ衛兵に捕まり、国境まで連行された。大人しく連行されていくセリカを、同情の目で見る者も多い。聖女リカコに至っては、作戦勝ちと言わんばかりにケタケタ笑っている。


 だが、搬送中の馬車の中で前世の記憶を取り戻したセリカが、安堵の笑みを浮かべているのに気づいた者は殆どいない。


(ああ。良かった! 本当の秘密が、イリスお母様とハンナ王妃の本当の確執がバレなくて)


 生まれ変わる前の、青い蝶々だった頃からセリカを見守る月だけが、彼女が笑ったのに気づいていた。



 * * *



 国外追放者が一時的に滞在する国境付近の施設は、有体に言えば独房のようだった。


 ガチャン!

 檻の中に閉じ込められて、外から鍵をかけられる。簡素なベッドとお手洗い、小さなテーブルと椅子が一つ。とてもではないが、公爵令嬢が滞在する部屋ではない。



「ここで大人しくしてろっ! 運が良ければ迎えが来るだろう」

「随分とひどい態度ね。もう王妃にならないから、態度を変えるなんて本音が見えたわ」


 あからさまな手のひら返しに呆れつつ、大人しく迎えを待つことになった。


(せっかく蝶々から人間になれたのに、標本か何かにされる手前の気分だわ)


 次の日、セリカを迎えにきてくれたのは西の都から見て隣国に当たる国の公爵クレセントだった。


「セリカ嬢。僕の国がしっかりしていなかったばかりに、こんな酷い目に遭わせて済まない。神殿がメサイア王家との婚約を取り消してくれれば、キミは僕の婚約者ということになる。婚約者の権力で、僕の国へと連れて行ける」

「クレセント公爵、ありがとう!」


 本来的には、彼と婚約するのが正当だったらしく、責任を感じているようだった。立会人として同行していた神殿の司祭が条件を出し始める。


「なるほど。では、お二人がすでにご結婚の意思があることを表明するものを用意して頂きましょう。四つの青いものを」


 婚約解消に必要な条件は『サムシングブルー』を四つ集めること。


「なんだそれなら、簡単……」

「今すぐ、ここで。外出はお二人とも禁止です。本当にご結婚される予定であれば、既に持ち合わせているでしょう」

「……!」



 最後の最後に、意地悪をされたのだと二人とも気づく。青いものを四つ、しかもサムシングブルーには条件があったはずだ。


「古いもの、新しいもの、借りたもの、青いもの。四つのサムシングブルー、用意できたらお声掛けください!」



 あまりの条件に言葉を失うが、身につけているものから集めれば条件は整うはずだ。



「お母様から受け継いだ青い石のロザリオ、何か古いもの」

「これは僕が最近新調したハンカチだ。これで新しいもの」

「昨晩のパーティーのために身につけていた髪飾り、実は衣装担当の私物で借りたもの」


 あと、一つ。

 だが、どう探しても何か青いものが見つからない。


 途方に暮れていると、何処からか迷い込んできた青い蝶々がセリカの肩に止まった。かつて、セリカも青い蝶々だったから、仲間が遊びにきたのだろう。


「幸運の象徴、青い蝶々ユリシスか。これでサムシングブルーは完成だ!」


 クレセント公爵が手を差し伸べる。

 条件を達成されて仕方なく、神殿の司祭は二人を独房から解放した。


 数日後の六月のある日、クレセント公爵は青い蝶々の生まれ変わりのような美しいセリカ嬢と結婚した。サムシングブルーを揃えた六月の花嫁は幸せになると、皆に祝福されたという。



 幸運の青い蝶々ユリシスを逃したメサイア王家は、当然のように衰退し滅亡した。まるで、初めからそのような国は存在していなかったかのように忘れ去られるのであった。


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