02
夢の中でなら家族のところに辿り着けるという情報は、どうやら霊魂の世界では当たり前らしい。俗に言う夢枕に立つというもので、直接面識のない先祖などとも会話が可能らしい。
「夢枕に立つ、なんて。こんな技に挑戦するなんて、私って本当に幽霊なのね」
「普段は蝶々だから、いいじゃない。今宵の月明かりを利用して、トライしてみましょう」
白い蝶々と青い蝶々が、月明かりの下をふよふよと飛ぶ。気がつけば夢の入り口にセリカは立っていて、自分とそっくりな一人の女性の元へと辿り着いた。
女性は巡礼者のようで、聖地を巡るための宿泊施設で仲間達と共に就寝していた。ベッドが幾つか並んで配置されている中の窓際で、ちょうどカレンらしき女性が眠っている。
「まるで、修道院か何かのようね。まぁ巡礼者向けの施設だし、簡素でも仕方がないか」
「まさか、カレンが巡礼者だったなんて。立派だけど、ちょっと想像と暮らしぶりが違っていたの」
(良いところに嫁いでると聞いたのに、巡礼しているなんて意外。それとも、信仰にとても篤いご家庭に嫁いだのかしら? 風習も違うみたいだし)
「じゃあ、早速呼びかけてみましょう。セリカ!」
「そうね。カレン! 貴女の生き別れた双子の姉よ。聴こえる?」
「…………」
カレンと呼びかけられても、ぴくりとも動かない妹の様子に、まさか本当は血の繋がりがないのでは無いかと疑うが。呼び声にうなされ始めたカレンに気付いた巡礼者仲間が、一旦起こしてあげようと肩を優しく叩く。
「イリスさん、大丈夫? イリスさん!」
驚いたことに、巡礼仲間が呼びかけた名前はカレンではなくイリスだった。まさか、本当に人違いだったのかと、セリカはガッカリした。だがそれならば、何故自分とイリスが繋がりがあるのか疑問が残る。
「うぅん。あら、ごめんなさい。巡礼で疲れたのねきっと」
「仕方がないわよ。イリスさんも、各地を飛び回って疲れくらい溜まるわ。たまには、普通の観光もしたらいいのに。せっかくの旅費が勿体無いわ。かの有名な富豪、メサイア家のご婦人なんだから」
「けど、お家のお金を。しかも巡礼費用を個人の遊びに使うわけにはいかないわ。うちは付き合いで夜会も多いし、いくら富豪扱いでも信仰を持つ限りは、私くらいは節約しないと。けど、良い暮らしだと思っているわよ」
(信仰の深い人は質素な暮らしを好むというし、この人はきっと富豪の家に嫁いでも自分だけでも信仰を貫くつもりなんだわ)
志の高さに感心させられるも、自分のように早く死ぬ可能性があるのなら、もっと好きなことをした方がいいのにと、セリカは思った。意外なことにイリスは少し考え込む癖があるようで、クールな眼差しで月夜の光を浴びて思案する姿は似てるはずなのにセリカとは別人だ。
「なんていうか、イリスさんって。私と似てる容姿のはずなのに、私より美人系よね。クールというか、頭が良さそうで」
「セリカは天然っぽい蝶々だもんね! けど、セリカの人間体があんな美人さんと似てるなんてびっくりだわ。イリスさんって、有数の大富豪に嫁いでるだけのことはあるわよね。多少の違いがあっても、かなり貴女も綺麗なはずよ」
お互い霊魂になってから知り合ったため、アネッサがどのような容姿なのかセリカには分からない。けれど、きっと明るく優しい女性なのだろうとセリカは彼女の魂をそう感じている。
「あはは。ありがとう! 私も運良く公爵様に嫁いだけど、財産やら何やらはメサイア一族には敵わないでしょうし。けど、何故彼女はイリスという名前に?なってるのかしら」
「さあ? 養子縁組自体隠していたようだし、もしかすると身元が割れないように預ける時に名前を変えてしまうのかもね。どうする? 今夜は呼びかけは失敗しちゃったけど」
「仕方がないわ。呼び名が違っていたんじゃ、これ以上呼ぶのも可哀想だし。けれど、イリスの夢と紐付け出来ただけでも一歩前進だもの。今日は大きな変化だったわ。夢枕から現実に帰りましょう」
蝶々達は巡礼者の宿から離れて再びエシャール邸へと戻ることにした。
* * *
「ところでイリスさん、昨晩は一体どのような夢を見たの?」
「ああ。実はね、綺麗な青い蝶々がやってきて。私をずっと呼びかけてきたんだけど。何故か、名前を間違えているような気がして」
「まぁ夢というのは不思議なものよね。けれど、青い蝶々って幸せの象徴だそうよ。きっと巡礼を頑張ったから、神様が幸せを連れてきて下さったのね!」
この日から、セリカは時折イリスの夢に遊びに行くようになり、それはアネッサが虹の橋を渡ってからも続いた。セリカはアネッサのようにすぐに虹の橋には渡ることが出来ず、人知れず絶望を覚えた。
それは、イリスという虹の女神の名を持つ妹の運命とセリカの魂が交差した影響でもあった。