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03


 蝶のセリカがイリスの夢を見守るようになったある日、ついにイリスの異母妹のハンナがジョナサンと関係を持った。この辺りの地域では古い教義によると、姉妹を両方娶る風習もありおかしくないことだという。

 メサイア邸の使用人達の中には、イリスが巡礼に使っている神殿支部から出向してきている者も複数おり、家ごと古い教義に浸かっていることは明らかだった。



『しかし、旦那さまもイリス様に申し訳ないとか思わないのかしら』

『噂によるとメサイア一族は、旧帝国の王族の血を引いてるとかで。一夫多妻は当たり前くらいの感覚らしいわよ』

『巡礼やお布施も、神殿から王族に復帰出来るように掛け合うためなんでしょう? けれど、犠牲になっているイリスさんがお可哀想よね』


 使用人達の噂話は真実で、のちに神殿から王族復帰の赦しを得て、メサイア王国として建国することになる。だが、それはセリカが再び人間として生まれ変わってからの話だ。


(なんだかイリスが可哀想。せめて、イリスの幸せを姉の私くらいはお祈りしよう)


 優しい蝶々の祈りは、思いもよらない形で実現する。イリスはジョナサンと離縁した後に、なんの因果かセリカの夫であったラッセルと知り合ってしまうのだ。


『イリスさん、この西の都に来てそれほど日が経っていないんですよね。セリカの代わりではなく、まずは友達として……もし、あなたさえ良ければ、いずれはもっと親しく』


 まるでセリカを見初めた時のように、或いはそれ以上に、ラッセルはイリスに心惹かれているように感じられた。


(まさか、イリスの幸せって。もしかして)


 セリカのこの世への未練は、遺してきた家族への未練が大半だ。けれど、いまだに成仏出来ず地上にとどまっているセリカとは対照的に、夫ラッセルはすでに新しい人生を歩み始めていた。


 二人の交際は順調に進んでいき、イリスがセリカと双子の姉妹であることも調査によって判明する。そしてついに、セリカの魂が定住するエシャール邸へとイリスが訪問する日がやって来た。


「イリス、ラッセル! 私、セリカよ。貴方達のことずっと見てたの。ねぇ私の声が聴こえる? 聴こえたら返事してちょうだい」


 夢枕で呼びかける時のように、必死になってイリスとラッセルを呼ぶセリカ。花咲く庭園でひらひらと舞って、懸命に二人を追いかける。



「おや、青い蝶だ。珍しいな」

「えっ……本当に」


 ようやくの思いでセリカは青い蝶々の姿で、イリスの白い帽子の上に留まった。ちょうど今日のイリスは青いワンピースを着ているから、セリカの擬態している蝶々とは色合いがお揃いである。


(嗚呼、二人からすると私はただの青い蝶なのね。せっかく会えたのに、姉でも妻でもなく、ただの蝶なんだわ)


 残酷な現実を目の当たりにして、セリカは気持ちが落ち込んでしまい、再び花壇へと戻ることにした。


 * * *



 月夜の晩、天使像の肩にちょこんと止まったセリカは羽根を畳んで泣き始めた。


「私って、悪い蝶々だわ。だって、イリスの幸せを願ってたはずなのに。ラッセルの将来を心配していたはずなのに。いざ、二人が夫婦になるかと思うと、気持ちが落ち込んでここにいられなくなっちゃうの」


 彼女は独り言を喋っているのではない。

 セリカの哀しみをいつも聞いてくれるのは、庭に設置された天使像だった。彼らはただのモニュメントではなく、本当に天使か何かが宿っているようで、時々必要なアドバイスを与えてくれる。


「ふぅん。キミもそろそろ、地上からオサラバして新しい人生を考え直す時なんじゃない? 要は、本音では妹と旦那がくっつくのは見たくないってことなんだろう」

「多分、そうなんだと思う。私って、こんなに嫉妬深い面があったのね」

「いやいや、それが普通だよ。むしろ、旦那が他の女と遊んでいるの見て平然としてたら、愛情がもうないか。むしろメンタル病んでるって!」


 旦那といっても、既に死んでしまっているセリカは亡き妻というポジションに過ぎない。あの世からこの世の人間に手が届くことはないという世知辛い真実を知ってしまったのだ。


「早く、虹の橋を渡りたいけど。何故か私だけ、天に昇ることが出来ないの。もうだいぶ未練が無いはずなのに」

「きっと、まだ見届けなきゃいけない因縁があるんだろうね。来世の課題が何か判明したら、セリカも天に行けるよ。あと少しの辛抱さ」

「あと少し、かなぁ?」


 天使にはこの時点で、二人の結婚がこの庭園のチャペルで執り行われることを予感していたようだ。セリカと瓜二つの双子の美女が、セリカの夫と結婚する。もうこの世にいる理由なんて、何もなくなってしまった。


 旅立つ幸せそうな二人を見送ったあと、雨上がりの空に虹が輝き出した。


(やっぱり、イリスは虹の女神様なんだわ。私は彼女が幸せにならないと、天に行くことは赦されなかった。けれど、今では何故そんな因縁を持ったのか分かった気がする。きっと、来世では違う形で家族になるのね……)



 * * *



 セリカが天に昇って数ヶ月が経ち、イリスはお腹に新たな命を宿した。


「お告げによるとお腹の子供は女の子よ。実はね、名前はもう決めてあるの。一番大切な人の名前から、セリカ」

「ああ。そうだな、それがいい! 僕たちの可愛い娘の名前は……セリカだ!」


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