01
西の都市を統べる公爵に見初められたセリカ・エシャールは、生まれた時から死に至るまで幸福な人生だった。だが、人生の幸不幸はみな平等に与えられているという説があるように、セリカの人生は短命だった。
「ごめんなさい、ラッセル。私、貴方の子供を産んであげられなかった。こんなに早く死んでしまうなら、せめてもっと貴方に甘えたかったな」
女性として愛する男の子供を産めなかったという心残りもあり、病で逝去したのちもセリカの魂は成仏出来ず実家の庭園に留まってしまう。残念ながら、夫のラッセルは仕事が忙しく亡き妻の実家にはそれほど足を運ばない。そのため、セリカの魂は夫と会う機会は極めて少なかった。
ある日、浮遊する魂のセリカは庭園のチャペルで母の懺悔を耳にしてしまう。
「ああ、神様。私が若き頃に、生まれて間もない娘の一人を手放してしまったことをお赦しください。結局、手元に残したセリカは病気で死んでしまった。きっと、もう一人の娘を見捨てた罰なんだわ!」
(お母様、一体何を仰っているの? 私は、貴女の一人娘ではなかったの?)
初めて知る情報に動揺を隠せないセリカだが、浮遊霊という今の状態では母親に訴えたくても声が届かない。正確には思念を送るようなものなのだろうが、それすら相手には伝わらなかった。
どうすれば良いのかとふわふわ庭に咲く花の周辺んで漂っていると、一羽の白い蝶々がセリカの魂に話しかけてきた。
「あら、貴女何かお困りのようね? もしかして、まだ魂の擬態化が済んでいないのかしら」
「魂の擬態化って、なんでしょうか? 申し遅れました。私、セリカと言います」
「まぁセリカさんというのね、初めまして! 敬語はいらないわよ。擬態化というのはね、浮遊霊の状態から何か別の生き物の姿に霊魂を変化させる技よ。こんな風にね!」
白い蝶々は自慢げに羽根をひらひらさせて、セリカの周囲をぐるぐると飛んだ。
「まるで、本物の蝶々みたい。あなた、実は蝶々ではなくて人間の魂だったの」
「そうよ。随分と昔にこのあたりの事故で死んでしまったんだけど、そろそろ梅雨の季節でしょ。虹が出たらその橋を渡って天国に昇るからここともお別れかな」
蝶々はもうこの世に未練がないのか、天を見上げて空の上へと還帰ることを希望しているようだ。なかなか成仏に至らないセリカにとっては、羨ましいようでもあるし、つまらない気もした。
「虹の橋を渡る……よくペットがそんな風に天国に行くって聞くけど」
「擬態化した魂も動物枠だから、虹の橋を渡って天国に行けるわよ。成仏する時期を超えた魂は、浮遊霊から地縛霊になって定着しちゃう人もいるの」
「へぇ。そんな成仏の方法もあるのね」
逆を言うともうセリカは擬態化を覚えない限りは、このまま浮遊霊から地縛霊となって永遠に地上に縛られることを意味していた。
本物の蝶々と霊魂の蝶々は見分けがつきにくかったが、触覚部分に宿る灯は魂であることに気づく。
「ここで会ったのも何かのご縁だろうし、私が擬態化の方法を伝授するわ。なりたい蝶々の姿をイメージしてみて」
「蝶々、蝶々。そうね、青くて庭の花で遊ぶ綺麗な蝶々になりたい」
すると、モヤモヤとした魂のカケラだったセリカが青い蝶々に変化していく。
「やったじゃない! これで、セリカも立派な蝶々よ。ああ、私の名はアネット。生前の名前だけど、最後に名乗れる相手に出会えて良かった。短い付き合いになるけど、よろしくね」
「ええ。よろしく!」
アネットから学ぶことは多く、彼女が虹の橋を渡るまでに霊魂の蝶々としてのこの世の飛び方を一通り教わった。同時に、手放されたと言う姉妹についても同じ霊魂の蝶々達から情報を集めていった。
『イシャール家の姉妹? ああ、最初は双子がいたような気がするわねぇ。てっきり、片方は生まれて間もなく亡くなられたのかと思っていたけど。実は手放しただけで生きていたのね、代わりに手元に残した娘さんが逝ってしまったけど』
『実は巡礼を仕切る教会で、巡礼者相手に養子縁組のサポートをしているらしいよ。可哀想な子供が一人でも幸せになれるようにね』
『双子の女の子の名前は確か、カレンとセリカだったはず。私が生前、メイド長をしていた頃の話だから間違いないわ。地方の貴族の家に貰われたはずよ。将来、富豪のメサイア家に嫁げるから玉の輿に乗れるから安心だとみんなで喜んだ記憶があるもの』
集めた情報が確かなら、双子の片割れの名前はカレンのはずだが、街中の庭園に宿る蝶々たちの情報網を駆使してもそのような人物の情報は得られなかった。
「お母様とカレンを会わせてあげたかったけど、まさか情報がないだなんて。もしかすると、カレンも双子だし病気で?」
「流石に双子の片割れが同じように病気で死んでいたら、霊魂の状態で遭遇するはずだけど。そうだわ、夢の中で探すのはどうかしら? 普通の姉妹より繋がりが深いのだから、夢を辿っていけばカレンに辿り着くはず」
「夢の中で……?」